第36話 とりあえずその弓で打ってみたら。

 洞窟を奥に進むにつれて、嫌な気配が増してくる。

 春鈴ちゃんとオオカミ君もさっきから唸りっぱなしだ。


「そろそろみたいだよ。みんな気を付けて」


 洞窟が少しずつ広がってきていた。星さんの言う通り、この先に朱雀廟があるのかもしれない。


 先に進むにつれ、みんなの口数も少なくなっていく。

 緊張の汗が頬に伝わる……


「お姉ちゃん、私がいるから心配しないで」


 春鈴ちゃんが私の左手をギュッと握ってくれる。


「お、おいらが姉ちゃんを絶対守る」


 右手は信が遠慮がちだけど握ってくれた。


 二人ともありがとう。

 私も二人の手を握り返す。


「あら、私もいるわよ」


 後ろの祥さんが私の肩をポンッと叩く。


「ただ、呪詛に私の力が役に立つのかしら……」


「祥さんがいてくれるだけで、心強いです」


「ありがとう。いるだけにならないように頑張るわ」


「その点、俺は大丈夫そうだな」


 星さんも立ち止まり、こちらを振り向いた。


「何が? 星の攻撃手段って弓でしょう。私と同じで効かないかもしれないわよ」


「いや、この弓はお化けにも効くとおじいさまが言っていたんだ」


「それって、確かめたことあるの?」


「え、お化けに会ったことないし……しゅ、春鈴、何とかならない?」


 星さんは春鈴ちゃんを懇願の目で見ているけど……


「見てみないとわかんない」


 いつもの答えだ。


「うぅ、どうか当たりますように!」


「そういえば星。あなた、黄蘇様と一番長くいたようだけど、何かもらったりはしなかったの?」


 もらったもの……もしかして黄蘇さまが春鈴ちゃんを心配して、星さんに護符とか預けていたりするのかな。


「何も。ただ、別れしなに春鈴を見守ってくれと言われた」


 見守って、か……黄蘇さまは春鈴ちゃんのことを信頼しているんだね。


「とにかく、私たちが活躍できるかどうかは春鈴ちゃんにかかっているようね。最悪ダメな時は、命を捨てる必要なんてないんだから、その時は私がみんなを連れて一目散に逃げるから安心して」


 祥さんは、ほんといつも私たちの肩の力を抜いてくれるんだよね。


「そうそう、ここがダメなら、西新に乗り込んで元凶を懲らしめたらいいんだよ」


「あら、星にしては物騒なことを言うわね。そんなことをして平気なの?」


「もちろん、バレたら国際問題になるね」


「ダメじゃない」


「ただ、ここまでされて奴に何も仕返しができないのが悔しくて……」


「西新のお妃がやったという証拠が一つも見つからなかったものね」


 祥さんたちが倒してきた追手は、誰も身元や依頼者のことがわかるものを持ってなかったみたい。


「呪詛をはらったら、掛けたやつがどうかなるということは無いのか?」


「俺も呪詛はそこまで詳しくないんだよな……春鈴、わかる?」


「見てみないと……」


 春鈴ちゃん、申し訳なさそう……


「まあ、春鈴ちゃんが見たらわかるということだから、まずは行ってみましょう」


 私たちはもうそこまで迫った朱雀廟まで向かう。









「ううぅー!」


 広い空洞に入った途端、春鈴ちゃんの唸り声が大きくなった。

 オオカミ君は呪詛に押されているようで、ちょっとだけ元気がない。しっぽがぺちょんとしてる。

 それも仕方がないと思う。だってこの部屋の半分を占めるほどの大きな蛇が、空中に浮かんでぐにゅぐにゅと動いているんだよ。私も気を抜いたら腰が抜けそうだもん。


「春鈴ちゃんだけでなく、もしかして玲玲ちゃんも見えてるの? 私には普通の廟にしか見えないんだけど、あなたたちは?」


 星さんも信も首を横に振っている。見えてないんだ……

 部屋の奥には、人の手で掘られたのか自然にできたのかわからないへこみがあって、その中に置かれた台の上には何かの像が飾ってあった。ここからではよく見えないけど、たぶん朱雀さまなんだろう。そしてその前にあるお供え物はどれもが干からびているから、長い間誰も来てないんだと思う。これなら、どこにでもありそうな寂れたお社なんだけど。

 その上にいるものが異質というか、明らかに今回の異変の原因だよね。


「えっと、廟の上に大きな蛇がいます」


「蛇?」


「はい、大きな蛇が朱雀さまの上をうごめきながらこちらを見ています」


「こっちを見てんだ……気味悪いな」


「でも、見えないことにはなにもできないわね……」


「春鈴、何とかならない?」


 星さんの言葉に春鈴ちゃんは唸るのをやめ、こちらを振り向く。


「そっか、見えないのか」


 と言って、私以外の三人の背中をポンポンポンと叩いていった。右手だけ狐に戻して。


「手だけ戻せるんだ……」


「うん、元の姿の方が力が強いから、でも、全部戻すと喋れないし……」


 それで、必要なところだけ狐の姿になったんだ……。

 他の場所もお願いしたらやってくれないかな? しっぽとか……

 いや、そんなことはあとだ。

 祥さんたちに蛇が見えるようになったか確認しないと……


「ほんとに蛇なのね……」

「でかいな」

「尾は見えないけど、どこに繋がっているだろう……」


 三人とも見えているみたい。


「私たちの使命はこれを退治するってことよね。春鈴ちゃん、どう?」


「うん、この蛇自体が呪詛かな。たぶんこれを祓ったら雨も降り出すと思う。でも、かなり強力だよ」


 これを祓ったらみんなが助かる!


「なあ、姉ちゃん。ばあちゃんがここ来たら何すればいいか分かるって言っていたけど、なんかわかったか?」


 私は首を横に振る。……何したらいいのか、というか、私に何ができるのかさっぱりわからない。


「だよなー、おいらも一緒。春鈴は?」


「幻術は効かないみたいなの。どういたらいいか考えてる」


 春鈴ちゃんにもわからないんだ。


「星、とりあえずその弓で打ってみたら。お化けだって当たるんでしょう」


「えっ! ……わ、わかったよ」


 星さんは肩に担いだ弓をつがえ、蛇に向かって放った。


 ほぉー、さすが兪家の一品だ。蛇に向かってまっすぐに飛んでい……かなかった。

 急に下に落ちたけど、もしかして星さん失敗したの?


「ほう、これは……」


「ええ、何とかなりそうね」


 え、どういうこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る