第9話 お前って、嘘つきだな

「今日はここで休みましょうか」


 追手の目をくらませるために北に向かっている私たちは、日が傾き始めた頃、街道沿いの街に到着した。


「宿屋空いてっかな?」


「今日はたいして人とすれ違わなかったし、大丈夫じゃないかしら」


 干ばつの影響か街道を歩いている人もまばらだった。


「なら姉ちゃんと部屋は別にすんだろう」


「できたらそうしたいんだけど、別だと泊めてくれないかもしれないのよね……」


 女の一人旅は警戒される。たとえ連れがいたとしても、その関係性を聞かれることがあるから、私たちのような場合はほんとに困ってしまう。


「もし、玲玲ちゃんが良かったらだけど、私たち兄弟ってことにしない?」


 私の前で手綱を握っている祥さんが振り向いて尋ねてきた。


 兄弟か……


「そうですね。その方がいいと思います」


 どうせこれから私一人では泊まれないところが出てくる。そうなった時にあとから取り繕っても不審がられるだけだ。それだったら最初から兄弟として通しといた方がおかしくないだろう。ただ……


「ということは部屋が一緒だよな。姉ちゃん大丈夫か? こんななりでも祥は一応男だぞ」


「失礼ね……私はちゃんと自制できるけど、あんたの方が危ないわよ。もうすぐ成人なんだから、もう立派な男よ。でも、ほんと玲玲ちゃんが嫌なら止めてもいいのよ。他の手立てを考えるから」


 そうか、信はもうすぐ成人なんだ。ということは15歳かな。背が低いからもっと下かと思っていた。でもまあ、何とかなるでしょう。


「私は大丈夫です。兄弟の方がみんな怪しまないと思いますから、それでいきましょう」


「わかった。兄弟か……一応確認だけど、俺が次男だよな?」


「何言ってんの。あんたは長男、私は長女よ」


「ちょ! それ本気で言ってんの!?」


「本気も本気、逆にこの姿で男という方が余計な説明がいるのよ」


 ほんと見た目はきれいなお姉さんなんだよね。


「ま、まあそうだな……それじゃ名前はどうすんだ?」


「そうねえ、宿帳に書かないといけないから祥のままだと不味いわね……よし、決めた今から私は祥鈴しょうれい関祥鈴かんしょうれいよ。あなたたちも名前を少し変えた方がいいわね」


