第48話 内定式の行動⑤


◆ 内定式の行動⑤


 宮本が聴取のため小会議室へと連れて行かれて、私は大会議室で待機となった。

 大会議室に居る面々は、先ほど食堂で聴取のために呼び出された人たち。

 その中に豊福がいないのに気がつく。


 社員と異なり内定者はこの近くに住んでいない。

 その辺りの事情を考慮して聴取の順番を決めたのだろう。


 となると、宮本と岩垣は豊福の証言を受けて呼び戻されたわけだ。

 呼びに来た警察も「一番最初にCILに来た宮本さんと岩垣さん」と声をかけて来た。


 時間帯的に食堂倉庫に容易に入り込めた内定者は、最初に来た4人だ。

 それで豊福の証言から、到着して直ぐにトイレへ行った宮本と岩垣の2人からも証言を聞く必要があると判断したのだろう。


 さて、そうなると私の行動における問題点は。

 当然のことではあるが、実行した行動についてそのまま話すことは出来ない。


 私は宮本の後にトイレへと向かった。

 管理ゲートの元で佐藤と会ったし、研修室の壁はガラス張り。

 私が佐藤と会うところを天野と豊福も見ているかも知れない。


 トイレの個室に入り、着替えて一度外には出た。

 だがそれに宮本は気がついていないはず。

 佐藤の方は社服姿の私を見て、内定者が変装していると気がついただろうか?

 気がつかなかったとしても、社員がトイレ方向から食堂倉庫方向へ向かったことは覚えているはずだ。


 組対刑事が、社服を所有していた内定者がいた可能性を考えるかも知れない。

 しかし荷物検査で社服は見つかっていない。

 社員証を持たない内定者が行き来できた範囲は限られるし、何より佐藤が研修室に到着してからは、内定者は佐藤か鈴木のどちらかの監視下にあった。


 唯一自由行動が許されたのは展示室の見学中。

 内定者は自由にトイレに行くことが出来た。


 その間に社服を隠した可能性を考えたとして、まず調べるのは社員証無しでも行ける範囲。

 組対刑事が念には念を入れて捜査するタイプなら、社員証を盗んで移動した可能性を考えるかも知れない。


 でも展示室の見学時間は20分足らず。

 社服を隠すとなれば、本人はスーツ姿のはず。


 トイレで着替え、社服姿で別の場所まで行き、社服を隠してスーツに着替え、社員に見つからずに展示室に戻るような芸当は、少なくとも私はやろうと思わない。

 リスクが高すぎるし、何より時間がかかりすぎる。

 いくら自由にトイレに行って良い時間だとしても、長時間不在となれば誰かが気づく。


 実際、社服は台車置き場に放置されていたクリーニング済み社服の中に投げ込んだだけ。

 それだけだが、懇親会が始まる頃、社服は女子更衣室に運び込まれている。


 小田原は今日の業務を聞かれて社服の話をするだろう。

 そこから組対刑事は、内定者が展示室見学中に、偽装した社員証で扉を開け、犯行に使用した社服をクリーニング済み社服に紛れ込ませたと推理できるだろうか?


 可能性を追って行けばそこまで考えが及ぶだろう。

 問題はそれを今日中に気がつくかどうか。

 岩垣ゆづきは、近くのホテルで一泊し明日の便で北海道に帰る予定だ。

 だが警察の捜査の手が及びそうだと判断すれば、今日中に姿をくらますことだって選択肢に入る。


 不審な行動を取れば怪しまれるが、最終的に捕まらなければ良いのだ。


 だけど何もかも、聴取の内容次第だろう。

 これを乗り越えない限り、何1つ行動出来ない。


 宮本の聴取が終わったようで、警察に呼び出された。

 さて、向こうは何を確認しに来るだろうか。


 聴取の行われる小会議室に入った。

 所轄の刑事小林と、組対の刑事大森。

 その後ろでそれぞれの部下らしき若手が議事録を作っている。


 私は席に腰掛けると、求めに応じて自己紹介する。


「岩垣ゆづき。19歳です。

 北海道の小樽出身で、苫小牧の高専で応用化学・生物学科に所属しています。

 来年度よりこちらのCILで働く予定です」


「実家暮らしですか?」


 聴取を主導するのは所轄の小林だった。

 私は若干そちらへと身体を向けて質問に答える。


「いいえ。

 小樽から学校まで公共交通機関を使うと3時間ほどかかるので。

 学校の寮に入っています。もう5年目になります」


 回答内容に抜かりはない。

 きちんと詳細を調べてここに来ている。

 関東の会社を志望した理由についても、食堂の壁に張り出された内定者メッセージに記載された内容を語るだけだ。


 話は今日の交通手段に飛ぶ。

 飛行機で羽田まで来たことを伝えるが、意図して新千歳の名前は出さない。

 新千歳の発炎筒騒ぎと関連付けられてはいけない。


 CIL最寄り駅までの行程についても実際に使用した内容を語る。

 空港にも駅の改札にも監視カメラはついている。

 嘘を言えば何処かからバレてしまう。真実を話して構わないのならば真実を語るべきだ。


 CILについてから、研修室を離れた人は居たか確認された。


「お手洗いも含むのであれば。

 最初に宮本さんが。バスを降りるときに青い顔をしていましたので、お腹の調子が悪かったのではないでしょうか?

 研修室について直ぐで、鈴木さんに場所を教わってお手洗いに行っていました」


 これも事実通り供述する。

 この点確認するということは、宮本を疑っているのだろうか?

 宮本を疑う理由が到着後直ぐにトイレへ行ったことなら、それはそのまま岩垣を疑う理由にもなってしまうのだが。


「鈴木さんが出て行って少ししてから私もお手洗いに。

 途中で人事部の佐藤さんと会いました。管理ゲートを通ったところで。

 待っていてくださるとのことで、私はお手洗いに向かいました。管理ゲート通って直ぐ左に曲がったところです」


 自分から言った方が印象が良い。

 何より、どうせ豊福の証言で私がトイレに言ったことはバレている。隠す理由は無い。


 トイレについては他に人が居たかの確認。

 入った個室の場所も確認された。


 個室を特定されても不都合はない。

 自分の入った個室は横に配管確認用の小窓があるが、別に何かに使ったわけではないし。


 警察は宮本の様子を気にしているようだ。

 再三にわたり宮本の状態について。そして個室に入っていたのが本当に宮本だったのかと問いかけてくる。

 私から話せるのは推測でしかない。

 回答できる範囲で答えて、確定できない情報についてはそのように伝える。


「ちなみにどれくらいの時間居ましたか?」


 小林の問いかけは、私のトイレ滞在時間について触れた。

 正直あまり答えたくない。

 少なくとも5分以上は入っていた。

 だが佐藤の証言でバレてしまう以上、嘘をつくことも出来ない。


「測ったわけではありませんけど、少し長かったとは思います」


「その理由は?」


「それを聞きます?」


 意地悪く微笑んで返すと、小林は困ったように顔を歪めた。

 思わずからかってしまったが軌道修正。理由を創作して話す。


「では、その――スマホを。

 研修室で触るわけにはいかないので」


 これは嘘。完全な創作だ。

 私はなるべく嘘をつかない。

 嘘をつくのは本当に必要なときだけ。

 だが別に、嘘をつくのが苦手な訳ではない。むしろ得意な部類に入る。


 もし目の前に居る小林か大森が嘘を見抜く天才だったとしても、私の表情や話し方だけを見て、今のが嘘だとは判断出来なかっただろう。


 話はトイレを出た後に進み、直ぐに佐藤と会ったことを伝える。

 私がトイレに行くときも出たときも佐藤の監視下にあったという点は、しっかりと印象づけておかないといけない。

 佐藤は聴取において、私の証言を裏付けてくれるだろう。


 大森が宮本について、廊下を歩いて食堂方面に行かなかったかと確認をとる。

 彼は宮本を疑っているようだ。

 ここで嘘をついたとして宮本を犯人に仕立て上げるのは不可能だ。

 それより「宮本の友人」としての立場を守った方が良い。

 

 正直に「見ていない」、「スーツ姿の人が歩いていたら気になったと思う」と回答する。

 大森は残念そうなのを隠すことなく表情に出した。


 その後、小林から展示室見学について質問される。

 ここでも嘘はつかない。

 トイレにいったと伝え、なおかつ今回は直ぐに出たとはっきり伝える。


 展示室に関する質問は淡泊で、直ぐに懇親会についての質問に切り替わった。

 これ以降のやりとりについては何1つ重要な物はないだろう。


 私は展示室見学中に社服を戻した時点で仕事を終えていた。

 それ以降は『岩垣ゆづき』として、普通に内定式のイベントをこなしていただけだ。


 やましいことは何もない。全ての質問に正直に答えた。


 それで今日の行動についての証言を一通り終えた。

 所轄刑事の小林は聴取はこれで十分だと、隣に座る組対刑事へと視線を向ける。

 

 聴取の進行を大森が引き継ぎ、ここからは組対による聴取となった。

 彼は一体何を気にしているのだろうか。


「CILに来るときバスに乗り合わせた内定者との面識は?」


 意外となんてことない質問が来た。

 今更内定者との面識を確認するのか?

 大森は4人のうち誰かが別人と入れ替わっていて、それが岩垣以外だと疑っている?

 いや、岩垣も選択肢に入っていて、面識についての回答内容が事実と異なれば怪しいと判断するつもりだろうか。


 しかし残念ながらこの質問は無意味だ。

 私は岩垣ゆづきと他の人物の面識について、既に確認済みだ。


「宮本さんとはお話ししたとおりです。

 豊福さんと天野さんとは1次面接が一緒だったそうです。

 豊福さんに教えて貰いました」


 質問に対する回答を述べ、それから付け加える。


「ただ私は面接の日、周りを見る余裕がなかったので覚えていませんでした。

 博士課程に進むような方は、面接でも落ち着いているようですね。

 そういうわけなので、ほとんど初対面のようなものです。面識のある人は居ません」


 他の同日面接を受けた人間について質問しても無駄だぞと先手を打つ。

 大森は頷いたのかどうか分からない程度に顔を少しだけ俯かせ、それから質問を切り替えた。


「結構。

 本日はこちらに一泊するとのことだが」


 今後の行き先を気にしているようだ。

 ここも嘘をつく必要はない。


「はい。最寄り駅から1駅のホテルです」


「明日は何時頃の飛行機に?」


「13時頃の予定です。10時過ぎにはホテルを出る予定です。

 明日学校は休みにしましたが、担任と研究室の教授には内定式の報告をしておきたいので夕方には寮に戻りたいと考えています」


 岩垣ゆづきとして回答する。

 飛行機の時刻は小田原が予約した通り。

 ホテルを出る時刻はそこから逆算すれば10時くらいが妥当だろう。

 学校を休むのは確認済み。

 担任と研究室教授への報告についてはするかどうか知らないが、北海道に飛んだ後のことは多少粗があっても問題にならない。


 組対の大森は、質問をそこで打ち切った。


 この段階で確信した。

 彼はまだ、岩垣ゆづきを容疑者の1人として認識していない。


 聴取の最後、所轄刑事から何か伝えておきたいことはあるかと問いかけられる。


 別に答える義理もないが、内定者の1人として見た、事件と関連がありそうなことを伝える。


「他の方から聞いているかも知れませんが念のため。

 山辺社長が薬を――処方薬の方です――を飲んだのは16:40頃でした。

 社長談話が10分ほど長引いて、それが終わってから秘書の方が薬を渡して飲んでいました。他の内定者の皆さんも見ているはずです。

 私が知っている事件に関係しそうなことはそれだけです」


 警察が話していたので、山辺社長の死因が一升瓶ビールに混入された薬品だというのは周知の事実。

 内定者や社員が無事で、社長だけ死んだのは内服薬のせいというのも周知の事実であるから、この発言に不思議はない。


 まだ秘書が大会議室で聴取待ちしていたので、彼女から裏はとれるだろう。

 特に価値のない情報を出して、私の印象が少しでも良くなるのなら儲けものだ。


 それで聴取は打ち切られ、私は退室した。

 もう帰っていいとのことなので正面玄関へ降りていくと、宮本が待っていた。


「お疲れ様です。どう、でしたか?」


「一通り、今日の出来事について話してきました。

 宮本さんは?」


「私もです。

 でもその、最初にトイレに行った話を詳しく聞かれて……。

 もしかして私を疑ってるのかも」


「私もその辺りについて聞かれましたけど、疑っている感じではなかったですよ。

 本当に疑っているなら帰っていいとは言わないはずですし。

 ですからあまり嫌な方向に考えなくて大丈夫。

 なにも悪いことしていないのですから、堂々としていて良いんです。

 ――それよりバス、今からいって間に合いそう? もう1分過ぎてるけど」


「あ、それは大丈夫。

 まだバスが通ってるの見てないから」


「では急ぎましょう。

 宮本さんはこの辺りが地元なんですよね?

 家に帰って、お風呂に入って眠ったら、不安な気持ちも減りますよ」


 宮本の手を引いて玄関から外へと出て行く。

 警察や表に出された社員達がいる会社敷地を通って正門を抜けると、横断歩道を渡ってバス停に辿り着いた。


 バスは手前の信号まで来ている。

 もう誰も私たちを呼び戻しに来たりしない。


 私は宮本と一緒にバスに乗り込み最寄り駅まで移動。

 そこで電車に乗り換え1駅移動し、駅の改札を出たところで別れた。


「私は南口なので。

 ええと、岩垣さん。今日はいろいろとありがとうございました。

 あまり思い悩まないように、頑張ってみます」


「きっとそれが良いですよ。

 ではまた、4月に」


 北口から出て、ホテルへの道を進む。

 ホテルは駅から少しだけ離れていたが、今の時代スマホもあるし道に迷うことはない。


 繁華街を進みながら、後をつけられていないか確認。

 誰もついてきていない。

 完全に私は容疑者として扱われていないようだ。


 ホテルにチェックインして部屋に入ると、証拠品を処分した。

 ゴミはコンビニに出かけるついでに外で廃棄した。


 部屋に戻ると電話をかける。


「もしもし。夜分遅くに済みません。岩垣ゆづきさんでしょうか?

 わたくし、ケミカルインダストリアルラボラトリ、人事部の鈴木です」


『はい、岩垣です』


 彼女は夜中にCIL人事から電話がかかってきて戸惑っているようだった。


「どうしても本日中に伝えておきたいことがありまして。

 まだニュースになっていないのですが、実は本日の内定式懇親会中に、弊社社長の山辺が亡くなりました」


『え……』


 言葉を失う岩垣。

 彼女へとゆっくり、導くように声をかける。


「ですが皆さんの内定には影響ありません。弊社は来年度以降もこれまで通り事業を継続します。

 ただ、もしかしたら内定者へとマスコミや警察が話を聞きに行くかも知れません。

 そう言った場合、個別の対応は控えて頂きたいです。

 岩垣さんはそもそも内定式に関係ありませんし」


『え、えっと、分かりました。

 対応はどうしたら良いですか……?』


 不安そうに問いかけられたので、具体的に示す。


「はい。もし連絡が来ても「CIL広報へご確認お願いします」と伝えてください。

 それ以上の対応は一切しなくて構いません。

 追って詳しい資料や、来年度事業についての説明を送付いたします。

 どうか混乱することなく、安心して待っていてください」


『分かりました』


 岩垣ゆづきは聞き分けよく、こちらの言葉を信じてくれた。

 実際、人事部は後ほど事件についての資料を内定者宛に送るだろう。


 最後に定型文の挨拶と、来年度から一緒に働けることを心待ちにしていますという言葉を付け足して電話を切る。

 これでしばらくは時間が稼げる。


 さて。警察はまだ私に目をつけていないみたいだし、今日はこのままホテルで一泊しよう。

 明朝、早起きして駅周辺を散策しながら警察の様子を覗おう。

 捜査の手が駅周辺やホテルまで伸びているのならそのまま逃走。

 まだのようなら、時間通りの便で北海道へ向かうだけだ。


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