第32話 寝台が一個しかねえぞ……
「今日は街に着きてえな」
私の前で馬を操る信が呟く。
短い時間だったけど、ぐっすりと眠れたんじゃないかな。顔もスッキリとしているし、声も張りが戻ってるみたい。昨日はさすがに疲れてたようだから心配していたんだよね。
「みんな、どうしてるかな」
返事の代わりに呟く。
「祥がいるから大丈夫だと思うけど、春鈴が怖がってないか心配だな」
そうなんだよね。春鈴ちゃん、すごい技を持っているんだけど、ずっと黄蘇さまの庵にいたみたいだから、こういうことに慣れてないはずなんだよね。
「早く、合流したいね」
「ああ」
私たちはあたりを警戒しながら山道を進んで行った。
「すみません。桃郎県へはどう行けばいいでしょうか?」
「ん? 桃郎県はここだよ。姉ちゃんたちはよそから来たのかい?」
いつの間にか着いてたみたい。もしかして私たちは近道を通って来たのかな。
「はい、雨乞いをしに朱雀廟まで行こうと思いまして」
「ほぉ、そりゃいい心掛けだ。どこも雨が降らずに困っているからな。朱雀廟へはこの先ずっと険しい山道だから、気をつけて行くんだぞ」
街で最初に会ったおじさんにありがとうと告げ、信のところに戻る。
「聞こえてた。もしかしたらみんなより早くついてるかも」
「ああ、それじゃ宿をとってあいつらを集めるか」
あいつら!
たぶんあの子たちだよね。楽しみ〜
「姉ちゃん、話がうまいんだな」
宿を探す途中、信が呟く。
「祥さんや星さんの真似しただけだよ」
二人ともスラスラと話すんだよね。
「おいらはすぐ詰まっちゃって……」
信は真面目だからね。
「あまり、気にしてても話せなくなるよ。あ、そこにあるの宿屋さんじゃない?」
レンガ造りの建物の前に宿屋がよく使う印がぶら下げてあった。
私と信は馬を降り、表で掃除をしていた女性に近づく。
「あのー、宿をとりたいのですか」
「はーい……っと、珍しい組み合わせだね。あんたたちの関係を聞いてもいいかい」
「おいらたちは店の遣いで朱雀廟にいく途中なんだ」
信は甘鏡さんの店の通行許可証を見せる。
「へぇー、王都から……そりゃ大変だったね。もしかしてあれかい、若旦那の修行の旅かい。お目付け役も大変だねぇ」
女性は私の方をしげしげと見てくる。
「わかった、中に入りな。部屋はあるよ。あ、馬は裏に小屋があるから兄ちゃんは繋いできな」
私は女性について宿の中に入る。
「部屋は一緒でいいんだろう……で、どうだい、玉の輿に乗れそうかい?」
た、玉の輿?
「ここであの子の心を掴めば店の女将になれるんだろう?」
「い、いや、私たちはそんな関係じゃ」
「もしかして、まだなのかい? ……なあに、孕んじゃえばこっちのもんさ。ここじゃ少々声が漏れても誰も見にいかないから安心しな。鍵はこれ、部屋は一階の奥。そこの廊下の突き当りだから、うまくやるんだよ」
女性から鍵を渡され、背中を押されてしまった。
廊下を突き当たりまで行き、部屋に入ると目を疑ってしまった。
「姉ちゃん、馬、おいてきたぜ。それで、あのおばさんから頑張るように言われたんだけど、なんのことかわかる……い!」
部屋に入った信が止まってしまった。
「ね、ね、ね、ね、姉ちゃん、これ?」
「う、うん、部屋はここだって」
「寝台が一個しかねえぞ……」
部屋の中には少し大きめの寝台が一つだけおいてあった。宿の人が余計な気を回してくれたみたい。
「どうする? 部屋変えてもらうか?」
そうしてもらおうかな……いや、私たちの関係を怪しく思われないように、このままにしておいたほうがいいかも。
「ここで、みんなを待とう。それでもう、呼んだの?」
「あいつら? ほら」
信が指さした窓には一匹の猫が、毛づくろいをしていた。
可愛い!
やっと会えた!
窓に向かい外を眺めるとすでに四、五匹の猫が日向ぼっこをしていた。
「窓開けてもいいかな」
「うん、でも中に入れるのは一匹だけだぜ。せっかく集めたのが外から見えねえからな」
信の了解が得られたから窓を開け、窓際にいたサバトラ柄の一匹を引き入れる。
あ、男の子かな。
「噛まない?」
「姉ちゃん大好きって思っているからそんなことしねえよ」
抱き寄せたサバトラ君は私の顔をペロペロと舐めてくれる。
「あはは、くすぐったいって」
「遊んでいるところ悪いけど。姉ちゃんこれからどうするんだ?」
サバトラ君を離してあげると、ぴょんと日の当たる寝台の上に飛び上がり丸くなった。
「最初に会ったおじさんの話だと、この先朱雀廟まで街は無いみたいなんだよね。だから祥さんたちが来るまでここで待っていた方がいいと思うんだけど……」
「そうだな……わかった、猫たちをずっと集めてたら騒ぎになるから、適当に散らしながら待ってようぜ」
サバトラ君と遊びながら時間がたつのを待つ。
「にゃー」
「ね、ね、姉ちゃん。そろそろ寝る時間だけど、本当にここでいいのか?」
信は部屋にたった一つある寝台を指さす。
「あ……うん、大丈夫だよ。それじゃ寝ようか」
明かりを消し、寝台へと向かう。私が布団の中に入ると信がその隣に遠慮しながら入ってきた。
「さ、触ったらごめんな」
寝台の広さは一人分よりもちょっと広いくらい、たぶん寝返りしたら当たっちゃうと思う。試しにちょっと手を動かすと信の手に触れた。
信の手が私の上に乗ってきた。
震えている……
怖がっているのかと思い、優しく握り返してやると
「ね、姉ちゃん! おいら……」
「にゃー」
「あ、おまえ!」
サバトラ君が私と信の間に居座ってしまった。
「おまえ、なんで俺の言うことを聞かないんだ……」
「言うこと?」
「い、いや、何でもねえ。お休み、姉ちゃん!」
信は背中を向けて寝てしまった。
動物が信の言うことを聞かないとは思えないから、きっと心の中で私を守らなきゃって思ったんじゃないかな。
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