第49話 反省会の終わり
◆ 反省会の終わり
空になったグラスの中で、氷が溶けてカランと音を立てた。
随分と長く考え込んでいた。
もう少しだけ飲みたいと、指先で合図してマスターの注意を引く。
「ウォッカベースで、ショートカクテルお願い出来ます?」
「ええ。
プラムが大丈夫でしたら、フルーツカクテルをお作りしますよ」
プラムか。
もう10月。関東圏ではプラムの収穫は終わっている。
北海道では市場に並んでいるのを見た気がする。それにしても、もう今年のプラム出荷はほとんど終わりかけの状態だろう。
そう考えると、プラムを食べたくなってきた。
「それでお願いします」
マスターは器用にプラムの下ごしらえを進めて、こちらがその様子を暇そうに眺めているのに気がつくと質問を投げかけた。
「仕事の反省会は終わりましたか?」
「一応。
身内にとんでもないのがいて、そのせいで引っかき回されて失敗しそうになったけど、なんとか最終的には上手くいった」
「それは大変でしたね。
ですが身内の問題は解決したようで」
「偶然なんとかなっただけで、解決はしてないのよ。
上司に文句つけにいかないと」
「災難だったようですね」
「全くだわ」
結局、事件翌日まで警察は私を追いかける素振りを見せなかった。
そのまま北海道に飛んで、苫小牧駅まで行って変装し直し、別人としてこちらに戻ってきたのが今日の出来事。
飛行機を使わず陸路で戻ったせいで無駄に時間がかかったし、座りっぱなしでお尻が痛くなった。
次やるときはクッションを買うと心に決めている。
「どうぞ。プラムのウォッカ・マティーニです」
これまた珍しいカクテルが出てきた。
彩りのためか、オリーブの代わりに砂糖漬けにしたチェリーが添えられている。
フルーツマティーニか。そういえば飲んだことないな、と考えながら口をつける。
プラムの甘い香り。ほのかな柑橘系の香りはレモンだろうか。
ウォッカのクリアな味わいの中に、プラムの酸味と甘さが広がる。
酸味と甘さの調和は良くバランスされていて、口当たり良く飲みやすいカクテルだった。
「プラムはもう終わりでしょう?」
「今年はそれで最後です。
もし気に入って頂けたなら、来年またご注文ください」
「来年ね」
来年か。
来年もまだこんな風にふらっと飲みに来たり出来るだろうか?
いや、出来ないといけない。
そのためにもアホな〈翼の守〉には態度を改めて貰わなければ。
暗殺依頼予定の対象リストがうっかり流失しましたなんて起こり得ない。
つまり誰かが意図して流出させた。
――裏切り者がいるのだ。
〈翼の守〉にはその点、しっかり清算して貰わないと。
実際に殺すのが私になるとしても、裏切り者の特定までは向こうでやることになる。
私は〈翼の守〉とはただ業務委託契約を交わしているだけの関係だ。
組織内部についてほとんど知らない。
〈翼の守〉関係者で知っているのは、あのうさんくさい次長だけだ。
「来年のためにも、上司にはっきり文句つけておきます」
「問題解決は早いほうが良いでしょうね。
ですがあまり波風立てすぎると居心地が悪くなりますよ」
「その時は上司の方を排除するので問題ありません」
「はっはっは。
恐ろしいことを言いますね」
「もちろん冗談ですよ。
ですけどはっきり言わないと通じない相手なのは間違いないです」
「上手く立ち回りなされるよう、影ながら応援していますよ」
「それはどうも。
カクテル、美味しかったです。お会計お願いします」
飲み終わったカクテルのグラスを置く。
直ぐにマスターは伝票を書き始めた。
文句言ったところで、真面目に裏切り者捜しをしてくれるかどうかは分からない。
分からないけど、黙っていたら永遠に解決しないのは間違いない。
もし〈翼の守〉が自力で裏切り者を排除出来ないようなら、その時は契約の破棄も視野に入れよう。
本当は職場の変更は望むところではないが、アホが沸いた職場で働く方がもっと嫌だ。
問題が解決されるまでは、常に警察が第3者の殺し屋による犯行の線で捜査してくる可能性を考慮しなければいけない。
だが捜査されると分かっているのなら話は簡単だ。
そもそも捜査対象にならなければ良い。
今回の仕事で言えば、車ごと標的を爆弾で吹っ飛ばせば良かったのだ。
マスターから伝票を受け取って支払いを済ませると夜の街へ。
もう深夜近い時刻だが、飲み屋街だけあって人通りは多かった。
10月上旬の深夜。流石に肌寒い。
私はカーディガンを羽織り直すと足早に帰路についた。
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