第38話 この人の恨みを癒してあげて
「信、こっちへ」
信とオオカミ君は肩で息をしながら帰ってきた。
信は護身用の剣で牽制し、オオカミ君は蛇に飛び掛かって私たちを守ってくれていたのだ。
「姉ちゃん、春鈴、大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
「私たちのことはいいから、信はここに座って。オオカミ君もこっちへ」
信を私の左側に座らせ手を握り、右手でオオカミ君の体を撫でてあげる。
「無理すんなよ」
「うん、今度は倒れないから心配しないで」
信を助けた時は途中で気を失って、みんなに迷惑をかけてしまった。でも、今日はそんな気はしない。力が
目を閉じ心を落ち着かせる。
そして、信とオオカミ君が無事であることだけを願う。
じんわりと体の中が熱くなって、自然と力が信とオオカミ君に伝わっていくのがわかる。
「お姉ちゃん、もういいよ」
膝の上の春鈴ちゃんの声に目を開ける。
「じゃ、おいらたち行ってくるぜ!」
信とオオカミ君は蛇に向かって駆けていった。
祥さんの剣で蛇に傷を負わせることができるようになり、戦いはこちらの有利に進んでいるように見える。蛇も私と春鈴ちゃんの方にちょっかい出してくる余裕は無いみたい。
「信、右からお願い!」
「わかった!」
祥さんが左から剣で切りつけ、信がオオカミ君と一緒に蛇に向かって飛び掛かり一撃をくらわす。
「やるねー。それじゃ、俺もとっておきの一撃を……」
私の隣まで移動してきた星さんは、弓をつがえ最後に残った矢を蛇に放つ。
矢は一直線に飛んでいき、そして吸い込まれるように蛇の眉間に突き刺さった。すごい!
「やったの!?」
「兄ちゃんすげえ!」
蛇は激しく暴れまわる。
次の瞬間、これまで届かなかった胴体がこちらに!
「玲玲! 春鈴! 俺の後ろに!」
すぐ近くにいた星さんが私たちをかばってくれた。
「よくやった星! 信、今のうちに追い打ちをかけるわよ!」
祥さんと信、それにオオカミ君が同時に蛇に襲い掛かる。
いくつも新たな傷がつけられ、蛇の息も……あれ、あまり効いてない?
「ふぅ、ふぅ……なかなか倒れないわね」
「おかしい。さっきの俺の弓で止め刺せると思ったんだけどな」
「はぁ……はぁ……はぁ、……なあ、あいつなんだか元気になってきてねえか?」
蛇の攻撃が止まったのを見て、さっきから動きっぱなしの祥さんと信が戻ってきた。
確かに一時は苦しげにしていた蛇の動きも落ち着いているみたい。
「もしかして、本体は別にあるのかな……」
別に!?
「星、どこにあるのよ」
「今更他のところにあると言われても、あいつが逃がしてくれそうにもないぜ」
蛇はこちらを向いて赤い舌をちろちろと出し入れしている。力が戻ったらすぐにでも襲ってきちゃうかも。
「なあ、誰かあいつのシッポって見た?」
シッポ……そういえば蛇が攻撃するときはいつも頭だった。
「私、後ろから見てましたが一度も見てません。ねえ、春鈴ちゃん」
春鈴ちゃんもうんと頷く。
「私も見た記憶がないわ」
「おいらも」
「シッポのあたりだけが、ぼやっとしてて見えないんだよな……春鈴、あそこに結界か何かかかってない?」
春鈴ちゃんは目を閉じ、気配を探る。
「うん、ある。さっきは上手く隠していて気付かなかったけど、今はわかる。お姉ちゃん、また私をギュっとして!」
膝の上の春鈴ちゃんを抱きしめ、目を閉じる。
再び力が溢れてくるのがわかる。今度は春鈴ちゃんの力になりたいとひたすら願う。
「だんだんと見えて来たわ」
目を開けると、朱雀廟の横にさっきは無かった穴が開いていて、蛇のシッポはそこに繋がっていた。
「あそこに元凶が……姉さん、信君、あいつを押さえてて」
星さんが穴に向かって走り、祥さんと信、オオカミ君で蛇の注意を引く。
膝の上の春鈴ちゃんは、術を終えたばかりだけどさっきよりも疲れてないみたい。
「相手の術が弱かったの?」
「ううん、さっきのより強かったけど、お姉ちゃんからたくさん力をもらえたから簡単だった」
そ、そうなんだ。全く分からなかったけど、春鈴ちゃんの役に立てたのならよかったよ。
「こいつが
穴の前で星さんが立ち止まり呟く。何か見つけたみたいだけど……
「玲玲、春鈴、こっちに来れる? あ、来れるなら、俺が迎えに行くよ」
