第3話 男を虜にするには胃袋を掴むのが一番
おばばさんが足元に転がっている物を器用に避けながら近づいてくる。
「ほお! おぬし、名は何という?」
「ち、張南村の梅玲玲です」
おばばさんはさらに私の顔を覗き込んできた。
「ふむ、確かに巫女のようじゃが……まだ、目覚めておらぬのか」
おばばさんは両手で私の顔を撫でまわす。
「ばあちゃん、目覚めていないってどうすんだ? 時間が無いんだろう」
「ちと考える。黙っておれ!」
顔を解放してもらったと思ったら、頭の上におばばさんの右手が置かれ、ポンポンポンと叩かれる。
「よし、
おばばさんはそういうと私から離れ、部屋の
「さあ、戻ろうぜ」
「あのー、おばばさんは?」
「夜に易を立てるから、今のうちに寝るみたいね」
本の隙間からは早くもスースーと寝息が聞こえてきた。
「ここは私の部屋。そしてこっちが信の部屋なんだけど、それは知っているわね。あとの部屋はみんな空き部屋だから、好きなところを使ってかまわないわよ」
おばばさんの小屋から戻った私は、祥さんたちに離れの部屋について聞くことにした。さっきも他の人の部屋だってわかっていたら、入り込むことなんてなかったし、そしたらあれを触ることもなかったはず。ああ、まだ手に感覚が残っているよ。……もうあんな失敗はこりごりだ。
「おいらの部屋の近くには来るなよ」
ワザとやったわけじゃないのにグチグチと……
「誰があんたの近くになんて行くもんですか!」
「ほらほら、二人ともケンカしないで、これから一緒に住むんだから」
一緒に住むか……
「祥さん……私、もう家に戻れないんでしょうか……」
「そうね……巫女様の役目を果たしたら戻れるとは思うけど……
祥さんに促され、食卓の椅子に腰かける。ちぇっ、といいながら信君も私の前に座った。
「ありがとう、祥さん。私、よくわからなかったんだけど、何をしたらいいのかな?」
祥さんの入れてくれた温かいお茶は、なんだか心を落ち着かせてくれる。
「おばばったら、結局何も話していないのよね。玲玲ちゃんが何をしないといけないのかは、私も知らないけど、私たちは
黄龍の巫女というのが私のことなのだろうか。
「お前、王妃様から何か言われなかったのか?」
「言われた。一刻も早く雨を振らせてくれって……」
「お前できるの?」
「知らない。どうしたらいいのかわからない……祥さん知っていますか?」
「私もわからないわ」
いきなり巫女様だと言われても、お父さんもお母さんもこれまでそんなことは何も言ってくれなかったからわからないよ。
「まあ、考えてもわからないものはわからねえさ。しかし腹が減ったな……なんか食うものないかな」
信君は席を立ち、厨房の方へと向かって行った。
「信! 夕食までまだ時間があるわよ。我慢しなさい」
そういえばご飯はどうしているんだろう?
「料理は誰がしているんですか?」
「してないわ、時間になったら王宮からできたものが届くのよ」
そっか、それなら食べ損なうことは無いのかな。
「何も無かった」
厨房から戻って来た信君は、しょんぼりとした感じで席についた。
「そりゃそうよ、決められた時間に決められた量しか来ないんだから」
「でも、王宮の食事だから美味しいんでしょう?」
一流の料理人が作っているはずだから、きっと食べたことも無いような味なんじゃないかと思う。
「そうねぇ……」
「量がなぁ……」
詳しく聞いてみると、量が少ないうえに冷めたものが来るらしい。
「温かかったら美味しいのかもしれないんだけど、冷めて中には油が固まってしまっている物もあるのよ」
国のために働けっていうのに、これはあんまりだ。
「お願いはしてないんですか?」
「うーん、こんなことのために王妃様にお願いするのは気が引けちゃってね」
先ほどお会いした王妃様は気さくな感じがしたから、頼んだらやってくれそうだけど、だからと言って温かいご飯を持ってきてってお願いするのはおこがましいかもしれない。
「自分たちで作ったりはしないんですか?」
「できたらそうしたいけど、私も信もそれに関しては壊滅的なのよね」
か、壊滅的……もしかして食べ物にすらならないのかな。
「なら、私が作りましょうか?」
「ま、マジか!」
「玲玲ちゃん、料理できるの?」
「はい、母さんから男を虜にするには胃袋を掴むのが一番だって言われて、練習させられました」
せっかくなら料理は温かいうちに食べたいよね。
「と、虜‥…なんだか怖いけど、お願いするわね。それじゃ、あとから一緒に王宮まで行きましょう。食材を届けてもらわなきゃ。そしてお風呂だけど、信、分かっている?」
「ああ、こいつが先に入るんだろう」
「え、私が先でいいんですか?」
順番を決めていたら安心だけど、あとからここに来たのに申し訳ない。
「いいの、いいの。食事作ってくれるんだから、それくらい何でもないわよ」
お風呂の用意も祥さんと信君でやってくれるみたい。
「あとは部屋ね。結局、玲玲ちゃんはどこがいいの?」
「あまり広くない部屋がいいんですが……」
広い部屋だと落ち着かないよね。
「離れの中で狭いところは信の部屋と奥の部屋だけね。行ってみましょう」
みんなで食堂を出て廊下へと向かう。
「信はこの部屋がいいんでしょう?」
「ああ、ここに来た時から使っているからな。今更他のところには行きたくねえよ」
「それじゃ、玲玲ちゃんは奥の部屋ね」
祥さんと信君は廊下をどんどん進み、奥の部屋の扉を開ける。
「ここは誰も使っていなかったから、ずっとそのままなのよ。玲玲ちゃんが来るってわかっていたら掃除していたんだけど……」
「大丈夫です、掃除は自分でやります」
そっか、宿屋じゃないんだから自分たちでやらないといけないんだ。
「まだ太陽があるわね。玲玲ちゃん、お布団干してあげるわ」
「い、いえ、自分でやります」
「何言ってんの、美味しいご飯作ってくれるんでしょう。これくらいさせて。ほら信も」
「え、おいらも?」
「当たり前じゃない。ほら、急ぐわよ」
祥さんと信君は、寝台の上の布団を持って外窓から出て行った。
「それじゃ、お掃除しようかな」
誰も使っていないから汚れているわけではないけど、よく見るとホコリが積もっている。掃除道具の場所はさっき祥さんから聞いているからいいとして、夜どうしよう……ここ数日、宿屋で水をもらえなかったから替えの下着を洗えてないんだよね。
悩みながら食堂の隣の倉庫から掃除道具を持って部屋に戻ると、祥さんと信君が外から戻って来ていた。
「玲玲ちゃん。お布団干してきたわ。それで他に荷物は無いの? 運ぶの手伝うわよ」
「それが……」
私は祥さんにここに来たいきさつを話す。
「えー、それじゃほとんど着の身着のままってことじゃない。このままじゃ、今夜寝るのにも困るでしょ。ほら、行くわよ。ついてきなさい。信、後のことは頼むわね」
信君の『おい、ちょっと待て』という言葉を無視して、祥さんは私の手を引き、離れの外へと連れ出した。
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