第58話 桐山遼の行動

# 桐山遼の行動


 ドライブインの駐車場には年季の入った商用軽バンが停まっていた。

 うさんくさい風体をした男が乗ってきた車であることは明らかだった。


 そんな男に対して、店主の老婆は苦言を呈する。


「そりゃ新道と旧道を比べりゃ、こっちが不便なのは分かってるさ。

 でもね、こっちにはこっちの良さがあるんだよ。

 あんたみたいのには分からんだろうけどね。


 それと、腹を立ててるのはあんたが開店前の早朝に事故の話を聞かせろと訪ねて来た不届き者だからだよ。

 その上カウンターに座ったくせに注文もしない」


「それも悪かったよ。

 アイスコーヒーを」


 老婆はふんと鼻を鳴らして、直ぐにアイスコーヒーを作りに厨房へ戻っていった。

 カウンターに座るうさんくさい男に対して、ツーリンググループのリーダーである壮年の男が問いかける。


「あなたは?

 警察には見えないが」


「ああ、雑誌記者をしてる。

 今、慈悲心鳥という殺し屋を追っててね」


「殺し屋?

 飲酒運転の事故だろう?」


 壮年の男が首をかしげると、記者は頷いて返した。


「表向きはね。

 現場を見てきたが、組対――組織犯罪対策部の連中が来てた。

 警察もこれが犯罪組織による犯行ではないかと捜査してる」


 記者は“自分は真実を知っている”風で発言内容に一切迷いがなかった。

 壮年の男はそれを胡散臭いと感じ、怪訝そうに彼へと尋ねた。


「信じがたいね。

 酒を飲んだのも、新道を使わなかったのも、事故を起こしたのも殺し屋の仕業だと?」


 問いに記者は直ぐには回答しなかった。

 それよりもツーリンググループの最年少。若い女性は記者の言葉に反応して、大きな瞳を爛々と輝かせていた。


「殺し屋なんて職業、本当に存在するんですか? 外国ならともかく日本で?

 でも居るとしたらどうやって飲酒運転事故を起こしたのでしょう?」


 記者は届いたアイスコーヒーを飲み、大きく息を吐くと答えた。


「実は僕も行き詰まっていたところでね。

 もし興味があるなら、ことの顛末を話そうか?」


「是非聞きたいです!

 良いですよね?」


 若い女性がツーリンググループに問いかける。

 誰も別に構わないという風だった。

 壮年の男が代表して彼女に対して答える。


「急ぎの旅程ではないし、長時間走ったから休憩時間は長めに取る予定だよ」


「と言う訳なので、お願いします」


 若い女性に頼まれて、記者は「では話そう」と、この先で起きた事故について話し始めた。


「被害者は桐山遼。

 商社勤めで輸入食品を広く扱っている。


 昨日は部署の月末会だった。

 月の最後の金曜に行われる定例の飲み会で、桐山はほぼ毎月顔を出していた。


 そして彼は月末の休暇はこの渓谷の先にある別荘で過ごす。


 つまり、彼にとって月末金曜の飲み会からの土曜日曜の別荘暮らしは習慣化されていた訳だ」


 記者の説明に対して、壮年の男が口を挟む。


「ということは何か?

