第31話 えとえと、龍脈は……

「どう? 春鈴ちゃん」


 山に入った途端、祥さんの後ろに掴まっていた春鈴ちゃんが鼻をクンクンと鳴らし、あたりを警戒し始めたものだから一瞬にしてみんなに緊張が走った。


「この近くに悪意を持った人はいない……かな。でも、周りに邪気のようなものが漂ってる」


 邪気?


「おいらたちがその中にいて大丈夫なのか?」


 目の前の信が尋ねる。


「人体には……問題ないみたい」


 よかった。もしダメとなったら、計画自体やり直さないといけなくなるところだったよ。


「じゃあ、なんなのかしら」


「朱雀廟にかかっている呪詛じゅその影響……かな」


 朱雀廟までまだ結構あるよね。それなのに影響があるって……

 いや、遼夏の国の全部で雨が降ってないんだ。むしろこのあたりだけに影響が出ているのが不思議だ。


「ねえ、春鈴ちゃん。黄蘇さまはあの場所にいたままで呪詛がかかったのわかっていたんだよね。どうして?」


 問題ないということで先に進みながら尋ねる。


「お母さんは龍脈の流れを知ることができるの」


「龍脈?」


「えとえと、龍脈は……」


 あらら、春鈴ちゃんが固まってしまった。


「ほら、星。あなた知っているんでしょ」


「俺の知っている範囲で言うと、――――」


 星さんの解説によると龍脈とは地中を流れる気の流れのことで、ありとあらゆる場所に繋がっているらしい。


「つまり、西新のお妃は朱雀廟にかけた呪詛を、龍脈を使って遼夏の国中にばら撒いているってことなの?」


「たぶん、そういうことだろうね」


 私、龍脈なんてわからないのに、どうやって呪詛を祓ったらいいんだろう……


「春鈴ちゃんは龍脈がわかるの?」


「場所はわかるけど、使うことはまだ……」


 場所がわかるだけでもすごい!

 せめて見ることができたら何か役に立つかもれないのに……ん?


「ねえ、春鈴ちゃん。あれって……」


 私は右手にある大きな岩を指さす。


「うん、そこに龍脈があるよ。お姉ちゃんもわかるの?」


 やっぱり、なんだか光の線が見えたような気がしたんだよね。


「うん、ぼんやりとだけど……」


「すごいわ! それも巫女の力なのかしら。星、信、わかる?」


 目の前の信も、前を行く星さんも首を振った。


 もしかしたら力が増しているのかな。みんなが近くにいてくれるからかも。


「私たちも気合入れて行かなきゃね。星、信、行くわよ」


 私たちは次第に険しくなっていく山道を桃郎県へと急いだ。









「くそー、みんなと離れちまった。姉ちゃん、大丈夫か?」


「うん、私は平気。信、ケガしてない?」


「おいらはなんともないけど、あいつらに悪いことしちゃったな」


 さっき道が別れたところで追手がやってきて、いつのまにか祥さんたちがいなくなっていた。その時に信が近くにいた野犬に追手を襲わせていたんだけど、何匹か返り討ちにあってしまったのだ。


「何とか撒けたのかな」


「たぶんな。動物たちも騒いじゃいねえ」


「でも、さっきもそうだったよ」


 最初に襲われたときも動物は静かだったんだよね。


「あれは、術か何かで身を隠していたんだと思う。でも一度やり合ったから、動物たちの警戒はなかなか解けねえよ」


 そういうものなんだ。


「これからどうするの?」


「そうだなぁ、別れた時は?」


「朱雀廟を目指す!」


「よし、しっかり掴まってな。はっ!」


 信が操る黒鹿毛は、私を乗せ険しい山の奥へと走り出す。







「次はどっちだ?」


「左の道の方かな」


 私たちは、龍脈に沿って嫌な感じがする方に向かっている。たぶんそこが朱雀廟への道のはずだから。

 あちらには春鈴ちゃんがいるから、きっと同じ方向に向かっていると思うんだよね。


「でも、この先はあまり進まねえほうがいいかもな」


 そういえばあたりが暗くなってきた。


「どこで野宿するの?」


「あいつらが多いところがいいよな」


 猫だったらいいんだけど……きっと、あの子たちだよね。


「信に任せた。でも、ちゃんと交代で休むよ」


「ああ、姉ちゃんも頼むな。お、この辺がいいかな」


 うん、ここなら追手が来てもすぐわかりそうだね。あの子たちが……


 明るいうちに食事を済ませた私たちは、馬を繋いだ木の近くで火を消して夜を待つ。


「ね、姉ちゃん。夏とは言え寒いかもしれないから、お、おいらに引っ付いてな」


 信が顔を赤くして俯いている。追手に気付かれないように焚火ができないんだよね。


「うん、信じてるよ」


 私は信の隣に座り、肩を寄せる。


「……姉ちゃん、おいらが王弟だってわかって驚いた?」


 そりゃね。驚かないはずがないよ。


「うん」


「もしかして、嫌いになった?」


 そんなことを心配していたのか。


「ううん、信は信だもん」


 信が優しいのは知っているよ。信が将来王様になった時にそのままでいてくれたらいいと思う。


「それじゃ! 呪詛をはらったらおいらと……いや、今は言わねえほうがいいな」


 祥さんは信が私のことを好いていると言っていた。それは私も薄々感じていて、信は私に一緒になってほしいと言いたいんじゃないかと思っている。でも今は答えが出せないよ。だって、朱雀廟に行って私に何ができるかわかんないんだから……


「まずはおいらが先に起きとくからよ、姉ちゃんは寝てくれ」


「ちゃんと起こしてよ。私も見張りをするんだから」


「わかっているって、おいらも徹夜して、あくる日は馬に乗りたくねえからな」


 私はすぐ隣に信の体温を感じながら眠りについた。








「……ねえ……姉ちゃん。姉ちゃん」


「ん? 信?」


「ねむいだろう。ごめんな。そろそろ、代わってもらってもいいか」


 おっと、もうそんな時間なんだ。


「うん、いいよ。信はゆっくり休んで」


「頼むな……」


 すぐに信のスースーという寝息が聞こえてきた。たぶん、みんなと離れ離れになってずっと気を使っていたんだと思う。できるだけ、長く寝かせてあげよう。


 えっと、あたりの様子は……リリリ、リリリという虫の声とガサガサという小動物が走り回る音……信があの子たちを呼んでいるんだ。

 なら、誰かが近づいてきたらすぐにわかるね。かと言って眠っちゃうといけないしな……どうしよう。

 ふと見ると、雲の影からさす月明かりが信の顔を照らしている。

 目鼻立ちはくっきりしているし、眉毛も立派だ。これはきっといい男になるに違いない。信は気にしているけど、背だってこれからどんどん伸びてきて、誰もが振り返るような容姿になるんじゃないかな。

 性格だっていいし、きっと立派な王様になるよ。……でも、その隣にいるのが私でいいの?


 答えが出ないまま、夜は更けていった。

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