第17話 こういう時、外さないんだけど……

 早朝、宿を出発した馬車は村を抜け街道に出た。


「姉さん。乗り心地はいかかですか?」


 御者の星さんが私と並んで荷台に座っている祥さんに声を掛けたんだけど、ね、姉さん……って、確か星さんの方が年上のはずだよね。


「ええ、なかなかいい感じよ」


 昨夜から星さんと祥さんとの間の関係がなんだかおかしい。

 うーん、聞くのは怖い気がするけど、モヤモヤするのもなんだか気持ちが悪いんだよね……


「祥さん。星さんにいったい何をしたんですか?」


 星さんに聞こえないように、祥さんに近づき耳元で話す。


「心配しなくても、別に取って食べたわけじゃないわよ。ただ、溜まっていた気を出す手助けをしただけなんだけど、こういうのにあまり慣れて無かったのね」


 祥さんも私にそっと答えてくれる。


「気?」


「ええ、私と信はおばばのところで半年くらい修行をしていたでしょう。その時に気の流れの扱い方も教えてもらったんだけど、この子ってそれをうまく外に出すことができなかったみたいなのよね」


 この子……


「そ、それで星さん爆発しそうだって言っていたんですね」


「……ま、まあ、それは色々な事情があったんだろうけど、急に気が貯まるようなことがあって、体がそれに追いつかなかったんじゃないかしら」


 急に……


「もう、大丈夫なのですか?」


「私も専門じゃないからハッキリとは言えないけど、もし暴れたらまた黙らせるから心配しないで」


 黙らせる……

 星さんがおとなしくしていることを祈るしかないな。


 微妙な空気を乗せたまま、馬車は乾燥しきった大地を南へと進む。






 お天道様がもう少しで天中に差し掛かる頃、馬車は次の村に到着した。


「猫、いないですね」


「村人もネコが集まってなかったって言っていたから、やっぱりあの道が逆だったのかしら」


 前の村を出てから間もなく、道が二手に分かれていた場所があった。ちょうど前から行商人が来ていたのでどちらが街道か尋ねたら、途中通る村が違うだけで一応どちらも同じ道につながるということだったのだ。


「おかしいな。こういう時、外さないんだけど……」


 あの時の星さんは鼻歌交じりで『あ、こっちこっち、大丈夫大丈夫』と言って、私たちの意見は聞かずにこちら側を選んでいた。余程自信があると思ったんだけどな。


「ま、こんな時もあるわよ。合流地点に急ぎましょう。信はその先の村にきっといるわ」


 行商人からは、合流地点の先に村があることも教えてもらっている。信がその村にいるのならそれでいいし、もう片方の街道の村から動いていないのなら、私が先の村で残って祥さんがその村に信を迎えに行ったら、少なくともすれ違いはないだろう。


「……いや、姉さん。一度この村の宿に行きませんか。食事も摂りたいですし、ついでに馬も休ませましょう」


「そうねえ、確かに無理してもいいことはないわ。次の村には夕方までに着けばいいから、そうしましょうか」


 急遽、この村で少し早めの昼食を取ることになった。








 先ほど猫がいないことを確認した宿屋に戻り、食事と休憩ができるか尋ねる。


「姉さん、玲玲、大丈夫だったよ。馬を休ませてくるから、先に入ってて」


 私と祥さんは荷物を持ち、宿屋の隣にある酒場へ向かう。


 扉を開けるといくつかあるテーブルで、四、五人が食事をしていた。

 お昼前なのに、もう人がいるのだ。

 こういう場所でお昼を食べるのは旅人ぐらいなので、この時間から人がいると言うことはこの村を通る人が結構いるという証だ。だから、星さんがこちらの道を選んだのも間違いではないと思う。


