第25話 でも、こうやってお姉ちゃんと会えたから

「春鈴ちゃん、よかったの?」


 部屋についた後、星さんのことについて尋ねてみた。もしお母さんを取られたと思っていたのなら、星さんには悪いけど我慢してもらわないといけない。


「お母さんはずっと一人で私を育ててくれたから、そろそろいい人がいてもいいと思うの」


 星さんがいい人……いや、それよりも春鈴ちゃん見た目は小さいけどやっぱり大人だ。


「そ、そうだね。それじゃちょっとお話しようか」


 本人たちの間で納得がいっているのなら、外野がとやかく言うことは何もない。それよりも、春鈴ちゃんを連れて行くにあたって聞いておきたいことがいろいろとあるのだ。


 部屋の中には、先ほどの部屋と同じ芝の匂いのする青い敷物(畳っていうらしい)が敷いてあり、そして中央には移動することができる足の短い丸い座卓があった。

 春鈴ちゃんがここにどうぞと言ってくれた場所に腰かけると、すぐ隣でお茶の用意をしてくれた。


「まずはこれを」


「わぁーきれい」


 さっきは緊張して慌てて飲んだけど、やっぱりこのお茶の緑はなんだか心を落ち着かせてくれる。


「お口に合いましたか?」


「うん、美味しいよ」


 口当たりもまろやかでちょっと甘みがあるんだよね。祥さんが入れてくれたお茶も美味しいけど、春鈴ちゃんもなかなかの腕前だと思う。


「最初会った時、離れていた黄蘇さまと話をしていたんでしょう? それっていつでもできるの?」


 もしそれができたら、春鈴ちゃんを通じていつでも黄蘇さんに相談ができると言うことだ。


「ごめんなさい、私はまだ未熟だしお母さんの力も昔ほどじゃないからこの近くじゃないと無理みたいなの」


 そっか、残念だけど仕方がないか。


「あと、着ていく服だけど、他の物でもいいのかな?」


 春鈴ちゃんが着ている白衣に赤袴も可愛いんだけど、このあたりで見かけたことが無いから目立っちゃうんじゃないかって思うんだよね。


「見たことがあるものなら、顕在けんざいさせることができます」


 け、顕在って確かハッキリとさせるとかそういう意味だったよね。春鈴ちゃんって難しい言葉を知ってんだ。


「えっと、これはどうかな」


 私が着ている服は女の人が良く使う旅装束で、足のところはズボンになっていて馬にも乗りやすい。これなら、目立つことも無いと思う。


「その服、初めて見るから良く見せてもらっていいですか?」


 春鈴ちゃんは私に近づいて来て、全身を撫でるように見回す。


「わ、わかるかな」


「中はどうなっているんですか?」


 な、中……脱がないとダメなのかな。


「一応確認するけど、春鈴ちゃんは女の子だよね」


 身近に祥さんという存在がいるんだもん。見た目だけで判断できないよ。


「あ、はい。妖狐には女性しかいません」


 へぇー、女性しかいないんだ。


「それじゃ、春鈴ちゃんのお父さんは?」


 身に付けている服を脱ぎながら尋ねる。女の子にならいくら見られても平気だ。


「人間でした。たまに会いに来てくれていたのを覚えています」


 覚えているってことは……


「今は?」


「寿命が違うので……でも、優しくていいお父さんでしたよ」


 春鈴ちゃんは私の着ていた服を手に取り、ひっくり返したり裏返したりしながら答えてくれた。

 そっか、妖狐と人間じゃ生きていく時間の長さが違うんだ。


「寂しくないの?」


「……でも、こうやってお姉ちゃんと会えたから」


 えへって……ああ、もう可愛いんだから。

 私は春鈴ちゃんを思わず抱きしめていた。


「お姉ちゃん、苦しいよ」


 そんなこと言ったってギュッとしたいんだもん。


「失礼するぞ」


 その時突然入り口が開き、黄蘇さんが入ってきた。


 慌てて春鈴ちゃんを離す。


「なんじゃ、取り込み中じゃったか」


「い、いえ、大丈夫です」


 春鈴ちゃんも服の用事は済んだようで私に返してくれた。


「寝る前に少し話をしようと思っての」


