第53話 写真家殺人事件?


◆ 写真家殺人事件?


「まず分かっていることについて話そう」


 ナンバー9はそう切り出して、警察の捜査情報と、自身の調査結果を交えて話していく。


「道明寺の死因は頭部外傷。後頭部を強打していた。

 警察の調査では落石とされているだろう? 実際に道明寺の血のついた石が発見されている。

 直径20センチくらいだったかな? 写真もあるが、見たくなさそうだ。止めておこう。

 他にも外傷はあったが、死後についたもののようだ。事件当日の夕方から天気は大荒れで、斜面を10メートルほど転がったみたいだ。

 発見時には大きな岩に引っかかっていた。


 殺された場所は石の見つかった地点。標高およそ2600メートル。

 死亡推定時刻は一昨日の16時頃とされている。

 死体発見地点から山小屋まで、僕の足でも1時間かからなかった。

 道明寺は事件がなければ、予定通り17時には『松の木陰荘』に到着しただろうね」


 適当に相槌を打ちながら、軽く手を挙げて質問を投げかける。


「死体の発見された場所は、落石の多い場所でしたか?」


 ナンバー9は若干もったいぶってから「良い質問だ」と回答する。


「落石は時々あるらしい。

 それに当日の午前中、近くの気象観測所が落石警報を出してる」


「警報は手動ですか?」


「いや、気象観測所は無人だった。

 監視カメラとセンサー情報を元にして、自動的に警報がされる仕組みだ」


「つまり誰かが勝手に警報を出したわけではないと。

 ――本当に落石事故だったのでは?」


「道明寺は殺害対象のリストに名前が入っていた。

 殺人事件の可能性を否定するには早計じゃあないか」


「そうでしょうかね。

 私はそうは思いませんが、まだお話の途中みたいなので状況説明を続けてください」


「そうさせてもらおう。

 まずもって疑わしいのは、道明寺の死因となった外傷だよ。

 外傷は後頭部。

 当然だけど落石ってのは山の上の方から転がってくるわけだ。

 そして道明寺は山頂付近にある山小屋を目指して登っている最中だった。

 おかしいと思うだろう?

 本当に落石だとしたら、彼は何故か来た道を振り返っていたことになる」


「カメラの電源は?」


 気になった点を問うと、ナンバー9は首をかしげる。

 仕方なく説明を加えた。


「被害者は野鳥写真家だった。

 当然、カメラは持っていたでしょう?

 その電源の位置はONかOFFのどちらだったか分かりませんか?」


「あー、ちょっと待ってくれ」


 質問は意外だったらしく、彼は自分のカメラを操作して背面モニターを注意深く見る。


「うーん、シャッターボタン周囲の状況は分かるんだがね。

 なんか黒いテープが貼ってあってどっちか分からないな」


「野鳥写真家は反射を嫌いますからね。

 見せてください。

 このカメラ、キャノン製ですね。キャノンのカメラでこの位置はONです。

 つまり落石が当たったときカメラの電源は入っていた。

 ――きちんと言った方が良さそうですね。

 要するに、その瞬間、道明寺は写真を撮ろうとしていたんです」


「となると、どうなる?

 いいや待ってくれ、ちょっと考えるから。

 道明寺は雷鳥を撮りに来た。

 で、雷鳥を見つけたからカメラの電源を入れた。

 つまり……。雷鳥が後方にいたから振り向いて写真を撮ってたって言いたいのか」


「そうです。

 そうなれば、後頭部の外傷も不思議ではないでしょう?

 被害者のカメラのデータは確認しました?」


「したが、事件当日のデータに雷鳥は映ってなかった」


「鳴き声だけ聞こえて振り返った、とかでしょうか。

 真相は分かりませんけどね」


「いやいや。

 だとしたらアレじゃないか。

 そうだとも! 慈悲心鳥は山の中にスピーカーを置いて、雷鳥の鳴き声を再生した。

 道明寺は振り返りカメラを構える。

 これだ! カメラを構えた体勢というのは非常に無防備だ。

 後は居もしない雷鳥を必死に探す道明寺の後頭部にゴツンと一撃。

 偶然落石が後頭部に命中したというより、ありそうな気はしないか?」


「不可能ではなさそうですね」


 落石事故を否定せず、結論は出さない返答をしておく。


 野鳥の専門家である道明寺が、スピーカーから再生された鳴き声を本物と誤認するかという疑問はある。

 しかしその点については触れないでおこう。

 道明寺を騙すためにでかくて重いスピーカーを山に担いでいった涙ぐましい努力について、わざわざ教えてあげる必要なんてないのだ。


「それで、怪しい人物は居ました?

 山小屋の標高は2700メートルですよね。

 しかも11月です。登山している人も少なかったでしょう」


「そうそう。

 そこなんだよね。流石ナンバー11は目の付け所が違うよ。

 僕が気にしているのはまさにそこなんだ。

 さっきも言ったとおり、当日は夕方から天候が急変して、荒れに荒れた。

 山小屋の主人に聞いたんだが、とても野営は不可能。しかも近くに別の山小屋はない。

 

 道明寺が殺害されたのを16時としよう。

 嵐は17時には始まっていた。たった1時間じゃあ別の山小屋までは到底たどり着けないし、もちろん下山も不可能だ。

 となると『松の木陰荘』に宿泊していた人間以外に犯行は起こせなかったことになる」


「その話が事実であればそうでしょうね」


 ナンバー9の意見を受け入れその先の説明を促す。


「容疑者は8名。

 『松の木陰荘』は夫婦でやっていた。

 山小屋の主人、高原昌平。

 妻の美奈子。

 それから山小屋で働くバイト、川村知佳。

 後の5人は山小屋の宿泊者だ。

 全員同一のグループで、神奈川にある大学の登山サークルらしい。

 リーダーの山本大輔。

 サブリーダーの中島優太。

 あとはメンバーの佐々木健一。

 青木はるか。

 田中さやか。

 以上の男3名、女2名だ」


「8人ですか。

 それ以外に山小屋には誰も居ませんでした?

 空き部屋とか倉庫とかに隠れることだって出来たのでは?」


「そう思って僕も確認してきたよ。

 部屋についてだけど、山小屋ってのはプライバシーなんてあってないようなものだった。

 一応男女別に区切ってたが、誰かが隠れていれば直ぐに見つかったと考えて貰っていい。完全な空き部屋なんてのは存在しなかった。

 道明寺も、登山サークルの男性諸君と同じ部屋で寝る予定だったみたいだ。

 もちろん、簡単な仕切りくらいはあったけどね。


 倉庫とかについても、隠れて寝泊まりするのは不可能だったと考えていい。

 夫婦やバイトが頻繁に出入りしていたし、消灯前には主人が隅々まで確認してる。

 野生動物が侵入することがあるから本当に隅々まで細かくチェックしたそうだ。

 こっそり侵入した不届き者は居なかったとのことだよ」


「容疑者は8名。

 動機は――関係なさそうですね」


「そこなんだよ。

 殺し屋による犯行となると、動機があるのは依頼者側だ。

 だから道明寺と殺し屋の間には何の関連性もない。

 ただ、殺し屋が何年も前から山小屋に潜伏していたとは考えづらい。

 高原夫婦は容疑者から外して良いだろう」


「そうですか?

 山小屋の経営に行き詰まっていたとか理由があれば、お金でどうとでも転ぶ気がします」


「あー、そういう考え方もあるのか。

 山小屋の経営状況までは調べて来なかったな」


「まあ、バイトや大学生の方が怪しいですよね。

 バイトの年齢や職業、勤続年数は聞いてきました?」


「ああ、それは確認した。

 バイトの川村は今年の6月から働いている、浪人生だそうだ。

 高校時代登山部で、1度部活動で『松の木陰荘』に泊まったことがあるらしい」


「1度だけなら山小屋の主人達は顔を覚えていなかったのでは?」


「春から夏にかけては宿泊客の多い山小屋らしくて、山小屋夫婦は高校時代の川村を知らなかったようだ」


「川村は容疑者から除外しきれませんね」


「僕もそう考えてる。

 だが残念なことに、この8人全員にアリバイがあるんだ」


「聞きましょう」


 説明を促すとナンバー9は語る。


「まず川村だが、事件当日の午前中から山小屋に来て働いていた。登山センターで受け取った食料や水を担いで登山してきたそうだ。到着したのは11時頃。

 主人の高原昌平も朝から下山して、登山センターから食料と水、それから機材を運んだ。どうも洗面所の水道管に補修が必要だったらしい。山小屋に戻ってきたのは昼過ぎの14時頃だそうだ。


