【完結】黄龍の巫女と四神の守り手たち

高坂静

第1話 うぬは生娘か?

※当話のみ一部の会話文が方言(一部訳付き)になっております。

━━━━━━━━


お父さんおとしゃん、今日も雨のあめん降らんね」


「ああ、困ったもんたい。早う降ってもらわにゃ、来年はこん村のだいも生き残れん」


 この村では長い間、まともに雨が降っていない。村のため池の水もあと少しで無くなりそうだ。畑の一部は乾燥しひび割れてきていて、作物の中には枯れているものも出始めている。飲み水は井戸から何とか確保できているけど、それもいつ枯れるかわからない。だから畑に撒くわけにはいかない。


「春先ん大雨で植えたばかりん種は流さるっし、今度は干ばつばい。いったいどげんなっととや! あいもこいも、あん王の即位してからばい!」


「王様の変わったけんって、関係なかろうもん」


「ばってん、あん王は偽物にせもんぞ」


「そうかもしれんばってん……」


 新しい王様は王族ではあるけど、本来の血筋ではないという理由で若い頃から市中で暮らしていたらしい。ところが、前の王様が思った以上に長生きで、子供の方が先に死んでしまい、そしてその子供たちにも子供がいなかったという理由で、王宮に連れ戻されて即位したという話を行商人から聞いたことがある。


 天に向かって『バカヤローが!』と叫んでいるお父さんはほっといて、畑仕事をしよう。とはいえ、乾燥した畑では雑草すら生えてこないので、ほとんどやることが無いんだよね……

 うぅー、ほんとこのままじゃまずいことになりそう。来年はご飯を食べられるか心配だよ。


「……ゃん」


 ん? 何か聞こえた?


「とうちゃ……」


 あっ、お母さんだ。あんなに急いでどうしたんだろう。


「はあはあ……と、父ちゃん、玲玲りんりん大変ばい!」


「どげんした母ちゃん。そげん慌てんでも、雨ん降らんことよりも大変なことってなかろうもん」


「家に王宮からの使いんよんしゃったとよ!」


「なんで!」

(なんだって! どうしてうちに?)


「知らんたい。あんたが何時いつっちゃ王様ん悪口ば言いよっけんやろう。そいでとっちゃなかと? なんでんよかけん、はよんね」

(知らないよ。あんた、いつも王様の文句言ってたじゃない。それで来たんじゃないのかい。文句を言わずに、ほら、さっさと行くよ)


「わい捕まっと? 母ちゃん、どげんかして……」

(うそ、俺捕まっちゃうの? 母ちゃん、助けてくれよ……)


「男やろうもん、が言ったったい!」

(男なんだから、自分の言ったことは自分で責任取りな!)


 こんな感じだけど、お父さんもお母さんも仲良しなんだよな。でも、王様がうちに何の用があるんだろう……







「お待たせいたしました。私が当家の主、ばい浩然こうぜんです。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 家の前には二名の厳つい感じの兵士さんと一人のお役人が立っていて、息を整えたお父さんは王都で話されている言葉で話している。


「お前が主か、我々を待たせるとはいい度胸だな」


 お役人が前に出てきて話し出した。この人が一番偉い人なのかな。


「申し訳ございません。なにぶん急でしたもので、あ、汚いところですがどうぞお上がりください」


「ふん、このようなところでは上がってもまともなものは出てこまい。それよりもここにばい玲玲りんりんというものはおるか」


 梅玲玲……ん?


「えっ! わ 私!?」


「お前か……ふむ、人相書きとも相違ないようだな。王妃様から出頭命令が出ておる。すぐに来るがよい」


「ちょっと待ってください。急にそう言われても困ります」


 いくら王妃様の命令でも、悪いことしてないのにいきなり出頭だなんて横暴すぎる。


「王命に背くつもりなら、こちらにも考えがあるぞ!」


「お願いです。その人相書きを見せていただけますか?」


 きっと、人相書きが間違っているに違いない。


「仕方がない。これを見よ」


 お役人が見せてくれた人相書きには、墨で書かれた女性の姿見が書いてあって、背格好と黒髪で切れ長の茶色の目などの特徴が記されてあった。


「あんたにそっくりだね」


 横から覗き込んできたお母さんが呟いた。


「ああ、目の色とか母ちゃんと同じだ」


 お父さんまで……

 確かにお母さんの目の色はこの辺りでは珍しい茶色だけど、確かに私もそうなんだよね。そして黒髪はお父さんゆずりだし……


「もうよいだろう。出発するぞ、急ぎ用意をせい!」


 た、大変だ。このままでは連れて行かれてしまう。


「せめて連れて行かれる理由を教えてください!」


 理由もわからずに連行されるのは勘弁してもらいたい。


「詳細は知らん。我々は張南村ちょうなんむらの梅玲玲を連れて来るようにだけ命令されている。この村の梅玲玲はお前だけであろう」


 この張南村に梅姓の家はうちだけで、玲玲という名前は私だけだ。

 ま、まずい。


「わ、私には、この通り年老いた両親がいます。二人を置いて出ていくことはできません。どうかご慈悲を……」


「そのようなことは知らん。これ以上抵抗するなら力ずくで連行するぞ!」


 くそ、お涙ちょうだいも無理か。他に何か手は……あわわ、私たちの様子を見ていた兵士さんたちがこっちに向かってきた。


「ちょっと待ってください、お役人様。王妃様からのお呼び出しということは、もしかしてこの子が後宮に入るということでしょうか?」


 後宮って王様のお妃とか側室になる人がいるところだよね……え? わ、私が後宮!? お父さん、なんてことを言い出すの!


