第26話 星のやつ今頃……
お風呂は男女別になっていて、女湯の方には誰の気配もなかった。そういえば、さっき料理を運んでくれた人たちはどこに行ったんだろう。あのあと誰も見ていないんだよね。
「あ、あれはみんなお母さんの式神です。私はまだ扱うことができないの」
尋ねたら春鈴ちゃんはこう答えてくれた。ここに二人の他に妖狐はいないということだったから、実際には黄蘇さまと春鈴ちゃんしかいなかったということだ。春鈴ちゃんが私たちと一緒に旅に出たら、黄蘇さま寂しくないのかな……
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
ふぅ、春鈴ちゃんが人の心を読めなくてよかったよ。
「うーん、へんなの。あ、こっちだよ」
春鈴ちゃんについて、浴場を奥へと進む。そこにはいくつかの籠が置いてあり、どうもその中に着ている衣服を脱いで入れるようだ。
あれ、春鈴ちゃんはどうなるのかな。服は術で出しているって言っていた。服だけ消すのかな。
そう思って見ていると、白い衣に赤い袴の春鈴ちゃんの周りがだんだんとぼんやりとしてきて……
「あ、そうか。そうだよね」
子狐春鈴ちゃんが現れたのだ。
慌てて衣服を脱いだ私は、きゅーんと鳴く春鈴ちゃんと一緒に久しぶりのお風呂を堪能することができた。
「へぇ、温泉って言うんだ」
「うん、体にもいいの」
浴場を出てすぐに、女の子になった春鈴ちゃんに尋ねる。子狐春鈴ちゃんも可愛いんだけど、お話できないのがね……
「お湯がずっと出ているから何事かと思ったよ」
もったいないから止めようと思って春鈴ちゃんに尋ねたらきゅーんとか答えてくれないし、どうしたらいいのかわからずにお湯が出てきていた石造りの狐の口に手を突っ込んだら、お湯が吹き出してきちゃって私も春鈴ちゃんもびしょ濡れになって……ふふ、楽しかったー。けど裸でよかったよ、服着てたら大惨事だった。
「お姉ちゃんたら、止めてっていうのに手を突っ込むんだもん」
その止めてっていうのがわからなかったんだよね。きゅーんとしか言ってくれないし。まあ、可愛かったけどね。
「あ、あれ? 服がきれいになってる?」
籠の中に簡単に折りたたんで入れていた服がきれいに畳まれていて、手に取って広げてみると汚れも落とされていたのだ。
「たぶんお母さんの式神がやったんだと思います」
黄蘇さまはたぶん今頃は星さんと……のはずなのに……すごいな。おっと、感心している場合じゃなかった。服を着ないと……
「あら、あなたたちも今だったの?」
春鈴ちゃんと一緒に女湯から出てみると、祥さんと信がさっぱりとした姿で立っていた。二人とも風呂上がりみたい。
「はい、祥さんたちの方も温泉でしたか?」
「温泉っていうのね。玲玲ちゃん聞いて。信たら止めてって言ったのにお湯がもったいねえからって狐の口に手を突っ込んじゃってね。そしたら……」
「あはははは、びしょ濡れになったんですね」
「そうなのよ、よくわかったわね……あー、さては玲玲ちゃんもやったわね」
「あはは、内緒です」
信を見るとバツが悪そうに鼻を掻いている。よかった。前と変わりないみたい。
「信が気になる?」
「えっ……まあ、あんなことがありましたし」
いつ来るかわからない私たちを、信は移動しながら一人でずっと待っていてくれてたんだよね。それも力を使いながらだから大変だったと思う。
「ふふ、安心して。もう、あっちの方も元気になっているから心配いらないわよ」
あっちの方?
「お前、バカ、止めろ!」
「さっきね、信が『星のやつ今頃……』って羨ましがっていたから、あなたも黄蘇様にお願いしたらって言ったんだけど、おいらはそういうわけにはいかないんだって、誰に遠慮しているのかしらね」
「ああ、もう、いいだろう。行くぞ!」
「はいはい、玲玲ちゃん、春鈴ちゃん、おやすみなさい♪」
祥さんと信は部屋に戻っていった。
お願いか……信って黄蘇さまみたいな人がいいのかな……
「ねえ、お姉ちゃん。部屋に行かないの? 湯冷めしちゃうよ」
「あ、そうだね。部屋でゆっくりしようね」
私は久しぶりのふかふかの布団で、再び子狐になった春鈴ちゃんを抱きながら休むことができた。
翌朝、朝食の席にほわぁとした様子の星さんとニコニコ顔の黄蘇さまが一緒に現れた。
「おはよう、遅くなってすまんの」
「おはよう、みんな」
ひ、一晩一緒だったんだ。
「おはようございます黄蘇様……星もおはよう、でもなんか余裕綽々な様子が鼻につくわね」
わかる。なぜだかわからないけど無性に腹が立ってきているもん。
「うぅ、みんなが冷たい……俺の居場所はないのかも。黄蘇様、俺をここに置いてもらえませんか?」
せ、星さん本気なのかな?
「星、あなた科挙に合格しているんでしょ。いいの?」
「うっ」
そうだよ、難しい試験だったってずっと言ってたもんね。
「星よ、気持ちは嬉しいが、人なるものがここに長く留まることはできん。たまに遊びに来るくらいがちょうどいいのじゃ。それにお主も玲玲のことが気になって仕方がないじゃろ。守り手とはそういうものだからの」
やっぱり星さんは守り手なんだ。
「わかった。俺は時間を作ってここに帰って来る」
「そうじゃな、無理せぬ程度に来てくれたら我らは嬉しいの」
あれ、黄蘇さまいま下腹を擦らなかった?
ま、まさか……えっと……春鈴ちゃんは気付いたっぽいな。だ、男性陣は……あー、誰もわかっていない。ま、まあ、まだハッキリとしたことはわからないんだし、何か必要があるときに言うことにしよう。
「さあ、時はあまりないぞ。日が登ってしまわぬうちに早く出発するがよい」
私たちは急いで食事をして、黄蘇さまの庵を後にした。
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