第7話 何が……むぐ

「結局、誰も見送り来ないのな」


 隣を歩く馬の上で、後ろを振り向きながら信が呟く。


「やっぱり、おばばのいうことを真に受ける人って少ないのね」


 私の前で馬を操る祥さんがそれに応える。


「えっ! でも、王妃様が協力してくれているんですよね」


「王妃様ぐらいじゃないのかしら、おばばの言うことを聞いて国を救おうとしているのは……あ、玲玲ちゃん、少し急ぐからちゃんと掴まっていてね。信、行くよ!」


 私はハイと言って、祥さんの腰にまわした手の力を強めた。

 祥さんと信は馬に指示を出し、少し駆け足で王都の道を南の街道へと向かう。


「どうしたんですか急に?」


「……あとから言うわ、信!」


 さらに二人は馬を操り、碁盤目状に張り巡らされた王都の道を右へ左へと進んでいく。

 そして、急に減速して小道に入り、商家の裏口に積まれた荷物の陰に隠れた。


「何が……むぐ」


「……」


 前に座る祥さんは振り向き、私の口を塞いだ。


 間もなく、表通りから馬の駆け抜ける音が聞こえた。


「……行ったみたいだぜ」


「な、何があったんですか?」


 ようやく祥さんから開放してもらったので、事情を聞くことにした。


「どうもつけられていたみたいなのよ」


 つけられていたって……


「誰から?」


「おいらたちの存在が気に入らない奴がいるみたいだな」


 私たちがいたら困る人がいるってこと?


「どうする、玲玲ちゃん。このままいくともっと危険なことが起こるかもしれないわよ」


「……このまま行きます。邪魔が入るってことは、おばばさんが言っていることが本当だということの証です。それなら、私が行かないといつまでたっても雨が降らないかもしれません」


 空を見上げても雲ひとつ見当たらない。この時期は本来なら二、三日に一度は雨になってもおかしくないのに、さすがに異常すぎる。


「わかった、それなら先に進みましょう。でも、まっすぐ朱雀廟すざくびょうに向かうのは避けた方がよさそうね。それに、野宿もできるだけしない方がいいわ。そうなると路銀が心もとないか……」


「王宮に戻りますか?」


「やっと尾行をいたんだから、それは止めた方がいいと思うの。うーん、どうしましょう。できるだけ早く王都を出たいんだけど……」


 私が家を出るときに持たされたお金は、街で一、二回ご飯を食べることができる程度だから、全く足りない。


「……ちょっと、待っててくれるか」


 信は馬を降り、すぐ目の前の商家の裏口の木戸を器用に開けていく。


「あ、あんた、何するつもり」


「静かに! あいつらがまだ近くにいるかも知んねえだろ。すぐ戻ってくるから」


 信は裏口から中に入って行った。


「もしかして、泥棒してくるつもりなのかな……」


「そんなことをしたら、下手すりゃ打ち首だけど……」


 遼夏りょうかの国では、盗みに対しての罰が厳しい。最低でも鞭打ち100回、悪質なのは祥さんが言った通り首を切られて街にさらされる。鞭打ち100回でも死んでしまう人がいるから、この国ではよほどのことが無い限り誰も泥棒をしようとは思わない。


「仕方がないわ、待ってましょ」


 祥さんは馬を降り、自分の馬と信の馬の手綱を両方持った。


「私も降りましょうか?」


「そのまま乗ってて、どうなるかわからないから」


 万一の時は逃げるってことだよね……


「馬を休ませるにはちょうどよかったけど……」


 裏口の近くには少し草が生えているところがあって、馬たちはその草をむしゃむしゃと食べている。

 さっきまでの緊迫した状況とは一転して、のんびりとした気配が漂い出したとき、先ほど信が入って行った木戸が開いた。


「あ、信!」


 木戸から現れた信は、手に持った皮の袋をハイと言って祥さんに手渡す。


「あんた、これどうしたの?」


 祥さんが開けた袋を私も上から覗き込んだんだけど、袋の中にはたくさんの銀貨が入っていた。


「し、信。まさか盗んで……」


「はあ! 姉ちゃん、なんてこと言うんだ。借りてきたんだよ」


 借りて? 誰から?


「ちゃんと説明しなさいよ」


「や、ヤバ。祥、すぐ出発するぞ。急いで!」


 信が慌てて馬に乗ったもんだから、祥さんも私の前に飛び乗ってきた。


「信! 説明しなさいよ」


「いいから、急いで」


 信は私たちを待たずに出発してしまった。


「あ、待って!」


 祥さんも馬の腹を蹴り、その後を追う。


 すると、信が出てきた木戸が開き、中から中年の女性が出てきて


「坊ちゃまー、せめて食事だけでもしていって下さーい」


 と叫んだ。


「「ぼ、坊ちゃま!?」」


「……」


「ここって、信の家だったの!」


「ま、まあな」


 ということは借りてきたというのは本当だったんだ。しかし、このお屋敷ってかなり大きいよ。この大きさなら、信が以前言っていた馬がいたというのも頷ける。


「でも、ここって……まさかね」


 信のあらたな一面に驚いていた私は、祥さんの呟きに反応することができなかった。

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