第8話 猫まみれ……

「祥さん、どこに向かっているんですか?」


 王都を出た私たちは街道に出たんだけど、最初の予定とは違う方向に進んでいるらしい。


「北の玄武廟げんぶびょうを目指しているわ」


「え、北ですか? でも、どうして?」


 もう少しでお昼だけど、確かに太陽は右側にある。


「ねえ、玲玲ちゃん。私たちが朱雀廟に向かうのはなぜ?」


「……雨を降らせるためです」


「そうね、それでおばばは朱雀廟に行けって言ったんだけど、朱雀様が何をつかさどっているかは知っているかしら」


「確か火でしたよね」


 厨房に朱雀の絵を飾っておけば火事にならないっていって、どこの家にもそれが置いてある。もちろん、王宮の離れにもあった。


「では、玄武様は知っている?」


 玄武さんは何だろう……


「普段あまり気にしないもんね。信は?」


「水だろう」


「さすが大店おおだなの息子ね」


「それは今は関係ないだろう!」


 あはは、しばらく冷やかされそうだな。でも、信ってちゃんとした教育を受けているんだ。羨ましいな……


「あら、玲玲ちゃん。しょんぼりしないで、知らなくてもおかしくないわ。ほとんどの人が知らないもの」


「祥さんは勉強したんですか?」


「私はこんななりでしょう。村でもつまはじきにされちゃって、悔しいから一生懸命に勉強したのよ。でも結局は居場所がなくなってしまったんだけどね……」


 あわわわわ、変な感じになってしまった。


「わ、私、祥さんのこと、ものすごく頼りにしてます」


 祥さんって、面倒見がよくて私たちのことを優しく包み込んでくれている気がするんだよね。


「ふふ、ありがとう。玲玲ちゃんってやさしいのね」


 前に座っている祥さんは、体を少し私の方にゆだねてきた。


「ん、んっ! ところで祥、北に向かう理由を答えてないぜ」


「あら、そうだったわね。信が言った通り玄武は水を司っているでしょう。私たちは雨を降らせたい。そのために水に関する玄武廟に向かっていると思わせたいのよ」


 そう思わせたい相手は、私たちをつけていた人たちだよね。


「あの人たちって誰だったんでしょうか?」


「王都にいた奴ら? わからないけど、たぶん西新せいしんのお妃さまの関係じゃないかしら」


 確かに私たちが雨を降らせて一番困るのはその人だ。


「でも、わざわざこの国までやって来るでしょうか?」


 西新は遼夏からかなり外れている。確か王都からなら馬で一か月以上かかるはずだ。


「わざわざって……これから攻めてこようとしてんのよ、斥候が入り込んでいてもおかしくないわ?」


 そういえばそうか。


「それで祥、どれくらい北に向かうんだ」


「そうねえ……一日進んで様子を見て、それから西を経由して南に向かうって言うのはどうかしら」


 信もその意見に賛成らしく、このまま北に向かうことになった。


「とりあえず、馬を休ませないといけないんだけど、その前に私たちの食料を調達しときたいわね。そろそろお昼だし」


「あ、私、弁当作ってきましたよ」


「マジか。さすが姉ちゃん!」


「それなら、どこかいい場所は……」


「おいら、ちょっと探してくる!」


「あっ! ま、待ちなさい!」


 信は話も聞かずに飛び出していった。


「ああいうところが子供なのよね……玲玲ちゃん、掴まっていて、さすがに一人にするのは危ないわ」


 祥さんは信が向かった丘の方へと馬を走らせる。


 丘の頂上の手前で、前方から馬のいななきが聞こえてきた。


「急ぐわよ!」


 祥さんが馬の腹を蹴り、より走るように促す。


 丘の頂上を越えると、仁王立ちした大きなクマと対峙している信が見えた。


「信!」


「大丈夫! 来るな!」


 そう言うと信は乗っていた馬を降り、クマの方に歩いていく。

 クマの足元には子熊がいた。家の近くでもクマが出ることがあるけど、子熊がいる時は危険だから絶対近寄ったらいけないって言われている。


「ち、ちょっ、いいんですか?」


 祥さんも落ち着いた様子で見守っていて、何が何だかよくわからない。


「信を信じましょう」


 信が近づくにつれ、親熊は警戒するどころか落ち着き始め、目前に迫った時には座って頭を差し出しているようにも見える。


「よしよし」


 信はその親熊の頭を撫で、足元で様子を見ていた子熊も信の近くに寄ってきていたから、かまってあげるのかと思ったら一切触ろうとはせず、「お前たち、早く山にお帰り」といって、親子のクマを帰してしまった。


「えーと、どういうこと?」


「玲玲ちゃん、ちゃんと説明するから、あそこの木陰で休みましょう。信もいいわね」


 こちらを見ていた信も頷き、馬を連れ木陰へと向かった。










「ね、猫まみれ……」


「そうなのよ、信と街を歩くときは気を付けないと集まってきちゃうの」


 木陰に着いた私たちは、お弁当を広げさっきのことについて話しをしている。


「なにそれ、羨ましすぎる。子供のころからそうだったの?」


「好かれてはいたけど、ここまでじゃなかったぜ。姉ちゃん、これ美味しいな」


 信は、甘辛く味付けをした肉団子をいくつか口に放り込んだ。


「あ、信、私の分を残しなさいよ」


 祥さんの口にもあったようだ。


「あのクマは信のいうことを聞いていたみたいだけど、昔からそういうわけじゃなかったの?」


「昔はただ集まって来ただけで、言うことを聞いてくれることは無かった。そうなったのは、王宮でばあちゃんに教えてもらってからだな」


 信は元々動物に好かれる体質らしく、小さい頃から動物と遊んでいたりしていたようだが、王宮に来ておばばの元で修行し始めてからはよりその力が強くなってるみたい。それで馬を選ぶときも、足さえ速ければどんな馬でもいいって言っていたんだ。


「教えられって、どんなことをしていたの?」


「なんか気の流れをどうとかいって、瞑想めいそうさせられるんだけど、ちょっと気を抜くとバシバシと……ばあちゃんのくせに力が強ぇてえの!」


 祥さんも頷いている。


「毎日?」


「ああ、王宮に来てから、午前中はおばばのところで午後は武芸の修行をしていたぜ」


 知らなかった。私が来るまでの間どうしていたのかなって思っていたけど、遊んでいたわけじゃなかったんだね。


「それじゃ、祥さんも何か特技があるんですか?」


「うふふ、ひ・み・つ」


 おお、何だろう気になる。


「あ、ほら見て」


 祥さんが指さす先には、近くの木から降りてきた数匹のリスがいた。そのリスはあたりを見回しながら信の近くに寄っていく。そして、リスたちはそこに木があるかのように信の体を駆け回り、信はお弁当を食べながらそれを当たり前のように受け入れている。


「すごい……ねえ、信、私も……」


「ん」といって信が私の方に手を向けると、二匹のリスが私たちのところまでやって来てくれた。


「「か、可愛いー」」


 リスたちは私と祥さんの体を行ったり来たり。試しに横に落ちていた木の実をあげたら受け取ってくれた。


「あ、そうだ、信、あの時どうして子熊に触らなかったの?」


 あんなに可愛かったのに不思議に思ったんだよね。


「ああ、あの親熊は俺がいるときはいいけど、いない時に人間の匂いの付いた子熊を見たらどうなるか怖かったから触んなかったんだ」


 人間の匂い……動物は鼻が利くって言うから、嫌がるかもしれないんだ。


「この子たちは?」


「こいつらはそんなこと気にしねえよ」


 よかった。せっかくだから今日は楽しんじゃおう。

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