第44話 内定式の行動①


◆ 内定式の行動①


 10月1日水曜日。

 今日は多くの企業で内定式が行われる。

 CILもその企業の1つで、来年度入社予定の内定者21名が集まってくる。


 私は羽田空港に居た。

 別にこの場所に居る必要性はないのだが、雰囲気作りのためだ。

 それにここなら第一報を確実に受けられる。


 そして予定通り、第一報が届いた。

 新千歳空港行きの全便が突然運航未定となったのだ。


 ニュース速報も確認。

 『新千歳空港、手荷物受付所の近くで爆発か?』


 まだ報道は断定していないが、騒ぎがあった事実は周知されている。

 実際に仕掛けてきたのは発煙筒なので爆弾ではない。

 しかし同時に空港へと「次は煙だけでは済まない」とメッセージが送りつけられるようになっている。


 ともかく、第一報が出たのを確認すると私は電話をかけた。


「もしもし。岩垣ゆづきさんの携帯でしょうか?

 わたくし、ケミカルインダストリアルラボラトリ、人事部の鈴木と申します」


 開口一番つけると、岩垣は落ち着きのない声で応じた。


『は、はい。岩垣です。

 あ、あの――』


 声の調子から、向こうで事件に巻き込まれているのが手に取るように分かる。


「落ち着いて下さい。

 新千歳空港で爆弾騒ぎがあったそうですね。

 そちら大丈夫でしょうか? もう飛行機に乗っていますか?」


『いえ、まだです。

 ちょうど乗り込みの案内があったところで、それが急遽中止に――

 他の便も全部止まってしまって……』


 岩垣の慌てようは相当なものだ。

 彼女の気持ちも理解できる。

 人生で最初の就職。その内定式に遅れそう――それどころか参加すら出来ないかも知れないのだ。

 私は彼女へと冷静に声をかけた。


「慌てないで、落ち着いてこちらの話を聞いて下さい。

 こういう場合の鉄則は、何よりも安全第一です。

 無理に飛行機に乗ってしまって、事件に巻き込まれたら大変です。


 内定式は残念ですが、危険を冒してまで参加する必要はありません。

 後日こちらで式の資料を送ります。

 飛行機とホテルのキャンセルについてもこちらで手続きしますのでご心配なさらず。


 繰り返しますが、安全第一でお願いします。

 現在空港も危険な状況と言えます。

 空港職員の指示に従い、速やかに空港から離れて下さい。

 本日は空港に近づかないように。

 

 もう1度言いますが、絶対に無理して内定式に出ようなどとしないで下さい」


 最後の言葉を警告するように強めの語気で告げると、岩垣も状況を理解してくれたようで何度か頷く声が聞こえた。


『直ぐに空港を出ます』


「はい。慌てず、事故の無いように。

 もし何かあればこちらの携帯電話にかけてきて下さい。

 本日の連絡はこちらで全て取り次ぎますから」


『分かりました。

 ご迷惑をかけて申し訳ありません』


「謝る必要はありませんよ。

 悪いのは岩垣さんではありませんから。

 では速やかに行動をお願いします。

 安全を全てに優先して下さい」


 岩垣は返事をして電話を切った。

 私はそのまま次の宛先へと電話をかける。


 コール音が鳴っている間、今の岩垣の話し方と声色を口の中で練習する。

 なまりを隠そうとする話し方で、ちょっと特徴的だが、上手くいくだろう。


『はい。こちら株式会社ケミカルインダストリアルラボラトリです。

 どのようなご用件でしょうか?』


 電話に出たのはよく知った声。――サポートの小田原の声だった。

 私は岩垣ゆづきに成りきって答える。


「あの、私、内定式に参加する予定の岩垣です。

 苫小牧高専の」


『ああ岩垣さんですか。

 電話番号、変わりました?』


「実は故障してしまって。母の電話を借りてきました」


『そうでしたか。ご用件はなんでしょうか?

 内定式に関することでしたら、人事部におつなぎしましょうか?』


「お願いします。担当の方は確か――」


『人事部の鈴木のはずです。

 少々お待ちください』


 保留音が響く。

 小田原を上手く誤魔化せている。電話越しとはいえ、彼女を騙せるのなら人事部も問題ないだろう。

 保留音はしばらく続き、やがて鈴木が通話口に出た。


『人事の鈴木です。

 岩垣さん、何かありましたか?』


 鈴木の話し方からして、まだ新千歳空港のニュースは見ていないようだ。

 それもそうか。

 CILは情報漏洩を防ぐため、社内へのスマホ持ち込みを禁止しているのだ。


「あの、それが新千歳空港で爆弾騒ぎがあったみたいで」


『本当ですか!?