「だから、詳細は知らされておらん!」


「後宮ということは、玲玲が王様のご寵愛を受ければ……」


「あ、あんた、玉の輿ばい! こいで食べることに苦労することも無くなったいね」

(あ、あなた、玉の輿よ! これで食べることに苦労することも無くなって一安心ね)


「ああ、おいはよか孝行娘ば持った果報者たい!」

(ああ、俺はいい孝行娘をもった果報者だ!)


 え、ええっ!

 もしかして私、売られそうになっている?


「お母さん?」


「玲玲幸せに」


「お父さん??」


「玲玲よかったな。お役人様、兵士の皆さん、玲玲をよろしくお願いします」


 お父さんとお母さんは、お役人と兵士の人たちに揃って頭を下げた。


 お父さんおとしゃんお母さんおかしゃん、そりゃないよー。







 張南村から王都までは馬車で七日かかるらしい。日数分の着替えを持つように言われ、お父さんとお母さんに見送られた私は、お役人さんたちと一緒に王宮に向かうことになった。


 結局お父さんたちに助けられちゃったな……

 家を出てから数日、馬車の中に干された今晩の着替えを見ながら考える。

 あの時後宮の話にならなかったら、かたくなに行くことを拒否し続けていた私をお役人さんたちはどんなことをしてでも連れて行こうとしただろう。もしかしたら今頃私は体に縄打たれ、お父さんたちも罰を受けていたかもしれない。

 でも、後宮か……馬車も高級そうだし、夜は宿屋に泊まらせてもらえている。これだけの待遇だ、本当に王様の傍にお仕えするのかもしれないけど、それはそれで嫌になる。というのも、王様はかなりの年だと聞いているんだよね。先代の王様がかなり長生きだったから仕方がないと言えばそうなんだけど、選ばれたのが私というのはほんと勘弁してほしいよ。


「初めての相手がおじいちゃんって、花の16歳にはきついよ……あーあ、誰か助けに来てくれないかな」


「ん? 何か言ったか?」


「な、なんでもありません」


 危ない。聞かれるところだった。暑くて窓を開けているから、ちょっとした呟きでも聞かれちゃう。気を付けなきゃ。

 馬車に乗っているのは私だけ、御者台には兵士さんの一人が乗って、もう一人の兵士さんとお役人さんは馬に乗って馬車に付いて来ている。だから、馬車の中に下着を干すことができるんだけど……

 うー、もう腹が立つ。だいたい私たちのような庶民が、七日分の下着を持っているはずがないと言うのに、荷物はそれだけでいいのかって、それだけしかないの! 汚れたら洗って大切に使うの!


 ふぅ、ここで唸っていても仕方がないか……


 改めて窓の外を眺める。

 しかし……どこも雨が降ったようすがない。窓の外に見える景色は張南村とほとんど変わりない。畑はひび割れてきていて、川の流れは細くなっている……このままじゃ飢饉ききんになっちゃうよ。

 もし王様の近くにいることができるのならお願いしよう。どうか、私たちを助けてくださいって。






 それから数日後、馬車は王都の北にある王宮へと着く。

 王宮の控室に通された私はしばらく待たされた後、官服を着た役人に連れられて王宮を奥へと進む。


「あのー、私は後宮に入るのですか?」


「後宮だと? いいから、黙ってついて来い」


 役人のおじさんはそれから何も言わず、様々な意匠が施された柱や手すりがある廊下を進み、私はその後を黙々とついていく。何回か角を曲がったあと、左右に対の龍の彫刻がなされた扉の前でおじさんは止まった。


「王妃様、梅玲玲を連れて参りました」


「入るがよい」


 ドアが中から開き、おじさんにうながされ、部屋の中に足を踏み入れる。


「よく来たの、近こう寄れ」


 部屋の奥の豪華な椅子にきらびやかな衣装をまとった40歳くらいの女性が座っていて、こちらを向いていた。この人が王妃様なのかな……


「これ、娘。王妃様のお言葉ぞ! 早く来んか!」


「あ、はい」


 慌てて王妃様の近くまで向かい、王妃様の隣の女性がそこでよいと言った場所で膝をつき頭を下げる。


 この人、やっぱり王妃様だった。上品できれいだったから見とれていたよ。

 隣にいるのは侍女の人かな、この人も品がよさそう。怒られちゃったけど。


「もうよい、頭を上げよ。そちがばい玲玲りんりんか?」


「は、はい、梅玲玲です」


 返事をして頭を上げる。


「ふむ、いい面構えじゃが、うぬは生娘きむすめか?」


「は?」


 きむすめ……ってなに?


「娘。早く、答えぬか!」


「よい、言い方を変えよう。男としとねを供にしたことはあるのか?」


 えーと、褥というのは布団ということだから、供にするというのは……!!!


「あ、ありません!」


「うむ、ではそちは巫女か」


「み、巫女ですか……? あのー、ここは後宮ですよね。私はここに入れられるのではないのですか?」


「ここは後宮ではないぞ。王宮の謁見の間じゃ。先ほど気難しい顔をした男がおったじゃろ。後宮にはああいうものは入れん。それに、王にはもうそのような元気はないわ。そっちに関しては全く役に立たん。あっはっは――――」


 役に立たないって……あっ! 王様はもう年だって言っていた。……そうなんだ。助かった……のかな?


「内緒じゃぞ。そうか、そちは後宮に入れられると思ってここに来たのじゃな。残念ながらそうではない。頼みがあって呼んだのじゃ。すまぬ、この国を助けてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る