第35話 もしかして王宮の中ですか?

 朱雀廟までの細い山道を、五人と一匹が離れないように登っていく。馬がすれ違うことができないほど道が狭かったので、馬は置いてきた。木に繋ぐことはせずに野放しだけど、信が言い聞かせてくれているから私たちが戻るまで待っててくれていると思う。


「これほどの邪気、いったい西新のお妃はどんな呪詛じゅそを掛けているのかしら」


 朱雀廟が近いからだろう。龍脈に関係なく邪気があふれだしているのがわかる。たぶん春鈴ちゃんがいなかったら、ここにいることさえできなかったかもしれない。


「行ってみてからのお楽しみだね」


 星さんはなんだか嬉しそう、朱雀廟が近くなって好奇心が勝っているのかな。


「無理してない?」


 私と手を繋いで、一生懸命に付いて来ている春鈴ちゃんに尋ねる。


「ううん、お姉ちゃんのそばにいるから元気だよ!」


 巫女と守り手の関係なのかな。私もみんなのそばにいると元気になれるし、何より嬉しい。ふふ、嬉しいか……思い出しちゃった。黄蘇様が私が春鈴ちゃんに何か頼んだらしっぽを振って喜ぶといったけど、春鈴ちゃん、子狐の時にたまに寝たふりするんだよね。そして、私が体を撫でてあげたら、しっぽが動いているの。寝てるはずなのにね。それであとから起きてたのって聞いたら、ずっと寝てたよって……しっぽを隠せてないよ、春鈴ちゃん。


「姉ちゃん、嬉しそうだな」


「うん、みんなと揃って来れたからね」


 信の後ろには一頭のオオカミが付いてきている。信がオオカミを呼んだ時、春鈴ちゃんが怖がるかと思ったけど気にしてなかった。どうしてって聞いたら私の方が強いから平気だって。まあ、そうだよね。春鈴ちゃんは妖狐だもん。


「あら、あれかしら」


 道の先、崖の中腹に入り口が朱色に塗られた洞窟があった。


「いい? みんな、俺に付いて来て」


 星さんを先頭に洞窟の中に入る。中は薄暗く、明かりを灯さないと足元がよく見えない。

 以前星さんが、朱雀様は自然にできた洞窟をそのまま利用していると言っていたけど、ほんとそんな感じだ。岩が飛び出していたり、急に狭くなったりしていて気を付けないと転んでしまいそう。


「春鈴ちゃん、大丈夫?」


 左手の先の春鈴ちゃんは足元を気にしながら歩いている。


「うん、平気だよ」


 子狐になってもらって抱えていった方がいいような気がするけど、それだと喋れないんだよね。


「ねえ、星。罠とかないのかしら」


「今のところそんな気配はないね」


「あら、そうなの? あれだけ追手がしつこかったのにおかしいわね」


 私と信が離れた後、祥さんたちはずっと追手に襲われていたと言っていた。昨日の人たちも仲間がほとんどやられているのに私たちに向かってきていたから、祥さんの言う通り、洞窟の中に私たちを邪魔する何かがあってもおかしくない。


「これだけ嫌な感じが強い場所だから、誰も近寄れないと思って最初から置かなかったのか、それとも呪詛の邪気が強すぎて罠を設置することもできずにすぐにここを離れたのか……」


「まあ、こちらとしては何も無い方が助かるわ。春鈴ちゃんたちの様子だとかなり強いまじないのようだから、余計な消耗をしたくないもの」


 つい先ほどから信が連れて来たオオカミさんと春鈴ちゃんは、時折『うぅー』とうなって警戒している。きっと、この先にある邪気の元に反応しているんだと思う。


 あたりを警戒しながら洞窟の中を進む。

 洞窟はかなり深いようで、またお社のようなものは現れない。


「ねえ、星さん。朱雀さまというか、四神さまっていったい何なんですか?」


 沈黙に耐えられず、これまで気になっていたことを星さんに尋ねてみる。


「うん、目的地はもう少し先のようだし、ちょっとここで休もうか」


 私たちは洞窟の岩に腰掛け、しばし休憩することにした。


「俺も聞いた話なんだけど……遼夏の国ができる遥か昔、この国がまだ国として成り立ってなかった頃、人々は切れ目なく起こる災害に苦しみ、食べ物を巡っての争いに巻き込まれ、明日への希望も持てずに暮らしていたらしい」


「ひどい……」


 私なら生きていくのも辛くなりそう。


「うん、さすがにこれはかわいそうだということで、天帝がある女性に力を授けた。その女性は後に黄龍の巫女と呼ばれ、常に付き従った四人の従者と共に各地をめぐり災害を静め、盗賊を退治し、人々に安寧あんねいの時をもたらしたんだって」


「そんなことがあったのね」


 祥さんも知らないんだ。


「さて、信君。その後のことは知ってるかな?」


「えっ! お、おいらは巫女様と従者の一人が恋仲になって、子供ができて、その子供がこの国の最初の王様になったって教えられた……」


 おぉー、そういうのも王様になるために必要な知識なのかな。


「そう、正解! この国で最初の国を作った王様は、自分の母であり、人々に安らぎをもたらした黄龍の巫女とその従者の功績を称え、それぞれの出身地に廟を設置したんだって。従者の出身地がちょうど東西南北に分かれていたから、この地に古くから伝わる四神の青龍・朱雀・白虎・玄武になぞらえて名前を付けたみたいだよ」


「そうなの……でも、それだと朱雀様は火を玄武様は水を司るというのと関係ないみたいだけど、どうしてかしら」


「うーん、四神様って古くからの伝承にあるくらいだから、その地自体がそういう気が集まりやすいんじゃないかな。それか、人々の想いが重なってそうなっていったか……まあ、本当のところは天帝様しかわからないよ」


「なるほどね。それと、星の話では巫女様の廟もあるみたいだけど、どこなの? 聞いたことないわよ」


「ああ、あそこは普通の人は入れないからね。でも、姉さんに信君はしばらく住んでいたんでしょう。見たことあるんじゃないかな」


 祥さんに信が住んでいたってことは……


「もしかして王宮の中ですか?」


「うん、俺は聞いたことしかないんだけど、黄龍の巫女様を祭った建物が王宮の中庭の奥にあるみたい」


 中庭の奥って……


「まさか……」


「ばあちゃんのとこか」


「二人は知ってるの? どんなとこ?」


「掘っ立て小屋」

「ゴミ屋敷」


「ぶほっ!」


「お、お姉ちゃん、大丈夫? はい、お水」


「あ、ありがとう、春鈴ちゃん」


 思わず吹き出してしまった。おばばさんのところだったらその表現が合ってるかも。


「えっと、巫女様のお社でそんな失礼な事して大丈夫なのかな?」


「さ、さあ、私もお社自体見たわけじゃないから何とも言えないわね」


 たぶんお社は別のところにあるのだろう。いくらおばばさんでも初代の巫女さまを祭った場所に住んではいないはずだ……よね。


「さてと、みんな少しは気が紛れたかな。そろそろ出発しようか」


 ほんとだ。さっきまでの重い雰囲気が、ほんのちょっとだけど軽くなった気がする。

 改めて気を引き締めた私たちは、洞窟の奥に向かって歩を進めた。

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