第21話 きゅ、きゅーん……

「早く姉ちゃんの料理が食べたいぜ」


「ほんとね。一度玲玲ちゃんの手料理を食べちゃったら、こういうのじゃ物足りないわね」


 祥さんは前の村から買ってきた干し肉を見つめている。


「へぇ、玲玲の料理ってそんなに美味しいんだ」


 さっきまで上の空だった星さんもお腹は空いていたようで、食事の時には正気に戻ったようだ。


「あら、あなたまだなのね。信なんて一度食べただけで陥落したわよ」


「お、おいらはそんなんじゃ……」


「ふーん、普通に出来たてなら美味しいと思うけど、玲玲のってそれほどなの?」


 星さんは保存用のいいを口に放り込む。


「もちろんよ。私もそれなりに美味しいものを食べてきたけど、玲玲ちゃんのはかなりのものだったわ」


 祥さんってグルメなのかな……そういえば、祥さんの家は何をしているんだろう。一度昔のことを話してくれた時があったんだけど、突っ込んで聞きにくい内容だったんだよね。


「ほぉ、美味しいものを……やっぱり姉さんのご実家も信少年と同じように大店おおだなだったりするんですか?」


 おっ、星さんが聞いてくれるかな。


「あら、気になるの? 私の家はお茶を扱っていたわ」


「あ、それで、祥さんの入れてくれたお茶は美味しいんですね」


 同じ茶葉のはずなのに、私が入れたものよりも祥さんが入れてくれたものの方が断然うまみが増しているの。ちょっとだけ教えてもらったけど、身に付ける前に出発になったんだよね。


「ふふ、ありがとう」


 それに、どんな時にどんなお茶を飲んだらいいかと言うことにも詳しい。教養で身に付けていたのかと思っていたけど、子供のころからお茶を見ていたのなら納得だよ。


「姉さんのお茶も飲んでみたいな。それで、生まれは王都なんですか? 姉さんほど垢ぬけているとそうとしか思えないな」


 相変わらず口がうまいなぁ。


「嬉しいこと言ってくれるけど、残念ながら違うわ。西の外れ、西新との国境の近くで頭の凝り固まった奴しかいないよ」


 ど、ド田舎……確かに西新の国の近くなら王都からかなり離れている。馬でひと月近くかかったんじゃなかったかな。


「……そういやあの辺りは、王家ご用達のお茶が採れたんじゃなかったか?」


 へぇ、そうなんだ。


「さすが信少年。よく知っているね」


「ま、まあな」


 そういえば甘鏡さんのところで出されたお茶もなかなか美味しかった。信はそういうのにも詳しいのかもしれない。


「もしかして、祥さんが離れで入れてくれたお茶も?」


「ええ、王宮で出されるお茶は私の実家から納めているわ」


 おぉー、わかっていたらもっと味わって飲んだのに。


「ただ、雨が降らないと来年は難しくなるわね」


 雨……お茶もか。そうだよね、植物だもん。水が必要だよ。


「さあ、そろそろ行きましょう。夕方までには町に着きたいわ」


 私たちが荷物を仕舞い、馬に乗り込もうとすると


「なあ、あれって……まさか!」


 最初に馬に乗った信が、いきなり馬の背に立って遠くを見つめる。指さす方を見ると西の空が黒くかすんでいるように見える。

 雨?


「たいへん……」

「いけない……みんな、早く馬に乗って、逃げるよ!」


 逃げる? 雨じゃないの?

 星さんと祥さんが私を馬の上へと担ぎ上げる。


「玲玲、乗った?」


「は、はい」


「姉さん、俺に付いて来て、壁が……できれば土壁があるところまで。行くよ!」


 さっきと同じように祥さんと星さんが馬を操り、馬を走らせる。先頭は星さんだ。


「な、何が起こったんですか?」


 みんなわかっているみたい。顔つきが今までと違う。


「玲玲ちゃん、落ち着いて聞いて、あれはたぶん……いなご(バッタ)よ」


 蝗!?

 た、大変、ただでさえ雨が降らずに食べ物が無くなりそうなのに、みんな食べられちゃうよ。







 見渡す限りの荒れ野を馬はできる限りの速度で走っている。


「あ、あの、町までどれくらいですか?」


 私の前で馬を操る祥さんに尋ねる。

 土壁の建物があったらそこに避難しようとしているんだけど、このあたりに建物らしい建物が見当たらない。もしかしたら、人が住んでないのかもしれない。


「前の村から聞いた感じだと……そうねえ、あと一時いっとき(二時間)くらいかしら」


 あと一時二時間……


 さっきよりも黒いもやがはっきりしてきている。町に着く前に追いつかれそう。


「もっと、早く行けないんですか?」


「馬を休ませないといけないから、難しいわね」


 馬に乗っていると言っても常に全力で走らせることはできないし、途中で休ませないと馬が死んじゃう。


「追いつかれても私たちが食べられるわけではないけど、服がボロボロになるかもしれないわ」


 それに、蝗に囲まれているときは馬が嫌がって動けない。信がいるから暴れまわると言うことは無いと思うけど、そのまま夜になったら大変だ。


「とにかく、できる限り進みましょう」








 私たちは黒い影におびえながら先を急いでいる。相変わらずあたりには何も無い荒野が広がっていて、身を隠すための森すら見当たらない。


「あっ! ちょっと! 止まって!!!」


「どうしたの玲玲ちゃん!」


 慌てて祥さんが馬を止める。先を行く星さんも気付いたようで戻って来てくれた。


「信、一緒に来て!」


「えっ、おいら?」


 私は馬を飛び降り、信と一緒に草むらへと向かう。


「きゅ、きゅーん……」


「狐か?」


「うん、さっき見えたの」


 走っている馬の上から、草むらの陰に子狐がうずくまっているのが、何でかわからないけど目に入ったのだ。


「あ、足ケガしてる。ちょっと待ってな」


 信は警戒している子狐を撫でて落ち着かせ、ケガしている左前足に破いた手ぬぐいを巻き付け応急処置をした。


「たぶん、あれから逃げようとして足くじいたんだな……で、どうすんだ、姉ちゃん。こいつ、ただの狐じゃねえぞ」


 え? どういうこと?

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