第24話 星とやら、後で我の部屋に来るがよい

「もしかして、おばばのことかしら……」


 お、おばばさん?


「そういや、そんな名前だったな」


「うそ!?」


 300歳以上なんだ……でも、あのおばばさんならありえそうな気がしてきた。


「……ほぉ、悪いがお主らの記憶を見せてもらった。……ふふ、しわくちゃのババアになっとるが、間違いない濮蘭ぼくらんじゃ」


 おばばさんだった。うーん、黄蘇さんって人の記憶も見れるんだ……敵に回られたらかないそうにないよ。


「巫女よ、心配せずとも。我が人に関与するつもりはない。もう年じゃからな」


「それじゃ、なんでおいらたちを呼んだんだ」


 そうだよね。用もないのにこんなすごい人が私たちの前に現れるなんてないよ。

 あ、でも、人付き合いは久しぶりって言っていた。もしかして寂しかったのかな……


「ふふ、巫女よ、寂しくないと言えばウソになるが、それでお前たちを呼び寄せたわけではないぞ」


 あわわ、そうだった。思っただけで知られちゃうんだ。


「そう緊張しなくてもよい。多少のことは気にせぬからな。ん、おぬしは我としとねを共にしたいのか」


 黄蘇さんは祥さんの隣を見る。

 星さんたら……


「こんな年よりで良ければ構いはせんが、ここには幼子もいるから、ちと考えてもらうと助かるの」


 年寄りって黄蘇さんいくつなんだろう……でも、すごく魅力的だよね。星さんの気持ちも分からなくはないな。あ、春鈴ちゃんの顔が赤くなっている。意味がわかってんだね。


「それで、お主らをここに呼んだ理由じゃったな。まあ、一言でいえば運命には逆らえんかったということかのう」


 運命?


春鈴しゅんりん


「はい」


 春鈴ちゃんの姿がぼんやりとしたかと思うと、そこにさっきの子狐が現れた。


「やっぱりそうだったんだ」


 子狐春鈴ちゃんが私の足に前足を掛け見上げてきたので、抱きかかえて膝の上に乗せる。

 ふふ、春鈴ちゃんの左手にも信が子狐に巻いた手ぬぐいがあったんだよね。


「お主らが近づいて来ているのはわかっていたが、無視するつもりじゃったんじゃ。じゃがの、会わせぬように使いに出していたはずの春鈴が来るなと言っても戻ってくるし、初めて見るいなごに驚いてケガしたところをお主らに助けられるし、そしたら運命の人に会ったから連れて来ると言って聞かぬし……我も諦めてお主らをここに呼んだのじゃ」


 春鈴ちゃんの運命の人と言うのが誰か気になるけど、会った時になんだかソワソワしていたのは黄蘇さんと話していたのかもしれない。


「わかりました、それで私たちは何をしたらいいのでしょうか?」


「お主らは遼夏を救うという自らの使命を果たすがよい。ただ、春鈴も連れて行ってやってくれんか。もう一緒についていく気満々なのじゃ」


 子狐春鈴ちゃんは私の膝から降りると再び女の子になって、「お姉ちゃん、だめ?」と首を傾げた。


 ぐっ、可愛い、可愛いけど……


「危険では無いですか?」


 これまでの旅は、何か妨害でもされているかのようにいろんなことが起こった。これも、西新の呪詛の影響かもしれない。黄蘇さんは、そんなところにこんな小さな子供を送り出して心配にならないのだろうか……


「こう見えても春鈴は我の子じゃ。まだ未熟じゃが妖狐の力は使えるし、先ほどは幼子と言ったが年もお主らよりも上じゃ。邪魔になることはないと思うぞ」


 しゅ、春鈴ちゃん年上なんだ。


「お姉ちゃん、私、役に立つよ。お願いだから連れてって」


 あ、お姉ちゃん……うーん、いい!

 春鈴ちゃんの方が年上だけど、うん、呼び方はお姉ちゃんでいいよ。


 一緒に行きたいけど、私一人では決められないな……

 みんなの方を見る。


「春鈴ちゃん、あなたどんなことができるの?」


 そうだ、この庵の中で起こったことが黄蘇さんが持っている妖狐の力だとすると、ものすごいということはわかるけど、春鈴ちゃんが何ができるかぐらいは知っとかないといけないよね。


「えっと……お姉ちゃん、誰にかけたらいいの」


 だ、誰に?


