第2話 というか、俺の方がヤバいんじゃね? 痴女様だし

 わ、私が国を助ける!?


「人違いではありませんか?」


「うむ、そう思うのも無理はない。だがの、私が信頼する者から聞き及んでおる巫女の風貌がそちとそっくりなのじゃ。名前も同じようだし、間違えとは考えにくい。ここはひとつ、国のために働いてくれぬか。いろいろと便宜は尽くす。頼む」


 お、王妃様ぁ、その信頼する人が間違っているんじゃないですかぁ。







「それでは、こちらの離れをお使いください」


 王妃様に面と向かって反論することができず押し切られてしまった私は、さっきの役人のおじさんから王宮の庭にある平屋の建物に連れて来られた。


「あ、ち、ちょっと……行ってしまった」


 おじさんこの建物を離れって言っていたよね。さすが王宮にある建物だけあって、大きくて立派だ。


「誰かいませんかー!」


 玄関入ってすぐの場所で叫んでみる。

 これだけの建物だ、侍女の人とかがいるに違いない。

 ……

 …………

 ……………………

 しばらく待ってみたけど、外から鳥のさえずりが聞こえてきただけ。


「誰もいないのかな……」


 それから、何度か声を掛けたけど何も返事がない。

 誰もいないようだし、見張りもいないのならこのまま家に帰っちゃおうかな……いや、王様が枯れ果てていることを知っている私が勝手に王宮の外に出たらまずいよね。追手が来ちゃうかも。


「さてと、どうしよう……」


 おじさんはここを使えって言っていた。

 とりあえず、中に入るか。


「おじゃまします……」


 玄関先の扉を開け、中を覗き込む。


「うわー、きれい……」


 そこは円形の広い空間で、王宮と同じように朱色を主体とした壁に丸い窓が開いていて、格子越しに入り込む光がろうを塗られた木製の床を優しく照らしていた。

 そして中央には、龍の彫刻が施された大きくて丸い豪華なテーブルが一つ。


「ここが食堂だとしたら、ご飯はここで食べるのか……うぅ、傷つけたら怒られそう」


 さらに、建物の中を探索してみる。

 広間には入り口の他に二か所扉があった。北側の扉の先が厨房だったから、やはりさっきの広間が食堂みたいだ。


ここ厨房もあまり使っている感じがしないな……」


 もしかして、他に人が住んでいないのかな。


 次に東側の扉を開けてみる。そこには廊下が続いていて、いくつかの扉が左右に並んでいるのが見えた。とりあえず全部の部屋を覗いてみると、手前側の左手は浴室とトイレでそれ以外は全部寝室だった。


「住むことは出来そうだけど……」


 張南村から馬車に揺られて王宮へ、よくわからないうちに巫女だと言われてこんなところに一人で押し込まれて……


 ふぅ、とにかく疲れたよ。

 よし、少し休もう。頭が働かない。


「部屋はどこにしようかな……やっぱり、ここがいいかな」


 見てきた部屋の中で手前と一番奥の部屋だけが少し狭くて、これまで親子三人小さな家で暮らしてきた私にはちょうどよさそう。

 それに、なんだかこの部屋って惹かれるものがあるんだよね。


 中に入ると寝台は壁際にあった。

 そして部屋のいたるところには、王宮の中で見たような豪華な調度品がいくつも置いてあって、その存在にため息が出るばかりだ。

 壊したら……考えるのはよそう。


「……まあ、いいや。もう、へろへろ」


 何も触らないように気を付けながら部屋の奥まで進む。

 寝台の上に置いてある布団は、これまで見てきたものよりもはるかにふわふわそうに見えて、肌触りを想像しただけでも幸せな気分になる。


 さてと……

 寝台に腰かけ、右手で布団の肌触りを確かめる。

 思った通り、手触りも抜群だ。


 ……ん? 何だ? 何かフワフワしたものがある。

 枕でも入っているのかな……


 ちょっと強めに触ってみる。


 あれ? なんで硬くなってくるの??

