第22話 この子も連れていきたい……いいかな?

「二人とも早くしないと追いつかれるわよって、何があったの?」


 祥さんと星さんに事情を話す。


「この子、本当に動物じゃないの?」


「ああ、命令しようとしても弾かれる。人と同じか……いやそれ以上だな」


 信は人にやってみたことがあるのかな……


「可愛いけど、もしかして妖かしら?」


「んー、でも悪い感じはしないね」


 薄いオレンジ色の毛並みの子狐は私の足元に隠れ、二人の様子を伺っている。


「ねえ信、この子、いなごの中でも大丈夫だと思う?」


「そうだな食われても毛ぐらいだけど、怯えて逃げるくらいだからどうにかなっちまうかもしれねえな」


 そ、そうか。毛が食べられちゃうんだ。それなら逃げ出すのもわかるよ。怖いもんね。

 子狐はまだ落ち着かない様子で、私の足元に隠れてキョロキョロとしている。体を撫でてあげたら、『きゅーん』とものすごく嬉しそうに鳴いてきた。


 近くに親がいたらいいんだけど……

 周りを見ても、それらしい姿は見えない。


「この子も連れていきたい……いいかな?」


「玲玲が決めたんでしょう。いいわよ」

「姉ちゃんに従うぜ」

「俺の直感も連れてけって言ってる」


 みんなの了解をもらった私は子狐を抱きかかえ、馬に乗り込む。


「結構時間食ったわね。そろそろ追いつかれそうよ」


 振り向くと黒いもやだったものが、ハッキリとわかるようになってきた。


「ごめんね、逃げきれなかった。怖いかもしれないけど、私の胸の中にいたら安心だからね」


 胸元の子狐を覗き込む。ずっとあたりを気にしていた子狐は先ほどよりも高い音で『きゅーん』と鳴き、私の手にケガしてない右前足をポンとのせ右前方を向いた。思わず私もそちらを見ると……


「えっ! なんで?」


 無かったはずの森が突如現れたのだ。


「星、ちょっと待って! 玲玲ちゃんどうしたの?」


 出発しようとしていた星さんを止め、祥さんが振り向いた。


「森が……」


 三人が私が指さす右手を見る。


「森? ……何も無いわよ」


 あれ、見えてないの? 私だけ?


「もしかして、あなたが見せてくれたの?」


 子狐に尋ねると、こくんと頷いた。

 私の言うことがわかるみたい。


「他の人にも見せることってできる?」


 子狐は前に座っている祥さんの背中にトンと右前足をのせる。


「え? うわ! ほんとだわ」


 祥さんにも見えたようだ。

 そのあと星さんと信も子狐に触られ、ここにいる全員が森を見ることができるようになった。


「ここに行けってことだよな」


 信の言葉に子狐はくぅーんと鳴いて答えた。






 私たちは森と一緒に現れた森へと続く道を進んでいる。この道に入ってから、あれだけ気になっていた蝗がなぜかあまり気にならなくなっている。


 私たちは森のすぐそばで立ち止まった。

 目の前にあるはずの森の入り口。そこはなぜかうつろで、手を伸ばせば触れられるはずなのに実際にそこにあるのかも怪しい……


「入るよ」


 星さんと信を先頭に祥さんと子狐を抱いた私が後に続く。


 あれ?

 森に入る時、何かおかしかった……


「変な感じだったわね」


「結界でも張ってんのかな」


 結界……


「結界だとしたら違和感がある。こんな木、見たことないよ」


 いつの間に変わったのかわからなかったけど、そこには最初森の外から見えた木じゃなくて、このあたりでは見かけない、背が高くて白い樹木が立ち並んでいた。

 星さんが言うには結界なら存在自体はそこにあるから、植生自体はこのあたりのものになるはずだって。


「ということは、ここは違う場所なの?」


 そう言えばここに入ってからかなり涼しくなっている。森の中だから日差しが遮られているといっても気温が下がりすぎだ。


「かもな、あいつらもいなくなっているし」


 そうだ、蝗の気配も全く感じない。もう囲まれていてもおかしくないはずなのに……


 あたりを警戒しながら私たちは森を奥へと進む。

 腕の中の子狐はリラックスしているようで、私の胸の辺りをクンクンと匂いを嗅いでいる。私も抱き上げ、白くなっているモフモフのお腹に顔をうずめて一呼吸すると、お返しのつもりか私の顔をペロペロと舐めてくれた。


「ちょっと、やめてよ」


「玲玲ちゃん、好かれちゃったわね」


 緊急事態なはずなのに、穏やかな時間がそこに流れる。


 しばらく進むと森が開け、そこには木造の小さな平屋の建物が立っていた。


「珍しい形ね。ここが目的地かしら」


 屋根の上に陶器のようなものがいくつも乗っているその建物は、大きさ的には王宮のおばばさんの小屋よりもちょっと広いくらいで中に人が住んでいるような感じはしない。


 私たちは馬を降り、辺りを見わたす。周りからは小鳥のさえずりが聞こえるだけだ。


「人の……気配はないね」


「森の中にはいろんな動物がいるぜ。でも建物の中には何もいねえな」


 誰もいないのかな。じゃあ、なんでこの子は私たちをここに連れて来たんだろう?


「あっ!」


 子狐が急に腕の中から飛び降りた。


「足、大丈夫なの?」


 子狐は振り返り、信が治療した左足をトンと地面につけ、そのまま建物の方に走っていった。


「もう平気みたいだな」


「あら、私たちも来いと言っているようよ」


 子狐は建物の前でこっちを向いてちょこんと座り、右前足を上げた。

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