第29話 そんなタマじゃねえんだけどな……

「祥さん見てください。……ふふ、二人まとめてギュッとしちゃだめですかね」


 今日のくじで信と春鈴ちゃんが一緒になったんだけど、小さな二人が一生懸命に大きな馬に掴まっている姿は、それだけでごはんが何杯でもいけそうだ。


「気持ちはわかるけど、信に対してそれをしちゃだめよ」


 あれ、なんでだろう……ん? ん!? も、も、も、も、も、もしかして、私、信に嫌われている!?


「違うわ。その逆よ、信が玲玲ちゃんのこと好きすぎて羽目を外さないか心配なのよ。だって、巫女は生娘じゃないといけないんでしょう?」


 祥さんは信たちから少し離れ、こっそりと教えてくれた。

 信が私を……いや、それよりも黄蘇さまから聞いたことを話さなきゃ。

 祥さんに巫女の力について話す。


「えっ! 別に……生娘じゃなくていいの?」


 祥さんはさらに小声で私に話しかける。


「はい。黄蘇さまは、おばばさんは旦那さんも子供さんもいたけど巫女としての役割を果たしたと言ってました。みんなにも話しておいた方がいいですよね?」


「……いえ、他の二人には内緒にしておきましょう。春鈴ちゃんにも口止めしとかなきゃね」


「どうしてですか?」


「あなたはか弱い女の子なのよ。もし誰かと二人っきりになってしまって、まわりに邪魔するものが何も無くなった時にこのことがあるとないとでは大違いだと思うの。もちろん二人は信用しているけど、男の性欲って侮れないのよね……」


 さらに祥さんはつくづく嫌になっちゃうと呟いた。


「……」


「あ、もちろん、玲玲ちゃんがそれを望んでいたら別だけど、どうするの?」


「な、内緒でお願いします」


 もちろんいつかはって思っているけど、お互い気持ちを高め合ってそれから……キャー! 考えただけでドキドキしてくるよ。


「お姉ちゃんどうしたの? 真っ赤だよ」


 私たちが遅れていると思ったのか、信たちがこちらに近づいてきた。


「な、何でもないよ」


「姉ちゃん、具合悪くなったら無理せず言えよな。祥、遅れるなよ! はっ!」


 信は少し間の空いた星さんの方に向かって行った。


「私からはみんなに話さないわ。いい、いくわよ。はっ!」


 前の二頭を追い、私たちの馬も街道を南へと進む。








「なんだか街の雰囲気が変わってきましたね」


 今日は私の前に座って馬を操っている星さんに話しかける。

 春鈴ちゃんが仲間になってから一週間、その日到着した街は建物の形からして違っていた。私の村や王都ではほとんど見ないレンガ造りの建物が増えてきたのだ。


「このあたりになると遼夏の国の人たちと違う人たちも増えてくるからね」


 街を歩く人たちの服装の色合いも、暑い場所だからかいくらか青みが増してきたような気がする。


「もしかして、桃郎県とうろうけんもそろそろだったりします?」


「うん、あと数日ってとこかな」


 おぉー、ここ数日は順調に進んでいたからひょっとしてって思ったんだよね。

 あれ? でもあと数日ということは……


「これから道が険しくなったりするんですか?」


 ここまで馬車が通れないほどの道を通っていない。そのために馬車を売ってきたんだから、どこかにあるはずだ。


「俺も聞いた話でしか知らないんだけど、朱雀廟というのは自然にできた洞穴を使っているらしくて、それはとても深い山の中にあるんだって。そこに北の方角……俺たちが向かっている方ね、から行くには険しい山道を越えていく必要があって、そこには馬でしかいけないって言われているんだ」


 やっぱりそうなんだ、早めに馬車を手放しておいてよかったよ。それでいくらかここに早く来れたんだからね。


「でも、馬車で行ける道もあるって行商人は言っていたわよ」


 祥さんたちも近づいてきた。


「うん、西の方をぐるっと回る道もあるらしくて、そちらを使うと馬車でも行けるみたいね。ちなみに一か月くらい余分にかかるんだって」


 一か月はかなりの時間だよ。どうしても荷物を運ばないといけないとき以外は使いにくいね。


「それで星、朱雀廟へはここからどれくらいで行けるかわかる?」


「ここから桃郎県までは山道を通って四、五日、そこから朱雀廟までが二、三日と聞いているから、あと一週間程度と言ったとこかな」


 もう少しで到着するんだ。朱雀廟で私はいったい何をしたらいいんだろう。うぅー、緊張してきたよ。







「しかし、ここまで邪魔が入らないと、本当に西新のお妃さまが呪詛を掛けているのか不安になるわね」


 宿の部屋で明日の準備をしているときに祥さんが呟いた。


 そういえば最初王宮を出たときには追手が付いて来ていたんだよね。あの時は上手く撒けたのかもしれないけど、それで諦めちゃったのかな……


「この国に呪詛じゅそがかかっているのは間違いないです。去年の夏頃、お母さんがそう言ってましたから」


 去年の夏……そんなに前からかけられていたんだ。


「それじゃ、呪詛だけかけて、満足しちゃったのかしら……」


 もしそうなら、朱雀廟に行って呪詛を解呪かいじゅできたらそれで終わりだよね。って、思っていたら、隣の信が「そんなタマじゃねえんだけどな……」ってボソッと呟くのが聞こえた


「ねえ、星。西新のお妃さまの人となりを何か知らないの?」


「そうだな、俺が知っているのは、王都生まれの美人姉妹の妹で、小さい頃から常に姉とどちらがきれいか比べられていたらしくて、――――」


 あわわ、星さんの話が止まらなくなっちゃった。えーと要約するとこんな感じかな。

 遼夏の国の王都に美人と名高い二人の姉妹がおりました。姉は人当たりもよくどこに行っても人気者。妹も姉を倣い、最初は分け隔てなく誰にでも優しく接していましたが、次第に姉と比べられることが苦痛になっていき、どうしたら姉を越えることができるかばかり考えるようになっていました。

 そんなある日、妹は仲のいい侍女からある事を聞かされることになります。西新の皇太子が友好のために王都に来ることになったけど、その真の目的が姉に会ってお妃候補として連れ帰る事だということを……。そんなことをされたらたまったものではありません。姉との差が縮まるどころか一生追いつけないほどの差になってしまいます。

 その日から妹はありとあらゆる手段を使って、西新の皇太子に会うことができるのが自分だけになるように画策します。その結果、上手く西新の皇太子に取り入ることができた妹は、西新の皇太子妃という誰も並ぶことができない地位を手に入れることができたのでした。


 その後姉は王都の大店おおだなの跡取りと結婚し幸せな家庭を築き、妹は西新でお妃としての地位を手に入れます。妹の関心は自分が姉よりも上かどうかであって、どちらが幸せかどうかは関係ありませんでした。


「なのに、下に見ていたはずの姉が身分的には変わらない遼夏の国の王妃様になったんじゃ、腹が立って仕方がなかったでしょうね」


「あいつは目的のためなら手段を選ばねえってぇの。今もおいらたちの邪魔するために頑張っているはずだぜ」


「やっぱり関係者はよく知っているね。ねえ、信君。もうそろそろ俺たちに教えてくれないかな君のこと、まあ、気付いていないのは玲玲と春鈴ちゃんくらいだけどね」


 えっ? 信のこと?

 大店の息子以外に何かあるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る