第57話 旧道の事故
# 旧道の事故
11月最後の土曜日。
日本列島は高気圧に覆われ全国的に天気が良かった。
山間部では紅葉も見頃で、関東圏にある山間部では早朝から車の往来があった。
埼玉県西部。
渓谷へと続く山間部の旧道では、昭和の香り漂うドライブインが、ドライバーからなんとか財布の中身を吸い上げようと珍しく朝方から店を開けて、やってきたツーリンググループを出迎えていた。
ドライブインの経営者は齢70過ぎの老婆。
店主の他にはバイトとして雇った女子大生が1人だけだった。
女子大生は6人グループのツーリング客を駐車場へと誘導する。
そのグループは社会人の集まりらしく、男性4名、女性2名。
年の頃は20代から50代くらいまで幅があるようだった。
彼らはバイクを停めると店舗に向かうのだが、グループのリーダーらしき壮年の男性が、駐車場の端に停まっている車両を見て女子大生へと問いかけた。
「何か事件がありましたか?」
問われた女子大生は、男性の視線の先をちらと見る。
駐車場の端にパトカーが1台停まっている。
店を開けるときには既に来ていて、つい先ほど店主の老婆と2人、事情聴取を受けていた。
「この先で深夜に事故があったみたいです。
車がガードレールを突き破って谷に落ちたらしくて」
「なんとまあ、それは大事だな。
そこまで危険な道とは聞いていないが、この道は事故が多いのだろうか」
「私が働いている間では初めてです。
――と言っても、まだ半年くらいしか働いていませんけど。
詳しい話はおばあちゃん――店長に聞いて下さい」
「そうするよ」
ツーリンググループは店内に入った。
店内の設備も昭和後期の香り漂う今となっては古風な物で、腰の曲がった老婆が出迎えて、6人をテーブル席へと案内した。
他に客はいない。
早朝だし、渓谷に向かう道は旧道だけではない。
今ではもっと交通の便が良い新道が通っていて、多くの人はそちらを使う。
だからこんな店を訪れるのは、わざわざ不便な旧道を選んだ物好きだけ。
当然、そんな物好きの絶対数は少ないのだから、客が全くいないのも頷けた。
女子大生がメニューと人数分の水を運んでくる。
そんな最中、壮年の男性が店主へと問いかけた。
「この先は事故が多いのですか?」
腰の曲がった老婆に届くようにとはっきりとした大きな声で問いかけたのだが、老婆は耳は悪くないようで、しかも思考もはっきりしていて、ギョロッとした目で男性を睨むように見ると答えた。
「2年前にもありましたけどね。
山道なんて、不注意で走れば何処だって危ないですよ。
それに昨日事故死した人、飲酒運転だとか。
そんなので危ない道だなんて思われたら心外ですよ。
あたしゃ50年この店に通っていますけど、1度も事故したことはありゃしないですよ」
「飲酒運転でしたか。
いや失礼。いらぬ心配でした。
自分はアイスコーヒーを」
それ以外のメンバーもそれぞれ注文を出した。
女子大生は注文内容を伝票にまとめると、老婆のいる厨房へと戻っていく。
「飲酒運転で事故とはね。
しかも深夜に山の旧道を。
命なんていらないと言ってるようなものだ」
壮年の男が言うと、一番若手の女性が首をかしげて疑問を投げかけた。
「ですけど、飲酒運転が危ないのは流石に本人も分かっているはずですよね?
どうして新道を使わなかったのでしょうか?」
「旧道沿いに住んでいたのではないか?」
壮年の男の言葉に若手女性は納得しかけたのだが、それに異を唱えるように、店に入ってきたばかりの男性が告げた。
「被害者の桐山遼は渓谷の向こうに別荘を持っていて、月末はそこで過ごしていた。
渓谷の向こう側だから、新道を使った方が安全だし早いし、アクセスも便利だ。
――って、旧道を悪く言ったんじゃあないさ。気を悪くしないでくれ」
男は店主の老婆に平謝りしながらカウンター席に腰掛けた。
彼は40代くらいで、丸眼鏡に無精ヒゲ、ボサボサ頭の、見るからに胡散臭い風体をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます