第38話 反省会①


◆ 反省会①


 依頼を受けてまず始めたのは、標的。山辺舜介についての調査だ。


 山辺舜介。76歳。

 大学でセラミックを学び、在学中に渡米。

 向こうの大学で先端セラミックについて学び、材料系の優れた発明をするも、取得特許の請求項が不十分で苦い思いをしたようだ。


 その結果、特許を最重視した会社を作ろうと決意し、帰国後は大手材料メーカーに就職。数年実務経験を積んだ後、独立してCILを起業する。


 CILはセラミックにこだわることなく、当時開発の進んでいた半導体エッチング装置向けの材料開発に注力し成功。

 その技術を特許化。収益を安定させた後、様々な半導体製造装置向けの材料開発を推し進め成功。

 更には次世代を見越して多角化。

 医療用材料、リチウムイオンバッテリー向けの材料開発でも収益を上げるようになる。


 幅広く絨毯爆撃の如く特許取得をする手法は業界では恐れられている。

 山辺が夢見た、特許取得とその活用を主体とした企業がそのまま実現されたのだ。


 CILがいわゆるパテントトロールと異なるのは、CIL自身が研究開発を行い、量産技術の確立まで実施するところだ。

 CILの技術は実用可能なものであり、特許とあわせてノウハウも販売するため、買う側からはメリットが多い。多少技術利用料が高くても顧客は満足する。


 そして買わなかった企業に対しては特許料の請求を行う。CILは特許で戦うことを念頭に設立された企業だ。確固たる技術もあり全て自社開発であるから、パテントトロール防止法による対応は不可能。