 大学生グループが到着したのは15時30分頃。

 5人揃っていたのを高原夫妻と川村が確認している。この時は8人全員が山小屋の前に集まったわけだ。


 その後大学生グループは山小屋の近くを散策したりしていたみたいだ。


 ここで問題は、道明寺の殺された地点から山小屋までの距離だ。

 僕の足では1時間ぎりぎりいかない程度だったが、慣れていれば35分程度で山小屋まで登れるらしい。

 下りは上りより早いとしても、往復で1時間はかかる。この辺りに最も詳しい山小屋主人のお墨付きだ。


 だが大学生グループが山小屋に着いた15:30以降、1時間も山小屋から姿を消した人間は居なかった。

 婦人とバイトの川村は15:00から寝室の準備。15:30に大学生を出迎え、彼らの登山装備の整備を手伝ってる。16:00からは夕食の支度を始めた。

 食堂は山小屋入り口直ぐの場所にあって、山小屋に出入りする人間は彼女たちの姿を見ている。

 主人は大学生を出迎えた後、洗面所で水道管の補修をしていた。トイレを使用した大学生による目撃証言がある。作業は16:50頃まで続いた。

 17:00には道明寺がまだ来てないので捜索に出ようとしたようだが、天候の悪化を見て断念したのはさっき言ったとおりだ。


 大学生については自由行動ではあったのだが、5人全員揃わずとも、2,3人で行動していた。

 雲行きが怪しくなってきたのを見て、16:30くらいには全員山小屋に戻り、食堂でトランプをしていた。

 17:00には夕食が提供された。この時、8人全員が食堂に集まっていた。


 つまり、16:00に道明寺を殺して、戻ってこれる人間は居なかったことになる」


「そうですか?

 現場から山小屋までは慣れた人で35分でしたよね?

 大学生が食堂に集まったのが16:30くらい。

 犯行時刻が16:00頃。

 この間30分ですが、くらいとか頃とか不正確な要素を考慮すれば、十分可能だったのではないですか?」


「ああ悪い。

 記念写真について話すのを忘れてた。

 15:50に、大学生5人が集まって山小屋前で記念写真を撮影してる。

 シャッターを切ったのは川村だ。

 撮影日時の記録が残ってるから15:50には5人とも山小屋前に居たのは間違いない。

 川村の証言もある」


「本当に8人全員アリバイがあるわけですね。

 ――ちなみに辺りは野営不可能とのことでしたけど、本当にそうでしょうか?

 人を殺すとなれば、多少無理をして1泊出来ませんか?」


 ナンバー9は「それは僕も考えたよ」と相槌打って説明した。


「主人に嵐の様子を聞いたんだがねえ、雷雲の中に入ったらしくそれはもう酷く荒れたらしい。

 大学生が動画を撮影してた。雷が横殴りに駆け巡る迫力満点の映像だったよ。

 こんな中で何の落雷対策もせずにテントを張ったらただでは済まないだろうね」


「洞穴や、使われなくなった山小屋の跡地なんかも当然近くにはなかったわけですね」


「そういうことだ」


 ふうん。

 私は相槌を打って、ブランデーに口をつける。

 容疑者は8名。

 されど全員にアリバイがある。

 

 8人以外に犯人がいるとなれば、その宿泊方法が問題になる。

 山小屋に侵入者は居なかった。

 当日夕方から夜にかけては雷雲に包まれるほどの大嵐。生半可な装備では嵐をしのげない。


 さて。

 本当に道明寺が殺し屋に殺害されたのだとしたら、どのような犯行で、そして犯人は一体何処へ消えたのか。


 ……犯人は私なので答えは知っているのだけれど、問題はこの雑誌記者の男がどんな回答を得たら納得するかだ。

 この男の話しぶりからすると、ナンバーズに来たのは全くの偶然。

 私を殺し屋だと疑う素振りを微塵も見せない。


 これが演技なら大したものだが、どうもこの男はただの変わり者の雑誌記者のような気がする。


「それで行き詰まっちまったって訳だよ。

 殺し屋が居たのは間違いないのに、それがどうやって道明寺を殺して、姿をくらませたのかが全く分からないんだ」


「だとしたら殺し屋はいなかったと結論づけるのが普通だと思いますよ」


 これで納得してくれないかなあと口にしてみたが、ナンバー9は既に殺し屋説で最後まで突き進む覚悟らしい。


「いいや。リストがある以上、殺し屋慈悲心鳥は間違いなくあの山に居て、道明寺を殺したんだよ」


「はあ、そうですか」


 興味なさそうに、チェイサーの水に口をつける。

 それから「何かを見落としている気がする」と写真や手帳をカウンターの上に並べるナンバー9に対して、そっと告げた。


「きっと犯人は、バイトの川村知佳でしょうね」


 その言葉にナンバー9は、はっとしてこちらを見つめた。

 彼の瞳には「確証はあるのか?」と疑いの色が見て取れる。


「まだ根拠があるわけではないです。

 いくつか質問しても良いですか?」


「もちろんだとも。

 何でも聞いてくれたまえ」


 彼の了承も得られたので、私は”川村知佳”がいかにして山小屋に居ながら道明寺殺害を成し得たのか。

 証明するための質問を始めた。

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