第39話 一生?

「雨はまだでしょうか……」


 朱雀廟をあとにした私たちは、黄蘇さまの庵に向かって進んでいる。

 あれから一日たったけど、まだ雨は降っていないようだ。


「雲も出て来ているし、風も湿ってきた。この様子だと二、三日中に降るんじゃないかな」


 春鈴ちゃんを前に乗せ、いつものように先頭を行く星さんが答える。

 もう少しの辛抱か……


「玲玲ちゃん、もう邪気は残ってない?」


 祥さんは一人で馬に乗って、私の後ろの位置。


「はい、龍脈にも流れてないようです」


 これまではどす黒いもやみたいなものが流れていたんだけど、今は透明なせせらぎのような感じだ。


「なあ、星。帰り道、あいつらが襲ってくるってことはねえのか?」


 信は私のすぐ目の前で馬を操っている。最近はずっとこの組み合わせなんだよね。


「それはわからないけど、ここまでにかなりやっつけているから、しばらくは心配しなくてもいいんじゃないかな」


 もうビクビクしながらの旅はこりごりだよ。


「……ところで信、その子はいつまでついてくるのかしら」


 星さんは、私たちの馬の隣で寄り添うようについてくるオオカミ君を指さした。


「なんだかこいつ、朱雀廟を出てから俺の言うことを聞かなくなったんだよ……」


「えっ! もしかしてあなた、力が弱くなったんじゃないの?」


 そ、そうなの?


「そんな感じはしないんだけどな……試しに」


 すぐにガサガサとたくさんの小動物がうごめく音がしてきた。


「わ、わかったわ。その子たちを戻してあげて。……信の力が弱くなった訳じゃなさそうね。何なのかしら」


「春鈴、わかる?」


「ハッキリとはわからないけど、その子はお姉ちゃんと一緒に戦っているうちに変わったのかも。でも悪い子じゃないよ」


 オオカミ君は自分のことを話しているのがわかるのか、心配そうにこちらを見上げてきた。


「ついてくるのなら仕方がないわね。この子が飽きるまでは一緒に行きましょう」


「ワォーン!」


 しばらくの間、オオカミ君の嬉しそうな雄叫びが山に響いていた。








「とはいえ、この子を連れていたら町には入れないわね」


 もうすぐ町に到着となった時、祥さんが呟いた。

 確かにオオカミが町に来たら騒ぎになるだろう。


「おいらはこいつと一緒でいいぜ」


「あ、信とその子が外なら私も一緒に……」


 山に一人と一匹じゃ寂しいよね。


「それなら私たちもいるわよ。ねえ、星」


「あ、うん。俺もそれで構わないけど、そろそろ物資が心許ないかな」


 馬でさらに一頭に二人ずつ乗って移動し、途中で襲われる可能性があった私たちはほとんど荷物を持っていない。食料もせいぜい三日分程度。朱雀廟最寄りの町では、これから補給ができないということで六日分の食料をみんなと分け合って持ち運んでいたけど、今日はその町を出てから六日目。今晩食べる分も怪しいんだよね。


「それじゃ、町の近くまで行って、星と二人で調達に行ってくるわ。信と春鈴ちゃんがいれば大丈夫でしょう」







 ということで、今は信と春鈴ちゃんとオオカミ君とでお留守番中だ。


「お前が動物でなくなったのなら、人型になることができたらいいんだけどな」


「くぅーん」


 オオカミ君は申し訳なさそうに鳴いた。


「私たちの言ってることがわかるのかな」


 今も信が言ったことに反応したし、さっきも祥さんの言葉に喜んでいた。


「うん、わかっててちゃんと返事もしているよ」


 春鈴ちゃんにはわかるんだ。


「春鈴ちゃん、さっきこの子が言ったこと教えてくれるかな」


「えっとね。みんなと一緒にいたいから、人になりたいけどなり方がわからない。ごめんなさいって」


 そう聞いて、思わずオオカミ君を抱きしめていた。


「気持ちだけで十分だよ」


「んっ、ん! ……そ、それで姉ちゃんは、戻ったらどうするんだ?」


「私は後宮に入ると思われて村を出てきたんだよね。今更帰っても変なウワサがついてるだろうし、王都で仕事を探そうかなぁ」


 たぶん王様のお手つきになっていると思われているはずだから、嫁に貰ってくれる人なんていないはず。かと言って、田舎で一人で暮らすのはなかなか大変なんだよ。


「そ、それだったら、おいらが姉ちゃんをもらってやるよ!」


「もらってやる?」


「いや、おいらと一緒にいてほしいというか…………ああ、もう! 姉ちゃん、どうかおいらの嫁になってください!」


「信って、王様になるんでしょう?」


「あ、うん。成人したら皇太子になることになっている。残っている王族の中でおいらが一番若くて、他はみんな爺さんばかりだし……やりたくないんだけど仕方がないんだ」


 前の王様も今の王様も跡継ぎがいなかった。残っている王族も年取った人が多くて、このあとのことに期待が持てないって星さんが言っていたんだよね。


「私はただの農家の娘だよ。王妃さまも私を許すはずがないよ」


「そんなのおいらが説得する。姉ちゃんを悪く言うやつは許さねぇ」


「どうしても私じゃなきゃだめなの? 待ってたら他にいい人が現れると思うけど」


「おいらには姉ちゃんしかいねえ!」


 信……信のことは嫌いじゃないし、むしろ好きだと思う。でも……


「お姉ちゃん、自分に素直にならないといけないよ」

「くぅーん」


 そうだ、春鈴ちゃんたちがいたんだ……


「そうよ、後のことはその時考えたらいいのよ」


 祥さんも、いつの間に来たんだろう。


「私でいいのかな……」


「私たちは玲玲ちゃんの味方よ。それにここには宰相様の息子だっているわ。心配しなくても何とかしてくれるわよ」


「お、俺!? 俺、家を出てんだけど……」


「何、青臭いこと言ってんのよ。あんたにもやりたいことがあるんでしょ、逃げてちゃ何もできないわよ」


「わ、わかったよ。帰ったら親父とも話し合うよ」


 みんなが私を後押ししてくれる。


「私、信と一緒にいてもいいのかな」


「おいらといてくれ」


「一生?」


「ああ、一生」


「一生はちょっと」


「ええ! 姉ちゃん、ここははいの流れじゃないの?」


 あはは、意地悪しちゃったかな。


「うそうそ、ずっとそばにいるよ、信」


 私は目の前の信をギュっと抱きしめた。

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