第19話 あのー、信くん。もしかして何か呼んだ?

 翌朝、昨日のことが嘘みたいに信は元気になり、一緒に出発できるようになった。


「ほんとにいいのかい?」


「ええ、方向も同じだし、しばらく一緒についていってあげるわ」


「そいつは助かる。いくら元気になったと言っても心配だからな。よかったな、坊主。もう病気になるんじゃねぇぞ」


「ありがとうおっちゃん」


 私たちは村をあとにし、南へと向かう。


「なあ、祥。おいらもう馬に乗れるぜ」


 信は馬をどこからか手に入れ、それに乗って移動していたみたいなんだけど、病み上がりということで私と一緒に荷馬車の荷台に乗っている。


「疲れたら変わってもらうわ。それまでは玲玲ちゃんの隣で休んでなさい」


 祥さんは信が乗っていた馬に乗り、星さんはこれまで通り荷馬車の御者台だ。


「それにしても、宿屋の親父さんがいい人で良かったね」


「ほんと、私たちに声かけてくれたからよかったけど、そうじゃなかったら信がいるなんて気が付いてなかったわ」


 確かに知らないで次の村に行っていたら、もしかして信は……うぅ、考えただけでもゾッとするよ。


「それもこれも、俺がこの村に行こうって言ったからだよね。俺がこのままついていった方が何かと都合がいいと思わない?」


 御者台の星さんが何か言っている。


「あんたが役に立つかどうかはこのあとの働き次第で決めるわ。それよりも仕事はいいの? 朱雀廟までまだしばらくあるわよ」


「あ、それなら大丈夫。俺、働いてないから」


 星さんを除いた三人で顔を見合わせる。


「玲玲ちゃん、間違ってもこんな奴のところに嫁いだらダメよ。苦労するのが目に見えるわ」


「そうだぜ、ばあちゃんも言っていたけど、しょうもない男ほど自分を大きく見せようとするから気をつけろって」


「ねえ、信、ばあちゃんって甘鏡さんの事?」


「ああ、おいらの親代わりというか、もう母親だと思っている大切な人」


 そう話す信の顔は穏やかだ。甘鏡さんも信のことを本当の息子のように話していたよね。


「あのー、俺の話は終わったの?」


 星さんが話に割り込んできた。


「あら、まだ何か話すことがあるのかしら、無職のお兄さん」


「あるよ! ここで終わったらほんとにダメ人間じゃん」


 ダメ人間か……星さんって、すでに親御さんから勘当されているんだよね。


「仕方がない、聞いてあげるわ。仕事のあてでもあるの?」


「聞いて驚け! 秋になったら役所に勤めることになっているんだ」


「星さんの田舎の?」


「いや、王宮だな」


「ち、ちょっと、もしかして科挙に合格してるの!?」


「まあな」


 へぇ、そうなんだ。


「よかったですね」


「玲玲、それだけ? 俺、科挙に合格してるのよ。将来有望よ」


 王宮のお役人になるには科挙という試験を受けて通る必要があって、その試験は難しいということを聞いたことがあるけど……


「お役人さんにはあまりいい印象がないので……」


 私を迎えに家まで来た人も、王宮で王妃様のところに案内してくれた人もなんだか偉そうで嫌な感じだった。星さんがそんな感じになるとは思わないけど、地位は人を変えるっていうからね。


「玲玲は嫌な奴にあったのかもしれないけど、俺はそうならないために家を出たんだから」


 家を出て?


「あらあなた、家を出てるの?」


「あ、うん。親父に反発して家を出ている状態。だから援助が何もなくて、試験受けるの大変だったんだぜ」


「星さん、勘当されていたんじゃなかったんですか?」


 私にはそう言ってたよね。


「親とケンカしたという理由よりも、その方がカッコイイでしょ」


 こいつは……

 星さんって、さっき信が甘鏡さんから聞いた人にそっくりだよ。


「どうして急に本当のことを話すようになったんですか?」


「姉さんの前ではウソつけないし……」


 もう今度から星さんには祥さんから聞いてもらおうかな。


「それで、玲玲ちゃん的には星はどうなの?」


「あはは……一度襲われそうになっているのでちょっと」


 悪い人ではないようなんだけどね。


「襲われ……おい、あんた! 姉ちゃんの言ったことほんとなのか!?」


 信が御者台の星さんを羽交い絞めにし、星さんが手綱を離したにも関わらず急に馬車が止まった。


「ちょっ、結構力が強い……あ、あれ? あのー、信くん。もしかして何か呼んだ?」


 身動きが取れない星さんが尋ねる。

 確かに、道の脇の枯れ草が風もないのにざわつきだした。


「あんたの返答次第じゃ、周りにいるこいつらに襲わせる」


「きゃっ!」


 ね、ねずみが荷台の上をちょろちょろと……


「で、どうなんだ?」


「し、信じてもらえるかわからないけど、あの時は玲玲に会った時から興奮してて、最初は自制できてたんだけど次第にそれが押さえられなくなってきて、でも玲玲が全く言うことを聞かないし……いっそのことここでという時に玲玲から巫女だと聞いてやっと正気に戻ったというか……」


「姉ちゃん、ほんとか?」


「う、うん、胸を触られそうになった時に巫女だからって言って、そしたら星さんが急に笑い出して、面白そうだから私に付き合って朱雀廟まで行くって」


「む、胸を……おいらだってまだ……くそ! とりあえず二度とそんなこと思わないように耳でもかじらせるか」


 ねずみが星さんに近づいていく。


「信、止めなさい! 星はたぶん私たちと同じ巫女様の守り人よ。おばばも言ってたでしょう、助け人が来るって」


 星さんが守り人で助け人?

 そういえば、みんなが無事に集まれたのは星さんのおかげかもしれない。


「確かにばあちゃんそう言ってたけど……こいつがか?」


 信は星さんを羽交い絞めしたまま離さない。


「そうよ、私と信はおばばから気の流れについて教わっているけど、星はそれを知らなかったのよ。それなのに玲玲ちゃんと出会って力が増し、それをうまく発散できないままだったのね。私が星に最初会った時には爆発寸前だったわ。よくここまで耐えてたと感心したものよ」


 そ、そうだったんだ。ときどき危なそうな気配を感じてたけど、ほんとに危なかったんだ。


「ふーん、わかった。今回は未遂ということで見逃してやるけど、次はないぜ」


 信が星さんを開放すると同時に、馬車の周りのネズミたちが帰っていく。


「ふぅー、ありがとう。……でもどうして僕は君に責められなきゃいけないの? 関係ないよね。よっと!」


 星さんは何も無かったように馬に指示を出し、馬車を進める。


「か、関係なくは……無い。ああ、もういいだろう。姉ちゃんは巫女なんだから間違いがあったらダメなの。おいらたちで守ってやらないといけないの!」


「……確かに昨日玲玲が信君にみせた人を癒す力はすごいと思うし、それが巫女の力だとしたら、大切にしないといけないのは分かる。でも、それはいったいいつまで続けるの?」


「いつまでって……」


 その答えを知っている者はここには誰もいなかった。

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