 黄蘇さまは私の正面に座り、春鈴ちゃんはお茶を入れてあげている。

 私は慌てて服を着なおし、改めて座卓に座る。


「はい、お母さん」


「すまんの春鈴」


 黄蘇さまがお茶をひとすすりして、落ち着いたところを見計らい声を掛ける。


「あのー、星さんは?」


 さっき別れた時、星さんは黄蘇さんの部屋に向かってたはずだ……あ、もしかして振られちゃったかな。


「あやつは今、湯浴ゆあみをしておるの。我は構わんのじゃが、汚れた体では申し訳ないと言ってな」


 あわわ、二人とも本気なんだ。でも、羨ましいよ……


「なんじゃ浮かぬ顔して……ん? なんじゃ、お主はそのようなことを心配しておるのか」


 そうだった、黄蘇さんには思っただけで知られちゃうんだ。


「だって、好きな人と結婚して子供を作って幸せになりたいって……」


「そうじゃの、それがあるべき姿じゃ。玲玲、そちはなぜそれを望まんのじゃ?」


「私は巫女だから……」


 王妃様から巫女は生娘じゃないといけないって言われた。いつまでかは聞いてないけど、もしずっとだとしたら期待するだけ無駄だよ。


「巫女のう……別に巫女でも子をすことはできるぞ」


 えっ! どういうこと?


「なんじゃ、濮蘭から聞いておらぬのか。巫女が結婚しようが子供を作ろうが力にはなんら関係はない。その証拠にお主が生まれるまで濮蘭は巫女じゃったが、旦那も子供もおるぞ。まあ、あやつも長生きだから先に死んでしまっているがの」


 し、知らなかった。王妃様から巫女は生娘だって言われてもそんなものなんだって思い込んでいたよ。


「王妃がのう……それにしても、巫女は生娘でないといけないと誰が言い出したのか知らぬが……ん? さては濮蘭か。あやつ生涯に男は一人と決めておっての。夫に先立たれたあと、言い寄ってくる奴らが来ぬようにしたのかもしれん。あやつの見栄えはなかなかじゃったんじゃ」


 そ、そうなんだ……


「そちもいい男がいたら気にせず手に入れるがよいぞ。それに、巫女じゃからといって何でも我慢せにゃならんわけでもないし、背負い込む必要もない。守り手は巫女を助けることに喜びを感じるからの。試しに春鈴に何か頼みごとをしてみい、尻尾を振って喜ぶはずじゃ」


 私のすぐ隣に座っている春鈴ちゃんは『シッポなんて振らないよ』と言ってお尻を押さえている。可愛いな。


「わかりました。あと一つ、お聞かせください。私もおばばさんにみたいに長生きするんでしょうか?」


 私も300歳まで生きるとしたら、周りには誰も知っている人がいないということになる。そんなの耐えられる気がしないよ。


「濮蘭が長生きなのはあやつの力のせいじゃ。見る限りお主にはその力はないようじゃ。よかったの、好いた者と一緒に年老いていけるぞ」


 好いた者って……あ、そうか、黄蘇さんは好きな人間と一緒にいる時間は限られているんだ……


「そのような顔をするでない。我は子を成すことができるからな。子育てをしておると、そんなことを考えておる余裕はないわ。アハハ!」 


 妖狐だって、子供を育てるって大変なんだね。


「おっと、こんな話をしに来たのではない。春鈴のことじゃ。先ほども言ったが、この子が使い以外でここを離れるのは初めてなのじゃ。我が近くにおらぬと寂しがるかもしれん。すまぬがよろしく頼む」


 黄蘇さんは頭を下げ、春鈴ちゃんは『そんなのことないもん』と頬を膨らませた。

 ふふ、春鈴ちゃんのこと、やっぱり心配なんだね。


「はい。お任せください」


「春鈴よ、玲玲の言うことをよく聞くのじゃぞ。お、そろそろのようじゃな、我も行くか。そうじゃ、お主も風呂に入ってこぬか? ここでは水の心配をせんでいいからの、遠慮なく使ってよいぞ」


 お風呂っていつ以来だろう。遼夏の人たちには悪いけど、今日は贅沢させてもらおう。


「お姉ちゃん、一緒に行こう」


 私は黄蘇さんと別れ、春鈴ちゃんと一緒にお風呂へと向かった。

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