第40話 どこだって平気だよ

 それから数日後、黄蘇こうそさまの庵まであと少しとなった時、ようやく空に厚い雲が現れた。


「いよいよかしら……来たわ!」


 上を向いた私たちにポツっポツっと落ちてきたのは、待ちに待った天からの恵みの雨。


「うぉぉぉぉぉー! やったぜ、姉ちゃん!」


「やったよ、信!」


 私はすぐ前で馬を操る信に抱きつく。


「春鈴ちゃん、星!」


「ね、姉さん、危ないって」


「ワオーン!」


 みんなそれぞれに喜んでいるよ。


「さあ、庵もすぐそこよ。急ぎましょう」


 私たちは久しぶりの雨を体に受けながら黄蘇さまの元へと向かった。








 しとしとと降る雨の中、見覚えのある荒れ地に差し掛かる。


「春鈴ちゃん、このあたりじゃなかった?」


 前はいなごに追われていたし、出るときも朱雀廟まで道を急いでいたから記憶が曖昧なんだよね。


「うん、すぐそこだよ。みんな、心の中で自分の名前を唱えてみて」


 前回のように、春鈴ちゃんが背中を触ってくれるのかと思ったらそうじゃないんだね。

 目を閉じて名前を唱える……私は梅玲玲ばいりんりんです。


 そっと目を開ける……少し先には黄蘇さまの森が広がっていた。


「見えた!」


「私もよ!」


 みんなも見えているみたい。


「お母さんから許されている人は、次からもこうしたら入れるよ」


 そうか、春鈴ちゃんとはここでお別れだから、一人で入る方法を知っておかないといけないんだ。


「目的地はすぐそこよ。さすがに雨も飽きたわ、急ぎましょう」


 星さんと春鈴ちゃんを先頭に森と一緒に現れた道を進む。

 森の入り口を抜けると前回と同じように変な感じがして、その先は雨がやんでいた。


「ほんとに違う場所なんだな」


 すぐ前で信が呟く。森の中は雨は降ってないし、道も濡れてないんだよね。いったいここはどこなんだろう。


「それで、この子は普通に入ってきているけど、春鈴ちゃんは何もしてなかったようだし黄蘇さまに許されていたのかしら?」


 オオカミ君は私たちの隣で大きなシッポを揺らしながら歩いている。春鈴ちゃんから一度も背中を叩かれていないんだけど、最初から森が見えていたような感じだった。


「この子はもうこの世の理から離れてしまったから、ここにも自由に出入りできるの。でも、お母さんに歯向かうようなことがあったら、ただではおかない」


「くぅーん」


 春鈴ちゃんの方が力が上みたい。オオカミ君ってたまに春鈴ちゃんちょっかい出して、そのたびに睨まれてしゅんってしてんだよね。


 穏やかな日差しに包まれた森の中をしばらく進むと、庵の前に黄蘇さまの式神さんたちが待ち構えていた。


「皆様ようこそおいでくださりました。まずはお風呂に入り体を癒して下さいませ」


 みんなびしょ濡れだもん。このまま部屋に上がれないよね。


 私たちは直接お風呂に案内される。私は春鈴ちゃんと一緒に女風呂に、祥さんと星さんと信とオオカミ君は男風呂に……やっぱりオオカミ君はオオカミ君だったか。持ち上げて確認しようとしたんだけど、嫌がって見せてくれなかったんだよね。あと、祥さんは……みんな当たり前のように一緒に入って行ったから、もう慣れたんだろう。


 さてと、私もお風呂でゆっくりとさせてもらおう。


「きゅーん!」


 春鈴ちゃんがさっと子ぎつねになってお風呂場に行ってしまったので、慌てて脱衣所で服を脱いでいると、誰かが入ってくる気配がした。


「我も一緒にいいかの?」


 振り向くと、白い衣に赤い袴を着た黄蘇さまがいた。


「あ、はい。どうぞ」


 突然のことだったので、思わず普通に返しちゃった。


「すまんの」


 黄蘇さまは私の隣で衣を脱ぎ始める。おや?


「黄蘇さま、その服は着てらっしゃるのですか?」


 春鈴ちゃんは服を幻術で見せているようなんだけど、黄蘇さまのは実体があるみたい。


「ふむ、我は普段から人型じゃからの、服も着るし、風呂もこのまま入る」


 そう言って袴をストンと落とした黄蘇さまの体は色白で、そして出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想的な体だった。たしか春鈴ちゃんはお母さんは千うん百歳って言ってたよな……


「先に行っておるぞ」


 あわわ、見とれてしまっていたよ。私も手に持っていた下着を籠に入れ、お風呂場へと急ぐ。


「これ、春鈴はしゃぐでない。体が洗えんではないか」


 中に入ると楽しそうな声が響いていた。

 あはは、春鈴ちゃんぴょんぴょんと飛び跳ねているよ。余程黄蘇さまに会えたことが嬉しいんだね。


「ほら、ここに大人しく座れ。こんなに汚くては風呂の中には入れられん」


 私たちはもう何日もお風呂に入っていない。それにさっきまで雨にも濡れてて薄汚れている。このままお風呂に入ったらせっかくの温泉が汚れてしまって台無しだ。


 というわけで、私も黄蘇さまたちの隣で体を洗う。


「玲玲よ。春鈴はお主らの役に立ったじゃろうか……」


 石鹸を付けた手ぬぐいで足をゴシゴシしている時、黄蘇さまが春鈴ちゃんのモフモフの体を泡だらけにしながら尋ねてきた。


「はい、春鈴ちゃんがいなかったら、ここに戻って来れたかどうかわかりません」


 春鈴ちゃんが一生懸命に頑張ってくれて、色々と教えてくれたから呪詛を祓えたんだと思う。


「それならいいのじゃが、我も力が弱くなってしまって遠くにいるお主らのことがわからんでのう、心配しとったんじゃ。……さあ、春鈴。流すぞ、目をつぶっておれ」


 春鈴ちゃんのモフモフだった毛は、お湯がかかってぺちょーんとしている。

 うふ、なんだか違う生き物みたい。


「こ、こら春鈴」

「うわ、こっちまで飛んできた」


 春鈴ちゃんがブルブルと体を振って水を飛ばしてきた。

 あっという間にふわふわの春鈴ちゃんの出来上がりだ。


「仕方がないのう。こんな感じでまだまだ子供じゃが、これからも春鈴のことを頼まれてくれるか」


 これからも頼む???


「えっ!? 春鈴ちゃんここにいるんじゃないんですか?」


「我はそれでも構わんのじゃが、こやつはついていく気のようじゃぞ」


「きゅ、きゅー……わ、私、お姉ちゃんと一緒に行きたい!」


 どうしても言葉で伝えたかったのか、春鈴ちゃんは途中で人型に変化した。ふふ、服は上手に消しているけどお耳はそのままだよ。


「私、戻ったら王宮に入らないといけないかもしれないんだよ。いいの?」


「どこだって平気だよ」


 そっか、


「わかった。春鈴ちゃん、これからもよろしくね」


 春鈴ちゃんがいてくれたら何があっても心強いよ。


「よし、話は決まったようじゃな。それでは、温もるとしようか。早く上がらんと夕食に遅れてしまうぞ」


 黄蘇さまのところの食事は美味しいんだよね。最近はまともなものを食べれてないから楽しみだよ。

 それと温泉もゆっくりと入りたいな……あとからもう一度入らせてもらおうかな。

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