 毎月のように飲酒運転をしていたのか?」


「そうなるな。

 桐山は飲み会の後、自分で運転して別荘に向かう。

 少なくとも十数年前から続けているようだ」


「狂ってるな。

 これまで事故を起こさなかったのはただ運が良かっただけだ」


「しかし十数年間事故を起こさなかったのも事実だ」


「飲酒量はどの程度だったのでしょう」若い女性が問う。

「例えばこれまでは少なかったけれど、今回は多かったみたいなことはないですか?」


「飲み会に参加していたメンバーに聞いたが、結構飲んでいたようだ。

 昨日は少なくともビール中ジョッキ1杯と日本酒4合ほど。

 いつもこれくらい飲むらしい」


「昨日だけ特別飲んだって訳ではないんですね」


「そうなる。

 桐山の体重は70キロ後半。

 泥酔とはいかずとも、酩酊状態にはあっただろう」


 壮年の男がため息交じりに告げる。


「本当にこれまで運が良かっただけ。飲酒運転なんてもっての外だ」


「それもまあそうだと思う。

 だが運だけでも片付けられない。

 桐山は昨日、旧道を使った」


「そうか。

 渓谷の先なら、新道の方がアクセスも良いし、走りやすい。

 向こうは夜間照明も多少だがあったはず。

 酩酊状態で、どうして旧道を選択したんだ?」


 壮年の男の疑問に答えるように記者は続ける。


「昨晩、新道は工事で塞がっていた。

 夕方に倒木があって、その撤去作業をしていたらしい。

 少し前に台風が来ただろう? それで地盤が緩んでいて、昨日の昼から夜にかけて降った雨で限界を迎えたようだ。

 作業が終わったのは深夜。

 その頃には桐山は谷の底に落下していた。


 撤去作業の公式な記録も残ってる。

 通行止めの情報を居酒屋で知った桐山は、旧道を選んだわけだ」


 酩酊状態で、新道が通行止めだったため旧道を使った。

 確かに事故を起こしそうではある。

 されどそれだけでは納得できないと、若い女性が問いかけた。


「それで人が死ぬでしょうか?

 例えば倒木が殺し屋の仕業だったとしても、仕事としてはお粗末ではないですか?

 桐山さんは酩酊状態でも、旧道を通り抜けられる自信があったから運転したわけですよね?」


「酔っ払いの判断能力なんてあてにはならないさ」壮年の男が口を挟む。


「そうでしょうけど、渓谷の先に別荘があったのなら、旧道を通ったことだってあったはずです。

 彼にとっては少なからず慣れた道だったのでは?」


 記者は若い女性の言葉に頷く。


「その点については僕も気がかりでね。

 現場を見てきたんだが、事故が起きたのは下り坂で、かなりきついカーブがあった。

 とはいえ、路面には急カーブを警告する塗装。

 減速を促す標識や急カーブを警告する標識もあった。明かりは無くとも、車のランプで反射してよく見えたはずだ。

 ガードレールにも反射板があって目立っただろうに」


 対して壮年の男が意見を述べる。


「酔っ払って見えていなかったのでは?

 それとも、車のブレーキが破壊されていたとか」


「それはなさそうだ。

 少なくともガードレールに突っ込んで、谷底に落ちるまでの僅かな間、ブレーキは作動していた。

 ブレーキ跡が残っているのを確認したよ。


 更に言うならば、警察の調べでもブレーキ動作に問題は無かったと見られている。これを聞き出すのに苦労したよ。

 と言うわけで、警察の捜査と現場の状況から、ブレーキに細工があった可能性は低いだろう」


「なるほど。

 ノーブレーキでガードレールに突っ込んで、衝突に気づいて即座にブレーキを踏んだと」


 続いて若い女性が問う。


「――ガードレールは直ぐに折れたのですか?

