第41話 ねえ、信……ちょっとだけ練習してみない?
「失礼いたします」
お風呂で旅の汚れを落とし、黄蘇さまの正面に向かい合って座っている私たちの前に、見るからにおいしそうで手の凝った料理が運ばれてきた。
「う、うまそう……」
「匂いがたまんないわね」
私たちは朱雀廟を出て以降、みんな揃って町に入ることができなかったから携帯食ばかり食べてた。温かい食事自体が久しぶりなのだ。
しかし……私の左隣は春鈴ちゃんでその隣にはオオカミ君がいるんだけど、オオカミ君の前にも私たちと同じ料理が並んでいるんだよね。お箸も置いてあるし食べられるのかな?
「準備が整ったようじゃが、まずはそこのオオカミ、こちらへ来い」
オオカミ君は黄蘇さまのところにトコトコと向かって行く。
「この姿では不便じゃろう」
黄蘇さまはオオカミ君に手を伸ばすと、体を撫で始めた。
「くぅーん」
徐々にオオカミ君の体が白い光に包まれていく。
「……」
みんなその様子を
「ち、ちょっと、あれ……」
お、オオカミ君が10歳くらいの裸の男の子になっちゃった。
「ぼ、僕……あ、喋れる!」
「しかし、その格好ではのう……着る物を出せるか?」
「や、やってみる」
男の子が目を閉じると体は光に包まれ、そして信と同じ服を着た男の子が現れた。
「ふむ、普段からそれでいたら町にも入れよう」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「黄蘇じゃ」
「黄蘇様!」
「ほら、箸はこう使うの」
「こ、こう?」
食事が始まり、春鈴ちゃんが箸を始めて見るオオカミ君に使い方を教えているけど……。あー、ポロポロと……一つも口に入ってないよ。
「黄蘇さま、
「ふむ、山育ちにいきなりは難しそうじゃの。これ!」
パン! パン!
黄蘇さまが手を叩くと、すぐに式神さんがオオカミ君と春鈴ちゃんに匙を持ってきてくれた。
ん、春鈴ちゃんも?
「箸の使い方はまた今度教えてあげるから、今日はこれを使って。こうやって
「こう?」
なるほど、匙も使い方を見せないと何かわからないか。これまでは口でガブリだったからね。
「そうそう、熱かったらふーふーしてね」
「熱っ! ふーふー……あむっ」
ふぅー、よかった。オオカミ君も何とか食べれたよ。
みんなも気になっていたようで、一様に胸をなでおろしている。
「ごはん中にごめんね。オオカミ君には名前があるのかな」
いつまでもオオカミ君というのももどかしい。
「ぼ、僕? あむ……あるよ。
陸延くんか。
もし無かったらみんながいる前で付けてあげなきゃと思っていたんだけど、オオカミにも名前があるんだね。
「黄蘇様、名前があるということは延少年は特別なオオカミなのですか?」
と、特別なの?
「そうじゃ、こやつは古の神である
「神様!」
「うむ、力を付けると我らより強くなるかもしれんの」
そ、そうなんだ。
「でもどうしてそんな子が山にいたのかしら」
「もう何千年もこやつらの血筋は普通のオオカミとして暮らしておったからの」
「信、わかって呼んだの?」
「い、いや、あの時は群れのリーダー以外でおいらたちを助けてくれるやつって思ったら、こいつが来たんだ」
偶然なのかな……
「玲玲よ、偶然かもしれんし、必然かもしれん。ただ、神になるかもしれん
そうだった。黄蘇さまには思っただけで伝わるんだった。
それにしてもなんの意味が……うー、緊張してきた。
「わはは、そんなに心配せずとも、春鈴も延もお主の事が大好きじゃ。ちょっとかまってやるとシッポを振って喜ぶから、それだけで良い」
「シッポなんて振らないもん」
「ぼ、僕は嬉しい……ひぃ」
あはは、延くん春鈴ちゃんに睨まれて縮こまってしまったよ。
「これ、春鈴」
「はーい」
春鈴ちゃんは再び延くんに食べ方を教え始めた。
「仲良くするんじゃぞ。それと、皆も疲れておるじゃろうから一人一人に部屋を用意しておる。のんびりするが良い」
「ありがとうございます」
「うむ、それでは我は先に下がるが、まだ料理は用意してあるから遠慮するでない。それと春鈴よ、話がある。あとから延と一緒に我が部屋に来るがよい」
「うん、わかった。お母さん」
黄蘇さまを見送ったあともどんどん出てくる料理でお腹いっぱいになった私たちは、あてがわれた部屋でゆっくりと休むことにした。
「こちらでございます。何かあったらお呼びください」
「はい、ありがとうございます」
式神さんってすごいな。ほんとに人みたい。
さてと……
おー、広い。お布団も敷いてくれている。
……ちょっと広すぎる気がするけど、お布団で寝るのって久しぶりだから、横になったら一瞬で寝ちゃいそう。
あ、着替えができている。お風呂に行く前に式神さんに出すように言われて渡したんだけど、もう洗濯してくれたんだ。すごいな。うちにも式神さん一人くれないかな……
まずは一休み……いや、休んだら寝ちゃいそう。先に明日の用意をしよう。
「ね、姉ちゃん、いいか?」
荷物を広げていると廊下から声が聞こえた。
お、信だ。
「どうぞ、開いてるよ」
「は、入るぞ」
入ってきた
「話があるんだ」
真面目な顔してどうしたんだろう。
「うん、座って」
「わかった」
私の前に正座した信は、話に来たはずなのになぜか下を向いて黙っている。
「どうしたの?」
「な、なあ、姉ちゃんはおいらの嫁になってくれるって言ったよな」
「う、うん」
「おいらは王族で王族には他に若いものがいねえ……」
「そう言ってたね」
「だから、おいらはたくさん子供を作るように言われてんだ」
こ、子供か……
「そ、それは、仕方がないよね」
「ただおいらは側室を持つつもりはねえ、姉ちゃん一人で十分だ」
そうなんだ……でも、
「それはダメなんじゃないかな。王家の血筋を絶やさないためにはたくさんの人と交わる必要があるよ。そ、それに私も子供はいっぱいほしいけど、げ、限度があるから……」
「そ、そうだな。考えてみる……ただ、その……あれを上手くやれるか不安なんだ。誰も教えてくれないし」
あれか……
「わ、私も教えてもらったことないよ」
「もし、失敗したらごめんな」
「私も上手くやれないかもしれないし……ね、ねえ、信……ちょっとだけ練習してみない?」
わ、私、な、何言った?
「ね、姉ちゃん……」
信がゆっくりと違づいてくる。
今ならまだ冗談だって言える……。でも……あ、信がもうすぐそこに……手が触れる……
「お姉ちゃん! 一緒に寝よう」
「僕も!」
突然襖が開き、春鈴ちゃんと延くんが現れた。
「お、おまえたち。いいとこだったのに……。ほら、延、お前はここじゃダメ。おいらと一緒に来い!」
信は嫌がる延くんを連れて自分の部屋に向かった。
「し、春鈴ちゃん、黄蘇さまの用事はすんだの?」
「うん、終わった。それでお姉ちゃんにお母さんから伝言があるよ。今は早いから王宮に着くまで待てだって」
うわ、黄蘇さまにはお見通しだ。
王宮までか……黄蘇さまが言うくらいだからきっと理由があるんだよね。
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