 ちょっとお待ちを――あ、本当だ。ニュースサイトに出ていますね。

 あ! 無理して飛行機に乗ろうとしなくて結構ですよ。

 こういう場合は身の安全確保が最優先ですから。

 空港に居ましたら、直ぐに退避してください』


 鈴木の反応は予想通りだった。

 CILは社員を大切にする会社だ。

 空港で騒ぎがあれば、無理矢理にでも出社しろとは絶対に言わない。

 私は岩垣ゆづきとして答える。


「それが、貰っていたチケットを朝一番の便に切り替えていたので、もう羽田までついてます。

 折角関東に来る機械なので、観光でもと思いまして。

 なので、私は無事なのでご心配ないようにと連絡させていただきました。

 申し訳ありません、勝手にチケットを取り替えてしまって」


 私の言葉に鈴木は安堵した様子だった。


『いえいえ、全然問題ありませんよ。

 それに無事に羽田まで来られているなら良かったです。

 チケットの変更に追加の費用とかかかりませんでしたか?』


「大丈夫です。基準便だったので。

 普通に変えてもらえました」


『それは良かったです。

 では内定式は参加すると言うことで。

 チケットとってくれたサポートの小田原さんにも伝えておきますね。

 ――先ほど電話に出た人です』


「あ、あの人が用意してくださったのですね。

 直接お礼を伝えておけば良かったです」


『でしたら小田原さんにお返ししますよ』


「お手間でなければお願いしても良いですか?」


『もちろん。では少々お待ちを』


 再度保留音が響く。

 今度は引き継ぎにそう時間はかからなかった。


『小田原です。

 事情は伺いました。新千歳の事件、大変でしたね』


「いえ、私は特に巻き込まれることもなかったので。

 それよりとっていただいたチケットを勝手に時間変更して申し訳ありません。

 折角なので観光しようなどと考えてしまって」


『お気になさらず。

 皆さんの都合の良い時間で来て下さればそれが一番ですから。

 それに良い機会ですから観光も楽しんで欲しいです。

 それより朝早くて大変ではなかったですか?』


「確かに朝は早かったですがなんとか起きられました」


『バスはどうしました?

 苫小牧高専の学生寮から苫小牧駅まで、始発が結構遅い時間でしたけど』


「自転車で苫小牧駅で行きました。

 バスの使い勝手が悪いので、高専の人は大体そうしています」


『そうなんですね。

 何はともあれ、無事そうで安心しました。

 ホテルの予約も無駄にならなそうですね』


「はい、予約とっていただいてありがとうございました」


『いえいえ。皆さんのための内定式ですから。

 お手伝いをするのは私の仕事です。

 ではお昼過ぎに会いましょう』


「はい、よろしくお願いします。

 何かあれば本日はこちらの携帯に連絡下さい」


『分かりました。

 番号、確認させて下さい』


 小田原の要求に応じて電話番号を告げる。

 小田原が復唱したのを確認して、それから再度挨拶して通話を終えた。


 はるばる北海道から来るはずだった岩垣ゆづきは、空港が業務停止したため本州に渡ってくることさえ出来ない。

 会社の人間に絶対に無理して内定式に出ようとするなと言われたのだから、発煙筒騒ぎによる業務停止が想定より早く解決したとしても、内定式に参加するようなことはないだろう。


 CIL側も、岩垣ゆづきから予定より早い便で羽田に到着したと報告を受けた以上、再度確認をとるような真似はしない。

 携帯番号も今日と明日についてはこちらの携帯へとかけてくれる。

 直接岩垣に繋がることはない。


 これで晴れて私は、堂々と岩垣ゆづきとして内定式に参加できる。


 今から羽田を出ると大分早い時間にCILに着いてしまう。

 早めに行く必要はあるのだが、早すぎてもいけない。


 小田原のスケジュールでは昼食を早めに済ませて、昼休憩中にCIL新社屋から最寄り駅まで向かうとなっていた。

 駅までは歩ける距離だが、業務での移動なら小田原はバスを使うだろう。

 となれば到着時刻もおおよそ見当がつく。


 小田原が出迎えに立つタイミング。

 さらに言うならば、他の内定者たちと一緒にバスに乗れるタイミングが好ましい。


 電車の遅延も考慮して乗換駅までは早めに着くようにしておけば、最悪タクシーで最寄り駅まで行ける。

 計画を決定し、余った時間をどうするか考える。

 CILには観光すると言ってしまった。

 乗換駅で時間を潰しても良いが、わざわざ羽田空港まで来たので空港内でも見て回ることにしよう。


 北海道へ行くときは急いでいてほとんど見て回れなかった。

 その前に来たときは仕事だったので、ささっと1人やって直ぐ帰ってしまった。


 たまには普通の観光も悪くない。


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