第52話 写真家道明寺竜之介の死
◆ 写真家道明寺竜之介の死
「まずもって、写真家道明寺の死が殺人とする根拠だがね」
ナンバー9はそう前置きすると、ハイボールで喉を潤し、それからまた意気揚々と話を続ける。
「とある情報通から独自に、殺害依頼リストを手に入れたんだ。
このリストはある宗教組織が作成したもので、組織によって都合の悪い人間がピックアップされている。
これを元に、凄腕の殺し屋――慈悲心鳥と呼ばれているらしい――へとこいつを殺してくれと依頼するらしい」
「慈悲心鳥――夏の季語ですね」
「季語? 鳥の名前だって聞いた気がする」
「では渡り鳥なのでしょう。
それで、リストが本物だという証拠は?」
問いかけると、ナンバー9は胸を張って頷いた。
「実は既に1度、この組織の殺害依頼リストが流出している。
今回僕が入手したリストと異なるものでね。それがこのリスト。先月薬物によって不審死したCIL社長山辺舜介の名前がある」
「それは根拠とは呼べないのでは?
死んだ後からそれらしいリストを作るのなら誰にでも出来ます」
「その意見は最もだけど、問題はこのリストが流失した時期なんだよね。
つまりこいつは、山辺舜介が殺害されるより前に流出した。
組織犯罪を担当する――なんだったか名前は忘れたけど、警視庁の部署が山辺舜介の捜査をしていたのが何よりの証拠だよ」
私はナンバー9からリストを受け取ってその内容を確認する。
私自身リストについては先月の事件まで全く知らなかった。
このリストは彼らが私に依頼する上で、”では誰を殺すのか”という議論のための資料でしかない。
何しろ私と〈翼の守〉の契約では仕事は月に1件まで。
彼らは殺す相手を吟味する必要があった。
リストに目を通すと、3ヶ月前に殺した相手の名前があった。
彼は行方不明扱いで、死体はまだ見つかっていない。
最近殺された人間を適当に混ぜ合わせただけでは確かにこのリストは作成出来ない。
「だとしても、明確におかしい点があります」
はっきりそう告げると、ナンバー9は「それは是非教えて欲しいね」とにやけた顔を向けた。
「その宗教組織とやらは、殺害依頼リストを作成して、それを元に殺人を依頼していた。
しかしリストが流失してしまい、恐らく警視庁組織犯罪対策部が捜査にあたった。
だからこそ組織はリストを作り直したわけですよね?
だとしたらですよ。そのリストが再度流出するだなんて、そんな間抜けなことありますか?
リストを作り直すのもバカげた話です。それ以上に、1度流失した事実があるにもかかわらず何の対策も施さなかったのは行動として完全に間違っています。
そんな組織だったらとっくに警察の捜査を受けて解散させられるか活動を制限されるはずです。
作り話としても設定が甘すぎますよ。」
私はナンバー9の資料を付き返して告げた。
されど彼は私の意見を聞きながらも、未だに組織や殺し屋の存在を微塵も疑っていない様子で返す。
「僕もそう考えはしたけど、実際に道明寺は殺された」
「新しいリストに道明寺の名前があったのは偶然なのでは?
例えば、最初に流出したリストに並ぶ人間の共通点から、組織とは関係ない誰かが新しいリストを作った。
これならそれらしい人間の名前がリストに並ぶことになります。
その新しいリストを見せて頂いても?」
提案したが、ナンバー9は拒否した。
「残念だけど、情報提供者からリストの公開は禁止されててね。
さっき何の対策も施さなかった、と君は言ったけど、実際には施されていると思うよ。
例えば殺害依頼リストを複数作っておいて、流出した場合、どのパターンのリストが流出したのか突き止めれば、誰がリストを持ち出したのか分かるだろう?
そういうわけだから、リストの全文を公開することは出来ないのさ」
目を細め、ナンバー9を一睨みするが、彼の意志は固そうだ。
殺して奪う選択肢もあるが、現時点でそんなリスクを冒す理由はない。
なにしろ〈翼の守〉が何か対策を施したという確証がない。あのポンコツ次長が幹部をしている組織だ。無対策でのリスト再作成は十分にあり得る。
「リストを持ち出したのは組織内部の人間ということですか?