私と春鈴ちゃんが大丈夫だというと、星さんがこちらにやってきた。
「あのね、よく聞いて。あの穴の中にいるのが呪詛の元凶だと思う。試しに剣を近づけてみたけど通らなかったし、もし通ったとしても呪詛が暴走するかもしれないから無理はしたくない。そこで二人にお願いなんだけど、あそこまで行って呪詛を
祥さんも信も任せろと言ってくれた。
私と春鈴ちゃんは手を繋ぎ、星さんのあとに続く。
蛇は、シッポが繋がっている穴に私たちを近寄らせたく無いようだけど、祥さんと信、それにオオカミ君がそれを防いでいる。
「ちょっと気味が悪いから気を付けてね」
星さんが立ち止まり、薄暗い穴を前にこちらを向く。
「そんなにですか?」
「そんなにというか……まあ、見てみる?」
星さんが横に動き、壁に空いた穴の中が見えた。
「うわぁ……」
「かわいそう」
穴の中には一人の干からびた男性がこちらを向いて座っていて、その背中と蛇の体は繋がっているようだ。そして特に異質だったのは目で、その部分は墨で塗りつぶされたかのように真っ黒く、吸い込まれそうな感じがして不気味だった。
「春鈴、こいつが呪詛の元で間違いないかな?」
「うん、この人からものすごい邪気が出ている。誰かを恨んで死んでいったのかな、それを呪詛の元として使っているよ」
すごい、春鈴ちゃんそんなことまでわかるんだ。
「こいつにも結界がついてる? さっき剣で触れようとしてもダメだったんだ」
そう言いながら、星さんは護身用の剣を男性に突き刺そうとするも、途中で止まった。見えない壁のようなものがあるみたい。
春鈴ちゃんは目を
「結界ではなくて、呪詛自体が阻んでいるみたいだよ」
ということは呪詛自体を祓わないとダメってことかな。
「春鈴にできる?」
「ううん、これはお姉ちゃんにしかできないの」
やっぱり私か……たぶんこれが私のやるべきことなんだよね。
「どうしたらいいのかな」
「この人の恨みを癒してあげて、そしたらきっと呪詛も晴れるはず」
呪詛を晴らす……
穴に近づき
男性に手を伸ばすと、先ほど星さんの剣が止まった場所でも遮る物はなく進むことができた。
そのまま、男性の干からびてしまっている手を取り、祈り、想う。
生まれてきたことに対する苦しみが……
愛する人を失ったことに対する悲しみが……
恨んで死んでいくことに対する憤りが……
手から流れ込んでくる。
そのすべてを受け止め、ただ祈り、想う……
どれだけ時間がかかろうとも、この人の心が癒されるまでやめるつもりはない。
(ありがとう……)
誰の声だろう……
そういえば、いったいいつからやってたっけ……
「もういいよ。お姉ちゃん」
あ、春鈴ちゃんだ。
そっと目を開ける。
目の前の男性の体がぼんやりとしたかと思うとやがて消えていった……
「お疲れ様、玲玲ちゃん。よくやったわね」
「終わったんですか?」
「うん、お姉ちゃん。呪詛は消えたよ」
よかったー。これでみんな助かるよ。
「姉ちゃん、体は平気か? ずっと動かないから心配してたんだぞ」
「うん、大丈夫。……ずっとって、私、どれくらいこうしていたの?」
「そうねえ、
「い、一刻!?」
そんなに長く……全くわからなかった。
「私が祈っている間も、祥さんたちは蛇と戦っていたのですか?」
「いいえ、玲玲ちゃんが祈り始めてすぐに蛇が動かなくなったから。その後はみんなで玲玲ちゃんを見守っていたのよ」
そうなんだ。ずっとそばにいてくれてたんだ。
「それで、雨はどうなったんでしょうか? 呪詛が晴れたのなら降っていますよね」
「すぐには無理なんじゃないかな。雨を降らせる呪術をかけたわけではないし、普通に雨が降るのを待つしかないよ。でも、今は雨が降りやすい時期だから、案外すぐかも知れないね」
できたら、そうなっててほしい。みんな雨を待ち望んでいるから。
「さあ、目的も果たしたから出発よ! と言いたいんだけど、外はたぶん夜なのよね……一晩ここで休ませてもらってから、黄蘇様の庵に向かいましょう」
黄蘇さまの……そうか、春鈴ちゃんとお別れなんだ。寂しくなるな……よし、あとわずかな間だけど、春鈴ちゃんには楽しかったをたくさん持って帰ってもらおう。
私たちは荒れていた朱雀廟をきれいにして、一夜を過ごさせてもらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます