第54話 写真家殺人事件


◆ 写真家殺人事件


「最初に大学生たちの活動履歴について教えてください。

 彼らは本当に登山サークルとしての活動をしていましたか?」


「ああもちろん、確認したとも。

 これを見てくれ」


 ナンバー9はタブレット端末をカウンターの上に置いた。

 そこには神奈川にある某大学の、登山サークルホームページが表示されている。

 ホームページはそれなりの頻度で更新されていて、彼らの活動履歴が覗える。


「これが今年の4月に撮った集合写真。

 OBや教師含めて28名。

 今回『松の木陰荘』に宿泊していた5名もこの写真に写っている。

 こいつがリーダーの山本。端に居るのがサブリーダーの中島。

 正面の背の高い女が青木で、両隣に居るのが佐々木と田中。佐々木と田中は1年生だ」


「写真だけですか?」


 少しばかり証拠としては弱い。

 大学のサークルなんて、何食わぬ顔で知り合いっぽくしてれば簡単に入り込める。OBも集まっていたなら尚更だ。

 実際そういった手口で入り込んだことがある私が保証する。


 しかしナンバー9はその辺り抜かりなかったようで、「よくぞきいてくれた」としたり顔で言葉を続けた。


「この登山サークルに所属してる学生を探し出してね。

 この写真にも写ってるこの学生だ。

 ともかく彼の話じゃあ、5人は確かに登山サークルのメンバーで、活動もそこそこやっているようだ」


「それを聞けて良かったです。

 つまり1年生の佐々木と田中にしても、4月から半年以上登山サークルに在籍しそれなりの活動実績がある。

 殺し屋がそれだけ長い期間登山サークルに在籍していたとは考えがたいです。写真家の道明寺が11月に登山する山と同じ山に登る保証なんて何処にもありはしないのに、時間の無駄すぎます。

 ちなみに、今回の登山を企画したのは誰ですか?」


「サブリーダーの中島だそうだ。

 雪がいち早く見たかったんだと」


「彼は何年生?」


「大学院の1年。

 5年間大学に在籍してる」


「1人殺すのに5年かける殺し屋がいるでしょうか」


「標的にもよるだろうが、慈悲心鳥はそんな仕事はしないだろうね。

 何しろ先月にもCILの社長を殺してる。

 それに君は気がついているだろうけど、写真家を殺したいなら、写真サークルに入った方が手っ取り早い」


「そういうことです。

 ただ、大学生の誰かに巧妙に成りすました人物がいないとも限りません」


「いやあ、そこまで出来る人間が居るだろうかね。

 半年以上同じ趣味を楽しんだ人間だ。

 1人偽物が混じっていたら誰かが気がつくだろう」


「念のためですよ。

 大学生達の登山ルートについて教えてください。

 彼らは道明寺氏が殺害された現場を通りましたか?」


 ナンバー9は手帳をちらと見てから答える。


「通った。

 と言ってもその時刻は1時間半ほど前になるが」


「となると可能性としては、彼らのうち誰かが山中にスピーカーを隠して、道明寺氏に無防備な格好をさせる仕掛けを残せたかも知れない?」


 問うように言葉を投げると、ナンバー9はかぶりを振った。


「残念ながら。

 単独行動した人間は居なかった。

 休憩の間も、登山道から大きく離れるような行動は誰もしなかった。

 彼らは基本に忠実に。安全第一で登山していたと聞いている」


「では可能性2つめ。

 彼ら5人は結託して、道明寺氏を殺害した」


「その可能性は低いだろう。

 青木が登山参加を申し出たのは山小屋の予約締め切りの直前。登山の僅か1週間前だ。

 田中が女子1人にならないようにと参加を決めたらしい」


「青木が直前に参加表明したとなると、5人全員が結託していた可能性は低いでしょうね。

 では次。山小屋の高原夫婦の可能性は低そうですが、念のため確認させてください。

 婦人はずっと山小屋に居ましたか?」


「ずっと居たと証言している」


「川村は当日、登山センターで食料を受け取って登山したそうですが、センターを訪れた時刻は分かりますか?」


「5時直前だそうだ。センターで食料を引き渡した記録が残ってる。

 丁度登山センターが開くのが早朝5時で、開くと同時に川村が来たようだ」


「では、主人は朝から下山――何時からです?」問いかけにナンバー9は即答した。

「山小屋を出たのが5時だ。登山センターに着いたのは9時前」


「早いですね。5時から下山して、9時頃登山センターで資材を受け取って、戻ってきたのは14時頃。

 婦人は1日山小屋にいた。

 川村は5時に登山センターを出発して、11時頃に到着。


 ところで、午前中に落石警報があったと言いましたね。

 何時ですか?」


「10時頃。正確には10時4分」


「正確に分かると言うことは、警報の時刻は記録されていたと考えてよろしいですね」


「ああ。警報の内容は山岳安全課が常に監視してる」


「その時刻、婦人は山小屋にいました? 出来れば証拠があると良いですけど」


 ナンバー9は手帳を見返し、その中から婦人――高原美奈子の証言を見つけ出すと指し示した。


「警報が鳴った直後、松の木陰荘の山岳無線機で周辺の山小屋へと落石に対する注意喚起を行っている。

 と言うのも、登山者が落石に巻き込まれていたら救助が必要だからだそうだ。

 婦人は1人だったため外に出られず、確認を近くの山小屋に頼んだ訳だ」


「その無線機を持ち出したり、発信元を偽造したりすることは可能でしたか?」


「不可能だ。

 無線機は山小屋の壁に固定されている。

 大きさからも婦人1人で担いで運べるものじゃない。

 発信元の特定は出来ないが、周辺の山岳無線機の配備状況から、松の木陰荘の無線機が使われたと見て間違いない」


「それを聞いて安心しました」


 私はブランデーを1口飲むと結論づける。


「川村知佳には犯行実現可能です」


「詳しく教えてくれ」


 ナンバー9は食い気味に尋ねる。

 私は一旦水を飲んで口の中のアルコールを洗い流してから、かいつまんで説明していく。


「この話は、慈悲心鳥という殺し屋が実在するという前提のものです。

 殺し屋が実在したとすれば、道明寺は殺し屋によって殺害されたわけです。

 それも落石に見せかけて。

 そこで質問ですが、同日の午前中に気象観測所が落石警報を出した。

 これは偶然だと思いますか?」


 問いかけに対して、ナンバー9は少しだけ俯いて考えた。

 しかし私の期待通りの答えを出してくれたようだ。


「――そうだ!

 偶然とは考えがたい。となれば、どうなる?」


「殺し屋は午前中、道明寺殺害に使用する仕掛けのチェックをしていた。

 というのはどうですか?

 遠隔操作で落石を発生させる仕掛けです」


「そんな仕掛けが作れるだろうか?」


「難しくはないと思います。

 それに川村は6月から山小屋で働いていた。

 何処で落石を起こせば良いのか考える時間は十分にあったでしょう」


「確かに、落石自体は人為的に引き起こすのは難しくない。

 だが犯行が行われたのは16時。その頃川村は山小屋にいた。

 いくら落石を人為的に起こせたとしても、肝心の道明寺がその落石が通過する位置で立ち止まってくれるとは――」


 言葉を紡ぎながらナンバー9は考えを巡らせていたのだろう。

 その思考がある1点に到達したようで、彼は目の色を変えた。


「雷鳥の鳴き声だ!

 山中にスピーカーと、恐らくカメラか何かを仕掛けていたんだ。

 そして道明寺が通りかかったタイミングで、雷鳥の鳴き声を再生する。

 彼はカメラを構えて声のした方向を向く。その時後頭部は山頂側に向けられていた。

 ――落石は、見事に道明寺の後頭部に直撃した」


「この方法なら山小屋に居ながらにして犯行を実現できたでしょう?

 そしてこれは川村にしか実行出来なかった。

 大学生グループは5人行動で登山していた。落石の仕掛けを午前中にテストするのは不可能。スピーカーを仕込むのも難しかったでしょう。


 主人の高原昌平は9時に登山センターに居た。1時間で仕掛けを作動させるのは困難です。

 婦人の美奈子氏は警報直後に山岳無線機で連絡を取っているから、彼女にも犯行は不可能でしょう」


「ちょっと待った」


 説明を終えたところでナンバー9がこちらの次の言葉を遮った。


「仕掛けが遠隔で作動させられるなら、高原夫婦にも実現可能だったんじゃあないか?

 主人なら早朝仕掛けを仕込むことが出来たし、婦人なら主人が出て行ってからいくらでも時間があった。

 夫婦が結託していたという可能性もある」


「人を殺す仕掛けの動作チェックですよ? 私が殺し屋なら警報が鳴るかどうかではなく、落石が期待通りに転がるかどうか確認するため現地で行います。

 それに落石を起こす仕掛けとなれば、1度作動させたら再び使えるようにするためには何らかの操作が必要でしょう。石をセットするとか。


 婦人にはこの時間がなかった。

 10時に警報が鳴って、1時間後には川村が山小屋に来ています。

 落石発生地点まで往復何分かかるかは分かりかねますが、この状況で山小屋を無人には出来ません。

 何しろ川村が何時に到着するのか婦人は知らなかったはずです。


 登山センターが開くのが5時なら、10時には到着している可能性もあります。

 実際、山小屋主人は9時にセンターを出て14時に到着しています。

 この間5時間です」


「確かに。

 婦人には現地確認することも、仕掛けを再セットすることも不可能。

 主人は9時にはセンターに居たから現地確認は不可能。

 仕掛けの再セットは出来たかも知れないが、彼の犯行だったとは考えづらい」


「長年山小屋で働いてきた夫婦ですから、そもそも殺し屋の犯行だとすれば2人は容疑者から外して問題ないと思います」


「金で買収された可能性は?」


 そんな話もしたなあと自分の口にした内容を思い返し、面倒になるなら言わない方が良かったと後悔しながら問い返す。


「山小屋の経営は行き詰まってました?」


「いや、それは……調べなかった」


「金銭的問題を抱えていないのであれば、多少お金を積まれても殺人に加担しないでしょうね。

 山小屋の近くで殺人事件が起きたとなれば今後の経営にも影響が出るでしょうし。

 その影響を受けてでも早急に現金が欲しい状況でない限り、夫婦による犯行はないと思います」


「そう言われると、可能性は低そうだ。

 ――だが川村は6月から既に5ヶ月働いてる」


 ナンバー9はまだ私の説を信じてくれていないらしい。

 最後の一押しと、川村について触れる。そもそも彼女の存在からして通常では考えがたいという指摘だ。


「彼女、浪人生とのことですが、11月に一体何をしているんですか?

 10月には大学の願書受付が始まっています。

 年明けには試験です。

 あと2ヶ月切っています。

 こんな状況で山小屋でバイト。おかしいとは思いませんか?

 今朝も早朝から登山して、山小屋でもずっと仕事。一体何時受験勉強をするつもりなんです?」


 今度こそ、ナンバー9は状況の異常さに気がついたらしく、勢いよく立ち上がると財布を取り出しマスターにチェックを告げた。


「川村の身元について漁ってくる。

 ――ちょっと待ちたまえ。高くないか?」


「ポールジローの会計もこちらでよろしいと伺っていますが」


 マスターが会計内容について告げると、ナンバー9は「そういえばそうだった」と支払いを済ませ、登山装備を担ぎ直した。


「いやあ助かった!

 このお礼は後日。今はとにかく追加調査をしなきゃあならんので!

 では失敬」


 慌ただしく店を後にするナンバー9。

 ようやく静けさを取り戻したナンバーズ。

 私は残っていたブランデーを飲み干した。

 これにて一件落着。めでたしめでたし。


「お水のおかわりをどうぞ」


 マスターがチェイサーを代えてくれたので短く礼を述べる。

 しかし彼は私の正面から動かず、控えめな笑みを浮かべてこちらを見つめている。


「追加注文しろと?」


「そうしてくれたら嬉しいですけれどね、それより気になったことがありまして」


「何でしょうか」


「どうしてあんな嘘をついたのでしょうか。川村知佳が仕掛けを作って写真家を殺害したなどと、本当にそう考えていますか?」


 どうも、もじゃもじゃ頭の胡散臭い無精ヒゲ男は騙せても、この人は騙せなかったらしい。


「川村知佳が殺し屋では問題がありますか?」


「私はそう考えています。

 第一に――」


「その前に注文を。

 アルコール度数低めのショートカクテルを」


「でしたらクランベリーがありますので、フルーツダイキリを作りましょうか」


「クランベリーは11月が旬でしたね。

ではそれでお願いします」


 マスターは手際よくクランベリーを潰し始めた。

 さて。この人は手強そうだ。

 それに、適当な答えをすればこの店に通いづらくなる。


 どうしたものか。非常に悩ましい。

 そんな風に考えているとあっという間にカクテルが完成し、目の前に差し出された。

 私がそれを1口飲んで「美味しいわ」と口にすると、マスターは控えめにしながらも、はっきりとした口調で川村知佳殺し屋説の問題点を語り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る