第33話 姉ちゃんって案外寝相が悪いんだな

 翌朝、乱れた布団を信と一緒に直す。


「姉ちゃんって案外寝相が悪いんだな」


「それは信だって……」


 寝ているうちにどうも二人で蹴り合ってたみたい。

 もし次に一緒になった時は……


 カリカリ、カリカリ……

 窓の外から何か音が聞こえる。見上げると子狐の前足が窓を掻いていた。


「春鈴ちゃん!」


 慌てて窓を開ける。


「玲玲!」


「祥さん! 星さん!」


 外の猫を見ていた二人もこちらに気付いて近づいて来た。







「おいら、行ってくる」


 春鈴ちゃんを抱き寄せ中に引き入れると、窓から入れない二人を信が迎えに行ってくれた。


「きゅーん」


 春鈴ちゃんは私の顔をペロペロと舐めてくれるんだけど、なんだかいつもより力が弱い。抱き上げてみると、毛並みも荒れている。


「春鈴ちゃん、大丈夫? 何があったの」


「くーん……」


 やっぱり元気がない。


「春鈴ちゃん、ずっと頑張ってくれてたのよ」


 祥さんと星さんがやってきた。信がうまく連れてきてくれたみたいだ。


「何があったんですか?」


 祥さんたちに私たちと別れたあとの話を聞くことにした。







「もしかして、ずっと襲われていたのか?」


「ええ、昨日の夜まで途切れることがなかったわ。これまでの街道で何も無かったのは、山道で一気に勝負を決めるつもりだったんでしょうね。そっちはどうだったの?」


「私たちの方に追手は来ませんでした」


「それならきっと春鈴ちゃんのおかげよ。こっちでひきつけたら玲玲ちゃんの方にはいかないって頑張っていたから」


「春鈴ちゃんが……どうやって?」


 私の膝の上では子狐春鈴ちゃんがすやすやと寝ている。


「途中で力尽きて狐に戻るまで、ずっと敵に玲玲と信君の姿を幻術で見せてたみたいだな」


 それで私たちの方は誰も来なかったんだ。

 私は春鈴ちゃんの眠りを妨げないように体をそっと撫でてあげる。


「みんな、無事でよかった……」


 二人を改めて見る。祥さんも星さんもボロボロだけど、ケガはしていないみたい。


「相手は?」


「大体やっつけたわよ。手加減なんてできないから生きているか死んでいるかわかんないけどね」


 そんなに激しく……


「祥がやっつけたのか?」


「ほとんど私と春鈴ちゃんで仕留めたけど、星もやってくれたわ」


 星さんが……


「星が? どうやって?」


「信君、どうやってはひどいな。俺にはこれがあるから」


 星さんは背中から弓を取り出した。

 そういえば弓の腕はよかったよね。鳥を一撃で落としていたし。


「飾りかと思ってた」


 うん、あの時以来一度も構えてないんだもん。そう思われても仕方がないよ。


「これは兪家ゆけに伝わる名品を拝借してきているから、多少下手でも当たるんだ」


 星さんの腕じゃなくて弓のおかげ……


「そんなことだろうと思ったぜ」


「まあ、でも、それで助かったこともあるから。兪家の力に感謝しましょう」


「俺の扱い、ひどくない?」


「そんなことより、私たちも疲れているから休みたいんだけど……」


 星さんはそんなことよりってどう言うことってブツブツと呟き、祥さんは部屋を見渡す。


「二人はここで一夜を明かしたの?」


 祥さんは一つしかない寝台を見ている。


「え、いや……おいらは何もしてねえ!」


 信、動揺しすぎだよ。


「大丈夫? 玲玲ちゃん」


「うん、この子と一緒だったから」


 私は窓際で日向ぼっこをするサバトラ君を指さす。


「なんだ、お目付け役がいたのね。それじゃ、私たちは別に部屋を取って休ませてもらうわ。春鈴ちゃんをお願いね。ほら、星、行くわよ」


 祥さんと星さんは宿の受付に向かって行った。


「おいらは猫たちを散らして、代わりにあいつらを呼んどくから」


 そっか、猫がいると目立っちゃうんだ。ねずみなら気付かれないよね。


 私は春鈴ちゃんを寝台に寝かせ、サバトラ君に別れを告げ窓から放してあげる。


 早く猫とのんびりと遊べる日が来ないかな……









 半日が過ぎ、目を覚ました春鈴ちゃんは人間になれるほど回復していた。


「お姉ちゃん。えへへー」


 さっきからずっと離れないけど、私も春鈴ちゃんと離れたくないからちょうどいい。


「ふわぁー、良く寝たわ。あら、春鈴ちゃんも起きたのね」


 祥さんと星さんは揃ってやってきた。二人ともさっきよりも顔色がよくなっているから、回復しているようだ。


「お兄ちゃんたちおはよう」


 春鈴は私のところから星さんの方に向かって行った。


「おはよう春鈴。もう平気か?」


 星さんは春鈴を抱き上げ優しそうな声で話しかけている。

 ……二人の距離感がおかしくない?


「祥さん、おはようございます。いったい、何があったんですか?」


 祥さんに近づきこっそりと聞く。


「どうも星の体から黄蘇様の匂いがするようなのよね。星も春鈴のことを自分の子供のように可愛がっちゃって……父性に目覚めたのかしら」


 黄蘇さまと星さんは一夜を共にしている。黄蘇さまの様子だとお腹の中には星さんの赤ちゃんがいるのかもしれないから、将来的に星さんは春鈴ちゃんのお父さんになるかもしれないんだけど……


「それで、信はどこなの?」


「あ、馬の世話に行ってます」


「あら、大丈夫かしら……」


「あいつらを呼んでるから平気だって」


「そういえば気配があったわね。なら、信が帰ってきたらこれからのことを打ち合わせしましょう」







 信はすぐに戻って来て、みんなで話し合いを始める。


「あなたたちの方はどうだったの?」


「ずっとかなり深い山道で、途中崖を飛び越えたりして……」


「崖が……良くたどり着けたわね」


「信に任せていたから」


「おいらは馬に頼んだだけだぜ。あいつやっぱりすごい馬だった」


 私たちが乗っていたのは黄蘇さまから借りた黒鹿毛くろかげの子。どんな道でも怖がらず進んでくれたんだよね。


「何よりあなたたちが無事でよかったわ。山で信と一緒だから大丈夫だろうと思っていたけど、会うまで不安だったの」


 山の中の信は最強かもしれない。ねずみはたくさんいるし、クマやオオカミがいたらその子たちも手伝ってくれる。だから無理して合流せずに先に進もうとしたんだけど、祥さんたちの方に追手が集まっていたとは知らなかったよ。


「この先も追ってくるでしょうか?」


「零ではないと思うけど、あまり来ないんじゃないかな」


「どうしてですか?」


「もう嫌になるほどやっつけたし、西新からここまでの距離を考えると追加が来るとは考えにくい」


 よかった、春鈴ちゃんにこれ以上無理させるのはかわいそうなんだよね。人間になった今でもあまり元気がないんだもん。


「さあ、朱雀廟はもうすぐよ。気を引き締めていきましょう」


 準備を整えた私たちはその日のうちに宿を引き払い、朱雀廟へと向かった。

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