 何より、CILが特許料請求に訪れるときは、彼らが確固たる特許侵害の証拠を掴んだときだ。請求を受けた企業は特許使用料を支払わざるを得ない。

 こうしてCILは企業規模に対して、大きすぎる利益率での経営を続けていた。


 しかしそんなCILの社長である山辺は、企業利益に対して報酬が極端に少ない。

 彼は会社の稼いだお金は第1に次の研究への投資へ充て、第2に社員へ還元している。社長や役員報酬はその次だ。


 それでも貰うべき金額は貰っている。一般人から見れば十分な額だ。

 山辺の自宅は都内の高級住宅街。

 彼はCIL起業にあたり、過去に取得したセラミックに関する特許全てを権利譲渡し、20代にして莫大な富を築いていた。

 住宅の構えは、高級住宅街の中でも立派な部類に入るだろう。


 自宅周辺の下見へ向かうことにした。

 高級住宅街だけあって、自宅周囲の警備システムは厳しい。

 それに住宅街全体が警備システムを導入し、至る所に監視カメラがある。

 この住宅街で犯行に及ぶのは避けたいところだ。


 あまりうろうろ出来ないが、かといって標的の家を監視する良い場所もない。

 偶然通りかかった風を装って歩いていると、標的宅からシルバーのレクサスLSが出てきた。

 運転席には60代くらいの男性。

 標的は後部座席左側。他には誰も乗っていない。


 通勤だろうか。CILまでは車ならここから1時間かからない程度だろう。

 時刻を確認すると9時前を示していた。


 自動車事故の可能性を考えてみる。

 地図を見て、ここからCILまでの経路を辿る。

 事故死させるのに相応しい場所がない。住宅街から混雑続く道ばかりで、死亡事故に必要な速度が出せる道がないのだ。崖もないから転落事故も装えない。

 踏み切の中で停止させるにも、通過する踏切は駅の近くで電車側の速度が足りない。容易に停車されてしまう。


 それより車に爆弾を仕掛けた方が手っ取り早いだろう。

 ――バカな考えだ。

 思いついた案を即座に切り捨てる。


 爆弾が使われたとなれば、誰もが犯罪組織による犯行を疑う。

 私の強みは一見して犯罪組織とは思われないこと。それをわざわざ捨てるような真似はしたくない。


 とにかく、出社後の標的の様子を確認しなければならない。

 CILへと向かうことにした。

 電車と徒歩で2時間近く。CILは大通りから離れた場所にあった。

 既にレクサスは到着している。


 CILには2つの社屋がある。

 量産工程を開発するための中規模な製造装置を持つ既存社屋。

 先端開発のための小規模な製造装置がある新社屋。特許業務もこちらの社屋を中心に行われているようだ。


 レクサスが停まっていたのは新社屋の方だ。

 会社の前を通り過ぎながらレクサスの位置を確認する。

 発電機用の燃料タンクの前にあった。

 運転手は乗っていない。社長を降ろした後は別の業務に当たるようだ。


 搬入用の門には監視カメラ。しかしそこから正門までの間にカメラはない。

 金網と生け垣で遮られているが、逆に言えばそれだけ。

 ラジコンでも用意すれば、レクサスの車体下部に爆弾を仕掛けられる。

 それは最後の手段ではあるけど、ともかくこれで殺せませんでしたという結末はなくなった。


 通勤以外を狙うのであれば、社内へ侵入しなければならない。

 CILについて、もう少し深く調べてみよう。


    ◇    ◇    ◇


 求人情報を確かめたがCILは清掃員の募集をしていなかった。

 しかし清掃員が出入りしているのは確認済み。

 彼らは社員より2時間ほど早く出社して、午前中には退社する。


 彼らの身元について調査したところ、社員の親族や、会社や社員寮の付近に住んでいる人物ばかりだった。

 CILは清掃員すら、信頼できる人物のみを雇っているらしい。

 どうも標的の山辺は、情報漏洩を極端に気にしているようだ。


 そのため社内の電気設備やネットワーク、製造装置の改造や修理も、可能な限り社員に資格を取らせて対応させている。

 非常用の発電機まで自社で用意している程の徹底ぶりだ。


 されどそんな中で、食堂は食堂運営会社に委託していた。

 社員が仕事に集中できるように――というのは建前で、どうも勤務途中に外出して情報漏洩されるのを嫌ったため、1日3食を食堂で提供しているようだ。


 問題は食堂の人員は十分で、追加の予定はないことだ。


 委託業者は関東フードサービス。

 そこからCILへと派遣されている人材について調査する。

 関東フードサービスの人事部が入った建物は、セキュリティが緩くビルメンテナンス業者を装って簡単に潜入できた。


 CILには既存社屋、新社屋両方に食堂がある。

 知りたいのは標的が主に使用する新社屋の方だ。


 新社屋食堂に派遣されている人物について履歴書を確認。

 海老塚治。若いが、大柄な男性だからダメだ。彼がいなくなったとすれば、会社は新たに男性を派遣するだろう。


 派遣職員の中には年配の女性もいる。

 排除するのは簡単そうだが、シルバー人材とそれ以外で採用区分が異なるかも知れない。


 排除するとすれば、同い年くらいの女性が好ましい。

 リストの最後に、条件に合致する女性がいた。


 沢水玲奈。25歳。

 顔写真を見る限り、消化器官が弱そうだ。申し訳ないけど、彼女には少しだけ席を空けて貰おう。


 翌日から出退勤する沢水の様子を観察した。

 CIL新社屋の斜め向かいにある物流倉庫の一角に、使っていない部屋があったので勝手に拝借して拠点とした。


 彼女のシフトは2パターン。

 昼食準備から入って夕食準備まで行うシフトと、昼食営業から入って夕食営業まで行うシフト。

 後者の場合、彼女は食堂で夕食を食べる。

 しかし前者の場合は外食する。


 立ち寄る店は、帰路の途中にある比較的安価な店。選択肢は8つほど。

 都合の良いことに、彼女は外食の際は1人だ。


 今日の沢水は早出のシフトだ。

 彼女が夕刻、CILの業者玄関を出るのを確認すると、私も外に出た。


 顔を覚えられない自信はあったが念のため変装しておく。

 年上に成りすますのは簡単だ。

 メイクとカツラ、それから衣服に気を使えば40代くらいの女性を装える。


 帰路についた沢水を尾行。

 彼女はファミレス前を通過し、夕食営業のあるカフェも通り過ぎた。

 そして本来バスに乗るはずのバス停を通過。

 その先にある、ラーメン屋の前で立ち止まった。


 彼女は店の前に置かれた看板を見ていた。

 鳥白湯ラーメンが一番人気の店だ。

 彼女はしばらく看板を眺めた後、今日の夕食はここに決めたらしい。のれんをくぐった。


 私も店の前に立つ。

 看板の写真を確認。

鳥白湯ラーメン。トッピングに蒸し鶏が載っているようだ。

写真の見た目を良くするためだろうか、ラーメンに載った蒸し鶏は中心部分がピンク色だった。


 のれんをくぐって店内に入る。

 夕食時であり、近くに大学もあるため店は混雑していた。


 沢水はカウンター席に居て、右隣に男性が座っていたが、左隣は空いていた。


 彼女の注文は――鳥白湯ラーメン。

 そんなものを頼んでしまって良いのだろうか?

 もし蒸し鶏の加熱が不十分だったら、大変なことになるのに。


 私は培養したカンピロバクターの入った金属カプセルを袖に忍ばせると、店員に案内されて沢水玲奈の隣に座った。


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