 それになぜか硬い場所がさっきよりも大きくなっているような……


「お、お前、なんのつもりだよ。早くどけよ!」


 怒号と共に、左手を突然掴まれた。


「えっ……キャー!」


 な、なに?


「さ、叫ぶな。いいから、は、早く手を離せ! このままじゃヤバいって、そこはおいらの……」


 恐る恐る右手の方を見ると、布団だと思っていたものは誰かの服で、私が触っていたところは足の付け根……えっ!?


「キャー!!!」


 慌てて手をひっこめる。


「何! どうしたの?」


 声がした方を見ると、部屋の入り口に背が高くて綺麗な女性が立っていた。


「だ、だれ?」


「誰って、おいらが聞きたいよ。あんた誰なの?」


 後ろでは赤茶色の髪の少年が起き上がろうとしていた。


「わ、私は……」


「信、何があったの?」


 私が話せずに黙っていると、背の高い女性が近づいて来て後ろの少年に話しかけてきた。


「昼寝してたら、この痴女に襲われた」


「ち、痴女!!! 襲ってなんかない! ただ、手で触ったところがあそこで……」


「あそこ?」


「急に気持ちよくなってきて、夢かと思っていたんだけどさすがに生々しくて、目を開けたらこいつがおいらのものを揉んでいたんだ」


「も、揉ん……で?」


 女性が私の顔を覗き込んでくる。


「そ、そんなつもりは……ただ、お布団の肌触りを確かめようとしていたら、何か柔らかいものがあって、何だろうと思って触っていたら、だ、だんだんと大きく硬くなってきて……」


 だって、この子が来ている服って絹だよ。お布団と同じ肌触りで分かんないよ。あそこだって知っていたら、触りなんてしないよ。


「あー、なんとなくわかったわ。ところであなたは誰なの? ここは誰でもが入っていい場所じゃないのよ」


「え、ごめんなさい。私、王妃様にここにいるように言われて……あ、名前はばい玲玲りんりんです。東の張南村からやってきました」


 赤茶色の髪の少年と青みがかった髪の背の高い女性はお互いに顔を見合わせて、


「「もしかして巫女様?」」


 まるでシンクロするかのように尋ねてきた。


「巫女ですか……王妃様からもそう言われたのですが、全く心当たりがありません」


「どういうことだ?」


「私だって知らないわよ」


 二人はこっそりと話しているようだが、丸聞こえだ。


「玲玲ちゃんって言ったわね。おばばにはもう会ったの?」


「おばばさんですか? いえ、王妃様から何も聞いてないです……」


「そうなのね。わかった、まずはおばばに会いに行くわよ。玲玲ちゃんついて来て。ほら、信も」


「あのー、お二人は?」


「あら、自己紹介がまだだったわね。私はかんしょう、でこっちが」


「ふん、おいらはかんしん


「私たちが何者なのかはおばばに聞いたらわかるからここでは言わないけど、私も信もここに住んでいるから、これからよろしくね」


 同居人ということかな。もしかして、私が巫女というのと何か関係があるのかも。

 おばばさんに会ったらそれを教えてくれるということだよね。


「よ、よろしくお願いします」








 離れを出た私たちは、王宮の庭をさらにはじに向かって歩いているらしい。


玲玲りんりんちゃん、もうすぐ着くからね」


「あ、はい」


 祥さんって、なんだか面倒見がいいお姉さんみたいな感じだな。


「ところで信、あんた抜いてこなくてよかったの」


 抜いて……ってなんだろう。


「はあ! んなもん、ほっときゃなおるってぇの」


「そんなこと言ったって腰が引けてるわよ、可愛い子に触られて興奮したんでしょう。なんなら、私が手伝ってあげようか」


 可愛いって、やだ、こんなきれいな人に言われたらドキドキしちゃう。でも、手伝うって何を……ま、まさか、あれのこと? お母さんに聞いたことがある。男の人は出さないと治まらないことがあるって。でもそれって、誰とでもはしないよね。二人ってそういう関係なのかな。


