第34話 あら、喋れるのね。お人形さんかと思っていたわ

 暗くなりかけた山の中で焚火を囲む。

 本来なら夜の山というのは危険なんだけど、信がいるから動物に襲われる心配はいらないし、仮に追手がやってきても戦力となる動物たちは町よりも山の方がたくさんいるからむしろ安全なのだ。


「……私にもわかるようになってきたわ。嫌な感じね」


 焚火に小枝を放り込みながら祥さんが呟く。

 朱雀廟が近づくにつれ、邪気みたいなものが強くなってきた。たぶん龍脈に流れているものが漏れているんだと思う。


「春鈴、俺たちに影響はあるのかな」


「えっとね……結構強いからずっといると良くないけど、私がいるから大丈夫だよ」


 私の隣で干し飯を食べながら春鈴ちゃんが答える。

 春鈴ちゃんの力、強くなっているのかなあ。町を出る時よりも元気になっているし……もしかして巫女とか守り手とかが関係しているのかも。


「道理で朱雀廟に向かう人が少ないのね」


 普通なら、これだけ雨が降ってないと朱雀廟でお祈りしようとする人たちがいるはずだけど、途中ほとんど人とすれ違うことが無かった。もしかしたら向かったのかもしれないけど、朱雀廟までたどり着けなかったのかもしれない。


「星さん、朱雀廟まであとどれくらいですか?」


「あと二日かな」


 二日か……


「春鈴ちゃん二日だって、大丈夫?」


 もし春鈴ちゃんが途中で力尽きてしまったら、私たちも直接邪気の影響を受けることになって、しまいには……


「うーん、これくらいなら平気だよ」


 よかった、無理はしてないみたい。


「さあ、そろそろ日が沈むわ。早いけど焚火を消して交代で休みましょう」


 私たちは小動物が走り回る音を遠くに聞きながら、僅かな間安息の時を過ごした。








「信! 付いて来てる?」


「祥、大丈夫だから、気にせず行け!」


 翌朝すぐに追手に遭遇した。今度ははぐれないようにできるだけまとまって行動している。そして春鈴ちゃんに負担を掛けないよう幻術はあまり使わせてない。その代わりに信が近くにいる動物たちをけしかけ追手にあたらせている。


 祥さんは一人で馬に乗り剣で道を切り開き、春鈴ちゃんを乗せた星さんの後ろに私を乗せた信が続く。


「信、右に飛んで!」


 左側を弓が通り過ぎる。

 時折弓や石が飛んでくるが、星さんの指示に従うとあたることが無い。

 星さん曰く、これも勘が外れないうちの一つらしいけど……できたら追手が来ない道を教えてほしかった。まあ、朱雀廟までこの先一本道らしいから選びようがないんだけどね。


「キリがないわね、ここで迎え撃ちましょう」


 少し広くなった場所で祥さんが止まる。

 私たちも祥さんのそばで追手を待つ。


 すぐに、馬に乗った五人の黒装束の男たちが広場に現れた。


「あなたたち女の子にはしつこくしちゃダメって教わらなかったの?」


「「「……」」」


 黙ったまま、一人も言葉を発しない。


「無視って訳ね。これから熱いひと時を過ごすというのにつれないわね」


「ねえ、信。どう?」


 祥さんが相手の気を引いているうちに私の前の信に確認する。


「ダメだな。いうことが通らねえ。たぶん薬かなんかで興奮状態にさせられてんだと思う」


 あの人たちが乗っている馬に命令して、暴れさせたりとにかく遠くに走らせたりできないかと思っていたけど無理みたい。


「あいつら、薬を使って馬を使い潰す気だ!」


 信の怒りがこっちまで伝わってきた。


「ダメだよ。一人で突っ走っちゃ」


 私は信の体を自分の方に引き寄せる。


「ね、姉ちゃん、当たっている……」


 気を引かせるためにわざと当てているんだもん。


「いい、落ち着いて、祥さんたちに合わせるの」


「わ、わかった」


 信も大丈夫なようだ。私たちは祥さんと追手の様子をじっと見守る。


「ふぅ、らちかないわね。私たちは先に行かせてもらうけどいいかしら」


「そういうわけにはいかん!」


 中央の黒装束が声を発した。


「あら、喋れるのね。お人形さんかと思っていたわ」


「黙れ! おまえたちはここで終わりだ。行け!」


 五人が一斉にこちらに!


「信!」


「任せろ!」


 信が集めていたねずみが列をなし、黒装束に向かって飛び掛かる。

 走っている馬の足にかじり付き、怯んだところをねずみたちは駆け上がり、男たちに群がる。


「今よ!」


 星さんが弓をつがえ、祥さんが剣で刺し、春鈴ちゃんが幻術で同士討ちをさせて、信がオオカミを相手ののどに喰らいつかせる。


「すごい……」


 一瞬にして相手を沈黙させた。


「……信、玲玲ちゃんと春鈴ちゃんを連れてちょっとだけ離れてくれる」


「わかった……」


 星さんは春鈴ちゃんを信の前に座らせ、信は私たちを乗せたまま馬を木陰まで移動する。


 私たちから見えないところで『うっ……』といったくぐもった声が聞こえている。たぶん祥さんたちが追手に止めを刺しているんだと思う。

 その事には触れずに、三人で他愛もない話をしながら祥さんたちを待つ。


「待たせたわね。準備ができたらすぐに出発よ」


「あの人たちは……」


 春鈴ちゃんを迎えに来た星さんに聞いてみる。


「邪魔になりそうだから山の方に置いてきた」


 そうだよね。埋めてやることもできないよね。


「馬たちはどうしたんだ?」


「ねずみにかじられて傷を負っていたものもいたけど、興奮しててどうすることもできなくてね。仕方がないから山に放してきたよ」


「そっか……まだあいつらにはおいらの声が届かないもんな。元気になってくれたらいいけど……」


 信は広場の方を見つめる。


「みんな、いい? 行くわよ」


 春鈴ちゃんが星さんの前に乗ったのを確認し、祥さんが告げる。

 こんなとこ一刻も早く離れたいよね。


 私たちはあとわずかに迫った朱雀廟に向けて馬を走らせた。

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