「えーと、とりあえず星さん」


「お、俺!? あっ! うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 星さんが急に立ち上がって叫びながら手を振り回している。


「しゅ、春鈴ちゃん、わかったから止めてあげて」


「痛てぇぇぇー……はあはあ……驚いた」


「星、あなた、何があったの?」


「急に蜂に襲われて……」


「おい、兄ちゃん、顔が腫れてきてるぞ」


 ほんとだ、星さんの顔がみるみる腫れあがって来た。まるで蜂に刺されたように……


「あわわ、何とかしてよ。痛いんだって」


 星さんは自分の顔を撫でまわすが腫れは引かない。


「春鈴ちゃん、何とかしてあげられないかな?」


「ごめんなさい、私には……」


「すまんなまだ未熟で、だが玲玲、お主の力で治してやることができるぞ」


 私が……そうだ、信にやった時のように……

 私は星さんの顔を両手で包んであげる。


 体の芯が暖かくなってくるのがわかる。


「ね、姉ちゃん、光ってるぞ」


 そうか、あの時の信は虚ろな状態だったからよく覚えてないんだ。


「ふふ、もう大丈夫そうね。星、元にもどったわよ」


「助かった……いい男が台無しになるところだったよ。ありがとう、玲玲」


 星さんって一応素材は悪くないんだよね。


「それでどうじゃ、春鈴を連れて行ってくれるか?」


 もちろん答えは決まっている。


「こちらからお願いしたいくらいです。春鈴ちゃんよろしくね」


 これだけの術を見せてくれたんだからね。旅の頼もしい仲間だよ。


「さて、外はもう日が暮れてきておるのう。蝗は通り過ぎているようじゃが、町に行ってもこの様子じゃ泊まることは出来まい。今日はここに留まって明日出発するがよい」


 私たちは黄蘇さんのところで一夜を過ごすことになった。





「あのー、黄蘇様。ここで一晩過ごすと元の世界での時間が思いのほか過ぎているということはありませんか?」


 夕食を待つ間、黄蘇さんたちと話の続きをしている。

 星さんが言って初めて気づいたけど、ここは場所からして不思議なところだ。時間がズレていたとしてもおかしくはない。もしそうなら、すぐにでもここを出ないと大変なことになっているかも。


「心配せずともよい。ここと外の時間の流れは同じじゃ」


 ふぅ、よかった。


「黄蘇様、さっきから外と言っているけど、ここはどこなんだ?」


「ここはこの世であってこの世ではない場所としか言えんの」


 この世であってこの世でない……うーん、難しい。


「他に入り口は無いのですか?」


「お主たちの世界と繋がっておるのはあの場所だけじゃな」


 ここを通って他のところに行くというのは無理みたい。


「誰もが来れるって……わけでは無かったわね」


「うむ、我が認めたものしか入れんの。おお、そうじゃ、お主らはいつでも来るがよい。大歓迎するぞ」


 気に入られているのかな……よし、


「黄蘇さまにお願いがあります。雨が降らずに遼夏の国の人たちが困っています。助けていただくことはできませんか?」


 妖狐の力がどれくらいなのかわからないけど、もし、西新のお妃さまの呪詛を壊すことができるのなら……


「ふむ、遼夏の国は我も作るときに手伝っておるから思い入れはあるのじゃが、すまんの、もう年でのそこまでの力はないのじゃ」


「い、いえ、無理ってすみません」


 そうか……残念だけど、仕方がないよね。


「だがの、先ほども言った通り春鈴は我の力を引き継いでおる。未熟じゃが呪詛を晴らす手助けにはなるじゃろう。おぉ、食事の用意もできたようじゃ、皆、遠慮なく食べて行ってくれ」


 私たちの前に黄蘇さんや春鈴ちゃんと同じような白い衣に赤い袴を着た女性が現れ、料理を並べていく。

 妖狐というから肉料理かと思ったら山菜が中心だった。


「すごい! 美味しい!」


 食材自体の味が薄かったりするからだろうか、どの料理も手が込んでいて、味わいも深かった。


「そうじゃろ、ここは何も無いからな。食べることが生きがいなのじゃ」


「あ、外ではこんなに美味しい食事ができないけど、春鈴ちゃん大丈夫かな」


 どこの村も食料に余裕がないから、干しいいや干し肉しか食べられないこともあるんだよね。


「私、お姉ちゃんと一緒なら何だって大丈夫だよ」


 くぅー、今すぐにギュッとしたくなるよ。


「そうは言うが、春鈴には色々と経験が足りとらん。玲玲、すまぬが色々と教えてやってくれぬか」


「わ、わかりました」


 あわわ、責任重大だよ。


 その後食事が終わり、あてがわれた部屋に行くときに事件は起こった。


「お姉ちゃん、今日一緒に寝てもいい?」


「え、いいの?」


 って私が聞きたいくらいだよ。もちろん大歓迎だよ。


「何じゃ春鈴、玲玲と一緒に寝るのか、寂しいのう……そうじゃ、星とやら、後で我の部屋に来るがよい。相手をしてやろう」


 えぇー、黄蘇さん、さっきのこと冗談じゃなかったの。

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