第16話 か、畏まりました!
「よかった。玲玲ちゃん、無事だったのね」
「祥さんこそ、ご無事で何よりです」
私と祥さんはカウンターで料理を注文し、空いている席に座った。
星さんは他の人たちと同じようにまだ足元で転がっている。
「それで、玲玲ちゃん。どうしてこいつと一緒なのか聞かせてもらえるかしら」
祥さんは足元の星さんを指さす。
「あはは、話せば長くなのでちょっとだけ……」
祥さんに事の次第をかいつまんで話した。
「えー、玲玲ちゃんはこの男に買われたの!?」
「はい、一応そういうことになってます」
「でも、それって、あの宿屋でしょう。あいつは無許可でやっていたんだから無効よ無効」
だから私を売った宿屋みたいに眠らせて無理矢理というのは、基本的に認められていないというか犯罪だ。
「聞きにくいんだけど……それで、玲玲ちゃん……大丈夫?」
祥さんは心配げな顔で私の顔を覗き込んできた。
「一応、何もされてないです……」
「……一応っていうのが気になるんだけど、大丈夫なのね?」
「はい」
「よかったー、巫女がどうこうというのはどうでもいいけど、玲玲ちゃんが悲しんでいたらどうしようかと思っていたの……って、こいつも起きたみたいね。話せるかしら」
足元の星さんがのそのそと動き出す。
「う、うぅー……ひどい目に遭った……勝負は?」
勝負?
「今まで寝てたのに何言ってんの。あんたの負けよ」
「くそー! いけると思ったのに!」
星さんは地団駄を踏んで悔しがっている。
「祥さん、なんの勝負をしたんですか?」
「あのね、私、あの宿屋でお金を取られたままなのよ。お腹が空いたからここでおごってくれる人を探していたんだけど、なぜか私にお酒で勝ったら好きにできるってことになっちゃってね。仕方がないから、ここにいる全員まとめて相手にしてたの」
えっと、どこから突っ込んだらいいんだろう……
「勝ってたら、この姉ちゃんと……クソ!」
姉ちゃんって……星さん、祥さんが男だってこと忘れているのかな。
「あら、もしかして、あなたまだなの?」
まだ?
「……」
星さんは
「いいわ、よく見たらあなた可愛いわね。私の玲玲ちゃんが世話になったみたいだし、あとで相手してあげるわよ」
「よっしゃー!」
星さんは手を上に突き上げた。
「し、祥さん。大丈夫なんですか?」
祥さんは口に手をあてて、『面白そうじゃない。玲玲ちゃん黙っててね』と笑った。
「そうと決まったら腹ごしらえだ。親父、飯持ってきてくれ!」
もう、どうなっても知らないよ。
食事を終えた私たちは酒場を後にする。
「ちょっと、待ってて。部屋をとってくるわ。これも賭けの対象だったのよ」
祥さんは宿の親父さんのところに向かっていった。食事だけでなく、今日の宿代も酒場でダウンしている人たちが出してくれるらしい。というか、祥さん、別の部屋に泊まるのかな?
「別の部屋……よかった……俺、今日……もう爆発しそうだったんだ」
爆発? え、ええええ! もしかして、私、危なかったの!?
「お待たせ、それじゃ、行きましょうか」
三人で階段を上り部屋へと向かう。星さんはソワソワしっぱなしだ。
「あら、部屋は近くなのね」
祥さんの部屋は、私たちの部屋の斜め向かいだった。
「お湯をくれるって言っていたわね。先に体を拭いちゃいましょう。玲玲ちゃんは?」
「私はもう終わりました」
「そう、それじゃあなたは?」
「ぼ、僕はまだです!」
なぜか、僕になっているし……
「それじゃ、あなた、お湯をもらってきてもらえるかしら。一緒に体を拭きましょう」
「か、畏まりました!」
畏まりましたって……あーあ、行っちゃったよ。
「祥さん、ほんとうに、いいんですか?」
「心配しないで玲玲ちゃん、すぐに大人しくさせるから、部屋で待ってて。あ、私が来るまで誰が来ても部屋を開けちゃダメよ。危ないから。ほら、部屋に入って、ちゃんと鍵を閉めるのよ」
祥さんに押され部屋の中に入り鍵を閉める。
ほんと大丈夫なのかな……
しばらくしてから、扉の向こうで星さんらしき人の叫び声が聞こえたような気がしたけど、すぐに静かになった。
さらにそれから半時後(一時間後くらい)、祥さんの声でドアが叩かれる。
「玲玲ちゃん、開けてー」
私が鍵を開けると、そこにはニコニコ顔の祥さんとゲッソリとした表情の星さんが立っていた。
「私もここに泊まらせてもらうわ」
「祥さんも?」
「ええ、みんな一緒の方が安全でしょう」
祥さんの後ろで星さんが『もう、お婿に行けない』と言いながら、
この宿は部屋の中に絨毯が敷いてあり、布団をそのまま床に置いて寝るから場所さえあれば一人増えてもなんてことない。
祥さんの部屋から布団を一組運び、三つ並べる。
「それで、祥さんはどうやって逃げ出したんですか?」
私の隣で寝そべっている祥さんに尋ねる。
「私? そうねえ、あの時は目が覚めたら縄で縛られているし、信も玲玲ちゃんもいないし、とりあえず目の前にいた宿屋の親父に話を聞いたら、ゲスな顔して二人を売っぱらったって言うじゃない。腹が立ったから縄を引きちぎって暴れてたらお役人が来ちゃってさ、慌ててこれを見せたのよ」
祥さんは体を起こし、袖の中から王妃様の命令書を出してくれた。
「これは大丈夫だったんですね」
祥さんはさっきお金が無いって言っていたから、たぶんあの宿屋で取られたんだと思う。
「これは大事なものだから、隠してたの」
祥さんが見せてくれた袖の中には、よく見ないとわからない隠し袋があった。
「すごい!」
「ね、それで、これを見せて、王妃様からの命令をこいつらに邪魔されたと言って、お役人をやり過ごしたのよ。玲玲ちゃんたちを探すのもお役人にお願いしようかとも思ったんだけど、もし追手が来ていたら困るでしょう。だから私一人で探すことにしたの」
一人で……さすが祥さんだ。私には到底できないよ。
「その後はどうやってここまで来たんですか?」
「行商人の馬車に乗せてもらったり、旅の一座と一緒だった時もあったわね」
旅の一座……子供の頃、村に来るのを楽しみにしてたよ。祥さん羨ましい。
「あれ、でも、それにしては早く追いつきましたね」
私たちはあの村から南に一直線に来た。途中で何度か泊まったけど、それでも他の人に頼んで移動してきた祥さんよりも早かったはずだ。
「……旅の一座って夜移動するのよね」
「夜ですか?」
「ええ、宿賃がもったいないって言って、交代で寝ながら移動するの」
交代で……それは大変だ。
「それじゃ、祥さんは昼も夜も移動していたということですか?」
「旅の一座は昨日の夜の一日だけだったけどね」
ということは、祥さんはあまり寝てないのかもしれない。
「今日は早く休んで、明日ゆっくり話しましょう」
星さんはもう私の隣で泣きながら寝てるようだ。
「そうね、明日には信に会えるんでしょう。ネコを見たって聞いたから」
祥さんも情報を集めていたんだ。
「はい」
「それじゃ、お休み。玲玲ちゃん」
その日の夜は、両隣に人の気配を感じながら休むことができた。
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