 ということで、私の名前は関蘭玲かんらんれい、信の名前は関信かんしんになった。


「信は信のままでよかったの?」


「俺のはありふれた名前だからな、変えた方が目立ちそうなんだ」


 確かにそうかもしれない。


「そうと決まったら、宿に急ぎましょう。ここまで決めての野宿とかシャレにならないわ」


 私たちは街の中心部に急いだ。






 街の中心部、店が立ち並ぶあたりに宿屋はあった。

 入って正面に木製のカウンターがあって、そこに少し疲れた表情のおじさんが立っていた。


「三人一部屋か……空いてはいるが、お前さんたちの関係を聞いてもいいか? お役所から不審者を泊めるなとお達しが来てんだ」


 はは、すでに不審者扱いだよ……


「私たちは兄弟よ」


「兄弟? ほんとか? 似てないぞ……」


 おじさんは私たちの顔を値踏みするかのようにジロジロと眺めている。


「父親がみんな違うのよ」


 父親どころか母親もみんな違うけどね。


「父親が……そうか、それは苦労したんだな。それでここには何しに来たんだ?」


「雨が全く降らないでしょう。村を代表して玄武様にお願いに行こうとしているの」


「玄武様に……それはいい心がけだ。俺もこんなにお天道様が憎らしいのは初めてだからな。良かったら俺らの分まで拝んで来てもらえんか」


「ええ、構わないわ。困った時はお互いさまですものね」


 玄武廟に行かないのに安請け合いしていいんだろうか。


「それじゃ、部屋は二階の奥だ。食事はこの奥の酒場で出しているから時間になったら降りてきてくれ」


 私たちはあてがわれた部屋へと向かった。







「お前って、嘘つきだな」


 部屋には寝台が四つあって、そのうちの二つに祥さんと信は並んで腰かけている。


「お前って言わないで、祥鈴姉さんって言って。でも、そのおかげでおじさんも感激してこの部屋を貸してくれたのよ」


 感激してたかどうかわからないけど、かわいそうな三兄弟と言うことで少しだけいい部屋を用意してくれたみたい。


「まあ、いい部屋に泊まれるのは嬉しいけど……祥鈴姉さん……うげぇ、気色悪い、そんなん言えるか。姉貴だ姉貴!」


「まあいいわ。街の中ではそう呼んでね、変に思われたらお役人に突き出されるんだから気を付けるのよ」


 お役人に突き出されたらまずいのかな……


「祥鈴姉さん。私たちは王妃様の命令で動いているんですよね。お役人さんにそういったらいけないんですか?」


 私は二人から一つ空けた一番端の寝台の上で、荷物を解きながら尋ねる。


「王妃様からの命令書をもらっているから、それを見せたらすぐに開放してくれると思うけど、私たちがここにいることがばれちゃうのよね。王都でのことがあるし、余程のことが無いと使いたくないのよ」


 そうだ、王都でつけられていたんだった。行った先々で命令書を見せていたら、私たちがいる場所を宣伝しているようなものだもんね。


「それと、今は私がお金を預かっているけど、あなたたち二人も少しは持ってなさい。万一はぐれた時にあるとないとじゃ大違いだから」


 そう言って、祥さんは革袋の中から十数枚の銀貨を渡してくれた。


「これで、数日は宿に泊まれるはずよ。いい、蘭玲ちゃん。もし、はぐれた時にはまっすぐに朱雀廟に向かって。私たちもそうするから、わかった信」


 信君もああと頷く。


「でも、合流するときに何か目印が必要よね……」


「それならさ、宿の店先に何かぶら下げるっていうのはどうだ?」


「却下! それだともしその合図がバレちゃったら、私たちがそこにいることがわかっちゃうじゃない」


「ちぇー、でもどうすんだ。闇雲に探しても時間がかかるだけだぜ」


 知っている所だったら、ここにいつ頃と決めればいいけど、朱雀廟に続く道はこの中の誰も行ったことが無いから、集合場所を決めるのも難しい。


「そうねえ……ふふ、いいことを思いついちゃった。ねえ、信。あんた、宿に着いたら周りに猫を集めなさい。私たちはそれを目当てに探すから」


 さすがに誰も猫が集まるところが目印とは思わないよね。どこの村でも普通に猫の集会って見かけるから。


「それはまあできるけど、もしお前たちが来なかったらどうすんだ」


「翌朝までに、私たちが来なかったときには、半日分先に進んで同じようにして待ってなさい。街道を間違えなければどこかで合流できるはずよ。まあ、分かれないようにするのが一番大事なんだけどね。あら、そろそろ食事の時間じゃない。行きましょう」


 私たち三人は一階の食堂へと向かった






「やっぱ、姉ちゃんの作った方がうまいな」


「まあ、食べられるだけありがたいと思わなきゃ」


 食事を終えた私たちはすぐに部屋に戻ってきた。


「それで、姉貴。明日はどうすんだ」


「そうねえ、つけられてた様子はなかったから、予定通り西に向かって行こうと思うの」


「それじゃ、姉ちゃん明日は俺の馬に乗ってな」


 信の後ろか……


「あんたほんとに大丈夫? 荷物じゃないんだから、落としましたごめんなさいじゃ済まないのよ」


「なんでだよ。落とさねえよ!」


「あはは、わかった。信、明日はよろしくね」


「おう、任せとけ! っと、なんだか眠くなってきたかも。ふわぁ、おいらは先に寝るぜ」


「もう、お子様なんだから。蘭玲ちゃん、もう少し私とお話する?」


「なんだか私も眠くなった気がします」


「きっと疲れたのね。明日も早いし、もう休みましょうか。それじゃ明かりを消すわ」


 燭台の明かりが消えると、部屋の中には木窓の隙間から差し込む月の淡い光が広がる。

 目を閉じた私は、信の穏やかな寝息と祥さんの寝返りする音を聞きながら眠りについていた。


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あとがきです。


「ねえ、信。街に入ったら猫が集まって来ると思ってドキドキしてたのに一匹もいなかったよ。どうして?」

「えっ、だって、猫をぞろぞろ連れて移動してたら目立つじゃん。だから、ぜってぇ来んなよって念じてた」

「うそ! せっかく、楽しみにしてたのにー」

「ちょ! わかった、わかったから、姉ちゃんそんなに体を揺らすなって。落ち着いたら猫呼ぶからさ、な!」

「絶対、約束だよ。……というわけで、あとがきにちょっとだけ、閑話的なものを入れてみました。どうだったかな」

「感想とかも待ってるぜ」

「それでは皆さん。次回もお楽しみにー」

「明日更新するからな。あ、次回も猫は出ねえよ」

「そんなぁー」

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