それを、いくらで買ったんです?」
まさか慈善活動でやっているわけではないだろうと問うと、案の定、ナンバー9は軽く笑って「20万とられたよ」と返した。
「カモにされてませんか?」
「リストは本物だよ。情報提供者についても信頼してる。
少なくとも僕はこのリストに20万の価値があると信じてるさ。
ここでリストの真贋を議論しても始まらない。
道明寺の話をしてもいいだろうか?」
「どうぞ。
疑問点があれば口を挟みます」
話すのはそっちで、私は暇つぶしのために付き合うだけだ。
その点明確にすると、彼はことの流れについて説明を始めた。
「事件が起きたのは2日前だ。
写真家の道明寺は雷鳥撮影のため、1人で北アルプスの山小屋を転々としていた」
「山に入ったのは何時ですか?」
「2週間前と聞いてるよ。
何でも雷鳥の換羽期だそうで、彼としては是が非でも写真に収めたかったそうだ。
そして2日前、彼は標高2700メートルにある『
「後鳥羽上皇ですね」
ナンバー9は首をかしげる。
有名な歌だと思っていたのに知らないらしい。
それなら気にしなくて良いと先を話させる。
「到着予定は17:00だと事前に連絡があったが、17:00を過ぎても来ない。
山小屋の主人は多少の遅れは良くあることだと待っていたが、17:30になっても来ないため、捜索に出ようとも考えたらしい。
だが雨が降り始め雨脚が強くなっていったため断念。
2時災害を防ぐため捜索には出なかった。代わりに山岳安全課へと通報した」
「連絡は携帯電話ですか?」
「いや、電波が入らないからね。
山岳無線機を使った。この辺りの山小屋には常備されているらしい」
「となると、写真家が遭難していても直接外部と連絡することは不可能だったわけですね」
「そういうことになる。
で、結局その日のうちには山小屋には来なかった。
山岳安全課も、当日は何も出来なかった。天候が荒れてね、とても捜索できる状況ではなかった。
翌朝になると天候は落ち着いて、山岳安全課と山小屋の主人達が捜索にでた。
そして、道明寺の死体が発見された。
ことのあらましはこんな感じだ」
「それであなたは事件を追いかけて山登りを?」
「そういうことになる」
「だとすると行動が早すぎますね。
登山装備を揃えるのも時間がかかるでしょう。
事件が発覚したのは昨日の午前中、ですか?」
「そう。
だけど言っただろう? ぼかぁ殺害依頼のリストを入手していてね。
このリストに名前のある人物とコンタクトを取っていたんだが、道明寺が1人で登山してると聞くじゃないか。
これは危ないと直ぐに道明寺と会おうとしてね」
「だけど間に合わなかったと」
ナンバー9は悔しそうな表情を浮かべた。
「残念なことにね。
本当に後1歩のところだったんだがねえ。
僕が登山センターに入ったのは昨日の朝。
道明寺の捜索が丁度始まったところだった。
同行させて貰ってね。生憎第一発見者にはなれなかった。山小屋の主人が先に見つけてね。
だけど警察捜査前に現場を調べられたよ。
写真もあるが、こういう場には相応しくないから見せるのは辞めておこう」
「そうして下さい」
死体の写真なんて見たくもない。
口では辞めると言いつつカメラを操作するナンバー9を静止して、問いかける。
「話を聞く限り、道明寺は遭難しただけでは?」
「まあまあ。まだ大筋を話しただけさ。
これから状況を話すところなんだ」
「状況、ですか。
既に警察から発表されていますけどね」
私はナンバー9が話している間に調べた、道明寺に関する報道内容をスマホに表示させて彼に見せる。
写真家が北アルプスで事故死。
死因は落石。
決して殺人事件だとは報道されていない。
「相手はプロの殺し屋だからね。
簡単に殺人事件だと分かるような殺し方はしなかった」
「なるほど。
それで、殺し屋の犯行だとは考えているものの、肝心な実行方法が分からず行き詰まっていると。
その相談をしにナンバーズを訪ねたわけですね」
ナンバー9は肩をすくめて「お察しの通りさ」と笑う。
「そういうわけだから、僕の調査結果を聞いて、気づいたところがあれば何でも言ってくれて構わない」
「良いですよ。
役に立つかどうかは分かりませんけど、退屈しのぎに付き合います」
了承すると彼はご機嫌で、事件の詳細な内容を語り始めた。
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