第20話 ちゃんと前見ろよ。危ねえだろう

 沈黙のまま馬車は南へと向かう。


 朱雀廟に行くことだけはおばばさんから聞いているけど、その後のことは聞いていない。もし、その後も巫女を続けないといけないのなら、私はお嫁にいって子供を授かるというささやかな願いすらかなわないかもしれない。

 ……いや、ここでグダグダと考えていても仕方がない。まずは朱雀廟に行って雨を降らせてからのことだ。それならこれまで通り、自分のやれることをやっていくしかない。

 よし! まずは、この重たい空気を変えよう。


「信はどうやって逃げ出したの? 私と同じように売られていたんでしょう」


「売られ……そうか、売られていたんだ。目が覚めたら、知らない家の知らない部屋に閉じ込められるところだったんだよな」


 閉じ込められる!?


「ちょっと、大丈夫だったのって、そういえば大丈夫だからここにいるのね。それでどうやったの?」


「目が覚めた時には太ったおっさんに背負われていて、なんか薄暗い部屋の中に入るところでさ、周りを見ても誰もいないしぼんやりした頭でどこか尋ねたら、お前はここで死ぬまで俺のおもちゃだって言うだろう。一気に目が覚めて慌ててあいつらを呼んだんだ」


「あいつら?」


「ああ、どこの家にでもいるあいつら。さっきも見ただろう。あれの仲間だよ」


 ね、ねずみか……


「それで?」


「そこは農家だったみたいで、思いのほかたくさん集まってきちゃってさ。それを見たおっさんはびびって腰抜かして漏らしやがってよ。仕方がないからさっきと同じように脅したら、命ばかりはって言って開放してくれた」


「その人は助けてあげたの?」


「まあな、あいつらをけしかけてもよかったんだけど、馬もくれるって言うし、もしかじったやつが病気持ってて、おっさんが死んじゃったら目覚めが悪いからな、おいらがそこを離れる間だけ見張らせていたんだ」


 ひどい目に遭ったっていうのに、信は優しいな。


「ねえ信君……さっき俺を齧らせようとしなかった?」


 星さんが後ろを振り向き尋ねる。


「そうだっけ? 気のせいじゃねえか」


「……」


 星さんは追及をやめて前を向いた。馬車を操ることに専念するみたいだ。


「そ、それで、星さん。朱雀廟にはいつくらいに着くんですか?」


「朱雀廟って桃郎県とうろうけんだっけ。んー、今のままだと一か月後くらいかな」


 元々、王都から馬で20日の予定だった。途中いろいろあったけど王都から南へ進んでいるのは間違いない。でも、荷馬車に乗っての移動だから時間がかかるんだよね。


「祥さん、途中馬車では行けないところがあるんでしたよね」


「ええ、行商人はそう言っていたわ」


 ということは、どこかで馬車を捨てないといけない。


「どうすんだ。あまり時間がかかってもよくねえよな」


 時間がかかればかかるほど、雨が降らない時間が長くなるということだ。できるだけ早く朱雀廟に行って……えっと、何をするのかわからないけど、とにかく早く行く必要がある。


「一応、馬が二頭いるから二人ずつ乗れないことは無いわね」


「それだとちょっと窮屈だし、たいして速く走れねえよ」


 私は馬に乗るのが苦手だから誰かに乗せてもらわないといけないけど、他の二人も一頭の馬に乗ることになったら、その馬もずっと二人を乗せて移動することになるから馬が疲れちゃう。三頭いたら二人乗せるのは一頭だけですむんだけどね。


「もう一頭いた方がいいということだね。まあ、何とかなるでしょう」


 それにしても、相変わらず星さんはよくわからない自信に満ちているな。

 どうするつもりなのかな。馬ってかなり高価だから、信の家で反物を買ってもらった代金くらいじゃ買えないと思うけど……


「姉ちゃん、そんな不安そうな顔するなって、野生の馬がいたらおいらが頼んでやるからよ」


 そうか、信がいるんだ……でも、野生の馬ってそう簡単に見つかるかな?







 数日が過ぎ、私たちはいまだに馬を手に入れられずにいた。


「少しは早くなったけど、なんでおいらがこいつの後ろに乗らないといけねえんだよ」


「諦めなさい、信。くじで負けたんだから」


 前の村で星さんの馬車を売り、二頭の馬にそれぞれ二人が乗って移動している。誰がどの馬に乗るかは、馬を操れない私以外の三人が毎日くじで決めているのだ。一番が私を後ろに乗せて、三番が二番の後ろに乗るって感じでね。


「信君、ちゃんと掴まっとくんだよ。落ちても拾わないからね」


「落ちねえよ。もしそうなってもこいつがちゃんと迎えに来てくれるよ」


 信が馬のおしりをポンポンと叩くと、ヒヒーンと鳴いて返した。


「動物相手じゃ信にかなわないわね」


「確かに……ところで信少年、君は昆虫を扱えるのかね」


 星さんが後ろに掴まっている信に問いかける。


「あいつらはダメだな。全く言うことを聞かねえ」


 へぇ、そうなんだ。


「それは残念。家に巣くっている、あの黒くてテカついている奴を何とかしてもらおうと思ったんだけどね」


 うん、あれはいや。見つけた瞬間、バン! と叩いちゃう。


「何とかって、死ねって命令するのか? それは動物でも無理だぜ。できたとしても、おいらはそんな命令しねえよ。かわいそうだろう。あと、ついでに言っとくけどな、小さな動物に難しいこと頼んでもわからねえ、せいぜい集まれとか襲えとかぐらいだな」


「なるほど……小さなものには…………もしかして脳の大きさが………………」


 星さんは隣の馬の上でブツブツと呟きだした。


「お、お前! ちゃんと前見ろよ。危ねえだろう」


 信は中腰になって星さんの頭の上から前を見て、馬に指示を出しているようだ。


「仕方がないわね。少し早いけどお昼にしましょう」


 まだ枯れてない木を見つけて、そこの木陰で休むことになった。

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