第6話 ちょっとの間にえらく好かれたものね

 おばばさんからは、一日でも早く向かった方がいいと言われている。しかし、途中に困難が待ち受けているとも言っていたから、できるだけのことはしたほうがいいということで、ここ数日は準備にいそしんでいる。


「玲玲ちゃん、馬には乗れるの?」


「え……あまり、うまくないです」


 家に農作業用の馬はいたけど、おじいちゃん馬だったからほとんど乗ることが無かった。だから、乗れないことは無いけど、うまく操れるかと言ったら怪しくなる。


「朱雀廟は南の桃郎県とうろうけんにあって、ここからだと馬で20日くらい。長丁場になるから、玲玲ちゃんはわたしか信のどちらかと一緒に乗った方がいいわね」


「馬車で行かないのですか?」


 そんなに遠いのなら馬車の方が楽だと思うけど……


「王宮出入りの商人に聞いたら、途中馬車だと通れない道があるみたいなのよ。回り道もあるって言っていたけど結構時間がかかるらしいわ。それに、おばばが困難があるって言っていたじゃない。そういう時は小回りが利く馬の方が都合がいいのよね」


 そうなんだ。それなら仕方がないね。


「信も馬に乗れるんだね」


「まあな」


「玲玲ちゃん聞いて、この子ったら、商人の家から来たっていうのに最初から馬に乗れてたのよ。いったいどこで習ってたのかしら」


「お、おいらの家には馬がいたんだ」


 へえ、馬がいたってことは信の家は行商人だったのかな。普通の商人だとなかなか持てないんだよね。結構食べるんだあの子たち。


「信の生まれはどこ?」


「お、王都」


 王都の行商人か。たまに張南村にも王都の商人が来ていたけど、その中に信のご両親もいたりして。


「それじゃ、私は馬の手配をしてくるわね。信は何か希望はある?」


「トロくない奴なら何でもいいよ」


 信って馬のくせとか気にならないのかな。


「わかった、あとから気に入らないとか言わないでよ」


「言わねえからさっさと行けよ」


「玲玲ちゃん、信と二人っきりで怖いかもしれないけど、襲われたら大きな声で叫ぶのよ」


「いいから行けって!」


 祥さんは、手をヒラヒラをさせながら王宮へと向かった。


「さてと、私は夕食の準備をするね」


「頼むな、おいらもちょっと用事があるから出てくる」


 あれ、珍しい。

 ……ははーん、もしかして別れを惜しむ人でもいるのかな。


「ちゃんと挨拶してくるんだよ」


「な、何言ってんだ。行ってくるからな」


 私は離れを出て行く信を見送り、厨房へと向かった。


「今日届いた食材は……明日の朝の分はこれだけあればいいし……お弁当も作ろうかな、あとは残してももったいないし全部使っちゃおう」


 旅先ではどんな食事になるかわからないからね。たくさん作っても二人なら何とか食べてくれるでしょう。







「あ、いたいた。玲玲ちゃん」


蓮花れんかさん!」


「聞いたわよ、もう出発だって。せっかく仲良くなれたのに残念。はい、頼まれていた服、持って来たわ」


 出発の日の朝、蓮花さんは間に合ってよかったと言って服を渡しにきてくれた。

 ここにいたのはほんの数日だったけど、時間のある時には話に付き合ってくれたんだ。別れるのが名残惜しいよ。


「結構長い旅になるんでしょ。買ってきた下着で足りるの?」


「あ、途中で洗うから大丈夫ですよ」


 蓮花さんは私を引き寄せ『男二人と旅なんだから気をつけなさいよ』と忠告してくれた。


「あはは」


「蓮花、聞こえたわよ。玲玲ちゃんは大切な巫女様なんだからちゃんとお守りするわよ。ねえ、信」


「ああ、姉ちゃんに近づくものは容赦しねえ!」


「まあ! ちょっとの間にえらく好かれたものね」


「あはははは……」


「でも、気を付けて行くのよ。用が終わったらここに戻ってくるんでしょう。待っているからね」


 そういうと蓮花さんは、仕事があるからと言って戻っていった。


「これであらかたの準備は済んだわね。それじゃ、おばばのところに行きましょうか」


 私たち三人は、王宮の庭の端にあるおばばさんの小屋まで向かった。






「おばば、しばらくお別れよ」


 いつものように雑多な部屋で、おばばさんは向こうを向いて座っていた。


「時間をかけよって……ワシが行けたらいいんじゃが、すまん」


「な、何よ、おばばらしくもない。黙ってさっさと行けって言えばいいのよ」


 おばばさんはこちらを向き、


「ふん。お前たちがいつまでも出発せんから暇で暇でたまらんでの、易を立ててみとったわい」


「そ、それで?」


「助け人が来る」


「どこで?」


「それは知らん。お前たちで探せ」


「ばあちゃん、そりゃないよー」


「なんのために、お前たちに力の使い方を教えてきたと思ってるんじゃ。玲玲を守ってやらんか」


「わかってるわよ」


「心配すんな、ばあちゃん」


「それと玲玲、おぬし、また力が増しとるぞ。覚醒はまだのようじゃがの」


 相変わらず自分ではわからないけどね。


「おばばさん、ありがとうございました」


「みんな生きて帰ってこいよ。ほら、さっさと行かんか!」


 おばばさんの小屋を出た私たちは、誰にも見送られることなく王宮を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る