「食事して、半時(一時間)ほど休んだら出発しましょうね」


 祥さんと空いている席に座り、星さんを待つ。


「いらっしゃい、昼は定食しかないんだが、構わねえか」


 酒場のおやじさんがお茶を二つ持ってやって来た。


「ええ、それでいいわ。もう一人来るから、三人分いいかしら」


「おうよ」


 そう言って、離れようとしたおじさんが振り返る。


「そうだ、あんたらの中にお医者は……いないよな。あ、いや、すぐに作って持ってくるから待っててくれ」


 私はそのとき、なぜだかわからないけど、おじさんの腕を掴んでいた。


「私たちはお医者ではありませんが、今から来る連れならわかるかもしれません。詳しいのでお話を聞かせてもらえますか?」


「おお、そうかい。実は昨日昼頃きた客が熱を出して起きられなくなっちまってな。もしお医者なら、薬でも貰えねえかと思ったんだ」


「どんな、客なの?」


「まだ子供なんだが、王都の大店おおだなの通行許可証を持っていたから泊めたんだ。きっと丁稚でっちかなにかでお役目の途中なんだろう。薬代はその店からもらえるはずだから何とかしてやってくれねえか。あんな小さい子が苦しんでいるのを見るのが辛れぇんだよ」


 私と祥さんは顔を見合わせ、お互い心の中で『『信!』』と叫んだ。








 食事をとるのを後回しにし、星さんがやってくるのを待って私たちはその少年が泊っているという部屋へと急いだ。


「姉ちゃんたち済まねえな。この子なんだ。どうだ、わかるか」


 おやじさんが開けてくれた部屋の中には、寝台の上に赤い顔して苦しそうに寝ている少年がいた。


 信だ!


「はい、何とかやってみます」


「すまんな。俺は酒場にいるから、終わったら声を掛けてくれや」


 おやじさんは部屋の扉に手を掛けて、出ていこうとしている。


「ちょっと待ってください。この子の様子次第では、今晩私たちも泊まることになるかもしれませんが大丈夫でしょうか?」


「そうだな。部屋は空いているから、助けられるなら助けてやってくれ。宿賃はまけとくよ」


 おやじさんが部屋を出ていくのを待って、信に声を掛ける。


「信、信、大丈夫? わかる? 私よ祥よ」

「信、玲玲だよ。辛い?」


「あ……姉ちゃんたちだ……無事だったんだ……よかった」


 信は目を開けたかと思うと再び目を閉じてしまった。息遣いも荒くて、かなりきつそうだ。


「星さん、何とかなりませんか?」


 星さんは朦朧もうろうとしている信の口を開いたり、胸やお腹に耳をあてたりしている。


「俺もお医者じゃないからハッキリとはわからないけど、臓腑ぞうふ(内蔵)が傷んでいる可能性があるね」


「臓腑が……それって、寝てたら治るのかしら」


「……薬が必要なのか、それとも体を開けて悪いところを取り去る必要があるのか。俺にはわからない」


 えっ!


「体を開けてって、死んじゃわないんですか!?」


 そんなことをしたら、血が噴き出て大変なことになっちゃうよ。


「そういうことができるお医者様もこの国にはいるよ。ほんの数人だけどね」


 その人たちにお願いしたら信は良くなるんだよね。


「早くそのお医者さまを探さないと……」


「落ち着いて玲玲ちゃん。そういうお医者様は王都に行かないとどこにいるかわからないと思うわ。ねえ星」


 星さんはそうだねと頷く。


「薬でも良くなるかもしれないんですよね。星さん何か持ってませんか?」


 星さんは首を横に振る。


「それじゃ、この村のお医者様にお願いして薬を……」


「玲玲ちゃん、この村にお医者がいたら酒場の主人は私たちに頼まないわよ」


 確かにそうなんだけど……信はどうなるの?


「星さん、信を王都に連れて行くことはできますか?」


「この様子じゃ、そんなことしたら体がもちそうにない」


「なら、祥さんか星さんが王都に行って、お医者様を探して……そうだ甘鏡さんに頼んだらきっと誰か知っ……」


「玲玲、しっかりして! とにかくできることを考えましょう」


 でも、でも……

 何もできない私は、ただ、信の手を握ることしかできない。


「できることか……この村にいなくても近くの村にはお医者か薬師がいるかもしれない。酒場のおやっさんに聞いてくるよ」


「頼むわね、星。ん? ち、ちょっと! 玲玲ちゃんどうしたの?」


 その時、私も自分の体に起こった異変に気づいた。

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