第30話 お、おいらは……

「お、おいらは……」


 みんなが信に注目する。


「……なあ、どうしても言わないとダメか?」


 信がみんなの方を見上げてきた。


「西新のお妃が邪魔するために頑張っているんでしょ。もしかしたら、これから命を懸けて戦わないといけないかもしれない時に、一人だけ隠し事してて信は平気なのかしら」


 信は俯いて黙ってしまった。

 なんだか、かわいそうだな……


「あのー、私、星さんの実家のことも聞いたことありません」


 信だけ責められるのもかわいそうだし、話したくないのなら、私は無理に聞かなくてもいいしね。


「俺? 俺の親父の名前はこうっていうんだ」


 兪皓さん? はて、誰だろう……


「兪家って言ったら……」


「兪皓のおっちゃん……宰相だ……」


 宰相さん!?


「そう、過去に囚われている親父のやり方が気に食わなくて家を出て、自分の力だけで科挙に合格した。今度は役人になって親父のやり方を変えるんだ!」


 そ、それで許可証を見て王都の門番の人が驚いていたんだ。


「さあ、言ったよ。あとは信君だ。俺は君に期待しているんだ」


「お、おいらは……」


 信は一呼吸おいてさらに話を続ける。


「おいらの母ちゃんは呉服問屋の主の甘鏡、上に二人兄貴がいて、すぐ上が母ちゃんの跡を継いで店を継ぐことになっている。そして一番上の兄貴は……この前王様になった」


 えっ? 信、今なんて言った?


「そして兄貴に子供がいないから、おいらが成人したら……おいらが王弟として皇太子になることになっている」


 皇太子……信、王様になるの!?


「それで、姉ちゃん。こんなおいらだけど……」


「はいそこまで! 信、今それを言っても玉砕するだけよ。ほら玲玲ちゃんの顔を見てみなさい。聞いたことに処理が全く追いついていないわよ」


 何が何だかよくわからないから、とりあえず私は隣の春鈴ちゃんを引き寄せ頭を撫でていた。








「祥さんは最初から知っていたんですか?」


 春鈴ちゃんの髪を櫛でいてあげながら尋ねる。星さんと信は明日からの山道に備えて必要な物を揃えるために街に出て行った。


「私が気付いたのは信が大店でお金を借りた時かしら」


 王宮を出てからすぐの時か。

 あの時の信は……そんなこと何も話してなかったよね。


「どうして、わかったんですか?」


「あの商家から王様が出たって有名なのよ。王都に繋がりがある人なら知っている人も多いわ。ただ、信が皇太子というのは驚きだったわね」


 そうなんだ。張南村にそんなこと知っている人は誰もいなかったよ。たぶん。


「はい、できたよ」


「ありがとうお姉ちゃん。次は私がやってあげるね……って、どうしたらいいのかな」


「春鈴ちゃん、こうやるのよ」


 祥さんが私の髪を使って、春鈴ちゃんに女の子の髪の梳き方を教えてあげるみたいだ。


 うーん気持ちいい。普段は髪を邪魔にならないように縛っているからね、こうやってほぐしてもらうだけでもホッとするよ。


「春鈴ちゃんはお母さんにしてあげたことは無かったの?」


 私の髪を一生懸命に梳いてくれている春鈴ちゃんに尋ねる。


「庵では狐でいることが多くて……」


 狐か……


「じゃあ、毛づくろいしてあげてたの?」


 春鈴ちゃんはうんと頷く。

 狐の黄蘇さまに会ったことは無いけど、子狐春鈴ちゃんと毛づくろいし合ってる姿を想像するだけでもほんわかしてくるよ。


「ただいまー、わっわっわっわっ! 姉ちゃん、それ……お、おいらちょっと……」


 信が帰って来たかと思ったら、飛び出していった。


「ふふ、あの子には玲玲ちゃんのこの姿は刺激が強すぎたようね」


 この姿って、ただ髪を下ろしているだけなのに……


「信君どうしたの? 真っ赤な顔して出てきたから、とりあえず捕まえといたけど……」


 戻ってきた星さんの片手には、首根っこを掴まれた信の姿があった。


「へぇー、玲玲、可愛いね。髪を下ろした姿もなかなか」


「離せ、星!」


「離さないよ。危ないんだから一人で飛び出して行かないでね」


「ふん、おいらは一人でも、あいつらを呼びさえすれば……」


 あいつら……猫じゃ無くて、ねずみだよね。


「確かに君の能力はすごいと思うよ。でも、眠らされたらどうなの? 一度は閉じ込められそうになったんでしょう」


「そ、それは……」


「ね。でも、誰かと一緒ならそういう心配は減ると思うんだ。だからこれからはみんなそうだけど一人で行動しないようにしよう。朱雀廟はもうすぐそこなんだから」


 さっき、信は西新のお妃さまは邪魔をしているはずだって言っていた。もしかしたら、私たちの誰かが一人になる瞬間を狙っているのかもしれない。


「そういうことね。それに信は自分の身分を明かしちゃったんだから、一人でうろうろされたらこっちが気が気でないのよ」


「お、おいらは別に……」


「そうね、信もお客様扱いされるのは本意じゃないでしょう。なら、巫女の守り手なんだから玲玲ちゃんから離れずにちゃんと守りなさい。ドキドキしたくらいで外に飛び出していくとか、そんなんでやっていけるの?」


「……わ、わかった。おいら、姉ちゃんから離れない」


 信から熱い視線を感じる……今度はこっちが気恥ずかしくて逃げ出したいんだけど、春鈴ちゃんに髪を掴まれているのでどうすることもできない。


「はい、お姉ちゃん。できたよ」


 よ、よかった。せめて信の視界から外れるところに……と思っていたら、春鈴ちゃんが飛びついてきた。


「私もお姉ちゃんから離れないね」


 そ、そうか、信とずっと二人っきりってわけじゃないんだ。


「うん、よろしくね」


「さあ、明日から山道に入るわよ。街があるかもわからないんだから今日は早めに休んじゃいましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る