「うるせえ! 寄るな変態!」


 信君ってまだ子供のように見えるのに、王都ってやっぱり進んでるんだ。


「恥ずかしがらずに、お姉さんに任せなさいよ」


「お姉さんってなんだ。ちょ! バカ、止めろ! 触るな! おかま野郎!」


 おかま野郎って、もしかして……


「誰がそんな口を利くのかなぁ」


いてっ! ……ご、ごめんなさい。関祥さん、許してください」


 信君は祥さんに頭をぐりぐりされている。

 そういえば祥って男の名前だ。見た目がきれいなお姉さんだから気付かなかった。


「分かればいいのよ。これからおばばのところに行くのよ。ほんとにいいの? そのままだと辛くない?」


てて。ああ、祥のせいでもう萎えちまったよ」


「あら、残念。まあいいわ。玲玲ちゃん騒がしくしてごめんね。もうすぐ到着よ」


「あ、はい。お二人とも仲がいいんですね」


 信君はまだ頭を撫でている。余程痛かったのかな。


「玲玲ちゃんが来るまで、あの離れで二人っきりだったからね。ケンカしていたらやっていけないよ」


「ずっとですか?」


「ずっとって訳じゃないわね。私は半年前くらいかな。王宮から使いがきてここで暮らすようになったのは。信はその前からいたよね」


「ああ、祥が来るひと月位前に無理矢理連れてこられたんだ」


 二人とも私と同じなんだ。


「あ、ここよ。ここにおばばがいるの」


 祥さんが指さしたところは王宮の中にあるとは思えない、どこにでもありそうな小屋というか倉庫みたいなものがあった。







「おばばー、入るわね」


 返事は無いけど、祥さんと信君は気にせず中に入って行く。


「相変わらず汚ねえな」


 部屋の中は雑多な感じで、出したものがそのまま置いてあるみたい。


「お、おじゃまします……あのー、誰もいないのでは?」


 一応、二人に確認してみる。部屋の中に入っても物音ひとつしないんだよね。


「変ねえ、寝ているのかしら」


 祥さんは重ねられた本の間を覗き込んでいる。


「どっか行ってんだろう。待ってようぜ」


 信君は床の上に広げてある地図のようなものをよけて、そこに座った。


「信、そんなことして怒られるわよ」


「しょうがねえだろう、座る場所がえんだから」


 確かにいろんなものがそのままだから、少し片付けないと座ることすらできない。


「ほら、あんたもここに座りな」


 信君は自分の横を開けてくれた。


「あ、ありがとう」


「へえ、優しいじゃん。でも、手を出しちゃダメよ。巫女様なんだから」


「はん! こんなちんちくりんに手を出すはずえっていうの。というか、俺の方がヤバいんじゃね? 痴女様だし」


 また痴女って言った!

 それにちんちくりんってどういうこと! ちゃんと出るところは出て、引っ込んでいるところは……そのうち出たり引っ込んだりすることになっているんだから!


「私だって、こんなちびっこになんて興味はありません!」


「お前! ちびって言ったな!」


 隣の信がにらみ付けてきたから、負けじとにらみ返してやった。


「二人とも止めなさい!」


 祥さんはそう言いながら信の逆隣に座った。


五月蠅うるさいの……なんじゃ、お前らか」


 入り口から灰色の薄汚れた感じの着物をまとい、それを申し訳程度に腰紐で縛っている白髪交じりでぼさぼさ頭の老婆が入ってきた。


「ばあちゃん、遅い。どこ行ってたんだ」


かわやじゃ」


「かわや? え!? ばあちゃん、トイレすんの!」


「便所くらいするわ。お前はワシをなんと思っとるんじゃ、まったく。しかしなんの用じゃ、今日の修行は終わっておるじゃろう……ん? おい、そこにあったものはどうした?」


「はい、ばあちゃん」


 信は座るために横に避けた地図をおばばさんに渡した。


「いつも、勝手に触るなと言っておるじゃろう。それで、何しに来た?」


「おばば、この子。連れて来たわよ、巫女様」


 祥さんに肩を叩かれ、おばばさんの前に押し出される。


「巫女じゃと? よく顔を見せてみい」

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