 ハンドルを切って急ブレーキを踏めば、あわよくば耐えられたりしなかったのでしょうか?」


「ガードレールは古い物で劣化もあった。

 多くを期待できる状況ではなかった」


「それは人為的な劣化ではなく?」


「その点については警察の捜査待ちだ。

 現場を見たが、人為的な劣化なのか自然劣化なのか、少なくとも素人には判断出来なかった。

 全体的にガードレールが古いのは間違いない。反射板も、剥がれかけているのもあった」


 質問に回答してから、記者は「他に質問は」と問いかけ、ないのを確認してから話を先へと進めた。


「桐山が転落したのは10時36分。

 ドライブレコーダーの情報と、桐山の着用していたスマートウォッチが衝撃検知した時刻から間違いない。


 新道が封鎖されていたものの、元々夜間の交通量は多くない。旧道を使う人間も少ない。

 通報があったのは深夜1時前。

 旧道沿いにある木工所の社長が帰宅途中にガードレールの異変に気がついた。


 30分後、救急と消防が駆けつけたが、転落した車両内で既に桐山は死亡していた。

 医師の所見では即死だっただろうとのことだ」


 それで昨晩起きた桐山遼の事故についての説明は一通り終わった。

 聞き終わると壮年の男が私見を述べる。


「話を聞く限りでは、殺し屋が関与しているとは思えない。

 桐山は自らの意志で飲み会に出席している。

 新道が通行止めになったのは倒木のせいで、倒木は雨のせいだ。

 どんな殺し屋か知らないけど天気は変えられない。


 飲酒運転も桐山の意志だ。

 路面標示や警告があったにも関わらず、急カーブに高速で突入して、ガードレールにぶつかるまで気がつかなかった。


 これが飲酒運転による事故でなくて何なのか。


 ところで、殺し屋の犯行とする根拠を聞いていないが、どうして桐山の事故に殺し屋が関与していると疑っているのか?

 組対が来ているということは、何らかの根拠があるのだろう?」


 問われると、記者はカバンから人名の羅列された紙を取り出して言った。


「僕はこの殺し屋――慈悲心鳥と仲間内では呼ばれているようだ――について前々から追っていてね。

 慈悲心鳥に殺しを依頼する候補のリストが流出したんだ。

 このリストに桐山遼の名前がある」


「そのリストは確かな物なのか?」


「間違いない。

 先日同じくリストに名前のあった、写真家の道明寺竜之介が山中で事故死している。

 僕はこのどちらも慈悲心鳥の犯行で間違いないと信じてる。

 そして警察も同じリストを持っていた。

 だから組対が捜査に出てきた」


「ではその組対の見解は?」


「まだ捜査中だと」


 記者は飲み終わったアイスコーヒーのグラスをカウンター越しに老婆に渡し、おかわりを申し出ながら返した。


 事故が起きたのは深夜。

 まだ捜査中と答えると言うことはつまり、現時点までに殺し屋による犯行である証拠は何も見つかっていないということだ。


「でもリストが本物なら、殺し屋が本当に居る可能性があるんですよね?」


 若い女性が食い気味に尋ねると、記者は新しいアイスコーヒーのストローを咥えながら、どちらとも言えない中途半端な態度で答える。


「そうなんだがね。

 今のところ、どうやって慈悲心鳥が桐山を事故死させたのか肝心なところが分からない。

 組対も現段階では事件性を見いだせていないようだ。


 とかく慈悲心鳥は自分の存在を消すのが巧妙でね。

 前回の写真家の事件も、警察には落石事故として処理された。

 僕も調べたんだが、確たる証拠を掴めなくてね。怪しい浪人生がいたんだが、調査したら犯行は不可能だった。


 そこに来てこの自動車事故だ。

 桐山の名前がリストにあった以上、事故と断定するにはまだ早い。

 それにこっちは渓谷の近くとは言え、車で来られる分山中よりずっと調査しやすい」


「証拠が見つかるまで調べるつもりなのか?

 にしても行き詰まってるようだが」


 壮年の言葉に記者も頷く。


「そういうこと。

 どうしたものかと思ってね」


 壮年の男には、飲酒運転による事故から、殺し屋の犯行の可能性を見つけ出す方法など分からない。

 回答をせず押し黙っていると、若い女性が勢いよく手を挙げた。


「こういうときは逆に考えるんですよ!

 どうすれば殺し屋に桐山遼が殺せたのか考えるんです!」


 その意見に、記者は顔を上げた。


「なるほど。

 確かに、証拠探しに必死になって、考えてなかったな」


 記者はやる気を取り戻し、若い女性も何故だか事件について考えるのに夢中のようだ。

 壮年の男は冷めた目で2人を見て、ため息交じりに言った。


「まあ、飲酒運転の事故死だと思うがね。

 考えるだけなら、やってみても構わないのではないか?」

 


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