第34話 事情聴取:内定者 天野 由梨


◆ 事情聴取:内定者 天野あまの 由梨ゆり 24歳 女性


 天野はCIL来客用玄関から入って直ぐの椅子に座り休んでいた。

 小林は彼女へと声をかける。


「天野さん。体調はどうですか?」


 天野はややゆっくりとした動きで顔を上げると答えた。


「ぼーっとしますが、大丈夫です。

 もう1人でも歩けますが、笠島先生に気を使って頂いて、ホテルまで送って貰うことになりました。

 ――警察の方ですよね? 私に何か聞きたいことがあるとか。

 あまり大したことは答えられないと思いますけど、なんでしょう」


 天野は聴取を拒否しない様子だった。

 ただ小林達は彼女の身体を気遣って、その場で簡単に聴取を済ませることにした。


 まず最初に大森が問う。


「内定者の中では一番早くCILに着いたそうだが、一緒に来た3人に変わったところはなかっただろうか」


「一緒に来た人ですか……?

 変わったところはなかった、ですよ」


 彼女は戸惑いながら答える。大森がなにを気にしているのか分かっていないようだった。


「では問いをかえよう。

 人事の鈴木に研修室へ案内された後、一時的に人事社員がいなくなったはずだ。

 その時に研修室から出た人物はいたか?」


「確か、宮本さんがお手洗いに行っていました。

 そのあと岩垣さんも。

 ですけど、直ぐに佐藤さんが来ましたよ」


「研修室に残っていたのはあなたと、豊福だったか。

 佐藤が来るまでの間はなにを?」


「机の上にあった資料を読んでました。

 豊福さんはいろいろと話しかけて来ましたけど。

 研究に関することが多かったです。

 なんというか、研究熱心な人だなと思いました」


 天野は豊福の証言通り、鈴木が研修室を後にしてから佐藤が戻るまでの間、ずっと研修室に居たようだ。

 この時点で、天野が研修室を抜け出して食堂倉庫に侵入した可能性は無くなった。


 大森は社内見学について問う。


「社内見学で1階の展示室に行った際、誰がトイレに行ったか覚えているだろうか」


 天野は思い出すように中空を見つめてから答える。


「全員は、覚えてません。

 私は行きました。

 展示室を出入りする人を見て、空いていそうなタイミングで出ました。

 私が出たとき、豊福さんも展示室を出たと思います。

 それから私が戻ったのを見て、岩垣さんが出て行きました。

 そんな感じで分散して順番に行っていました」


 天野の証言について、大森は全員の行動を覚えていないのも仕方がないだろうと諦めた。

 内定者は21名。

 それが展示室の説明を受けながらバラバラにトイレに出入りしたのだ。

 しかも内定者同士も、面接で顔を合わせたことがある程度で、ほとんどは初対面だった。

 把握し切れているはずがない。


 大森は内定者達の確認を終えると後を小林に任せた。

 小林は懇親会について問う。


「懇親会のことを教えて下さい。

 一升瓶ビールを飲んだのですよね?」


「はい。

 一升瓶が運ばれてくる最中に鈴木さんが説明してくれました。

 地元のビールだということで、折角だから飲んでみようと思いました。

 普段ビールはあまり飲みません。――飲み会には行きますよ。ただ、甘いお酒を少し飲む程度です。

 なので最初、ふらふらし始めたときはビールのせいかと思いました」


「ビールは誰から受け取りました?」


「確か技術部長の方でした。

 ――何か入れているような様子はなかった、はずです」


「分かりました。

 では乾杯の後は誰と居ましたか?」


「豊福さんと、山辺社長と居ました。

 豊福さんが社長と話し始めて、近くに居た私はその場を離れづらくなりました。

 なのでしばらく2人の会話を聞いてました。

 そうしたら、社長が座り込んで……。

 凄い、引きつった顔をしていたのを覚えています。それにちょっと驚きました」


「悲鳴を上げたそうですが」


「悲鳴……だったのかも知れません。

 突然のことでよく覚えていません。でも声を出したのは間違いないです」


「その後のことを、思い出せる範囲で良いので話して下さい」


「佐藤さんとか、会社の人が社長の周りで処置をしていました。

 その間、鈴木さんに少し離れた場所に案内されました。

 内定者はそこに集まっていました」


「全員でしたか?」


「いいえ。他の場所に居た人も居ます。

 覚えている範囲では、宮本さんと岩垣さんが、サポートの小田原さんと一緒に離れた場所に居ました」


「その場所は分かりますか?」


 小林が見取り図を示すと、天野は血の気の失せた真っ白な指で売店の前辺りを指した。

 それは岩垣の証言通りの場所だった。

 天野は促されると、更に先の話をする。


「時間が経つにつれて段々と症状が強くなりました。

 薬のせいだとは思いませんでした。

 アルコールか、社長の引きつった顔を見たショックだと思っていたんです。

 ずっと続く、立ちくらみみたいな状態です。


 それから、一時的に意識を失って、直ぐに回復したみたいです。

 でも体調は悪いままで結局病院で見て貰いました。

 病院の先生は、入院の必要はないからゆっくり休むようにとおっしゃってくれました。

 それを聞いて安心したら随分体調は良くなりました」


 天野は真っ白な顔にほのかな笑みを浮かべる。

 低血圧症について医師は問題ないと判断している。それに笠島も、ラジレスのみの投与であれば命に別状はないと言っていた。

 特別な処置は必要ないだろう。


「出身は長野のそうですが、ホテルはどちらに?

 念のため、滞在先を教えて下さい」


 小林の申し出に、天野は印刷されたホテルの予約表を示した。


「サポートの方にとって頂きました。

 日帰りも出来る距離ですけど、遅くなった場合のことを考えて元々1泊する予定でした」


「ありがとうございます。何かあれば話を伺いに行くかも知れません」


「はい。お役に立てるのでしたら。

 体調に問題なければ、明日の昼には長野に帰る予定です」


 天野の聴取はそれで終わった。

 私物をまとめ、着替えてきた笠島がやってきて、小林達に挨拶すると天野を連れて外に出て行く。

 笠島の運転する車に乗って、天野はCILから出て行った。


 ひとまず本日分の聴取を終え、小林と大森は視線を交わす。


「どうにも、とっかかりの見えない事件です。

 害者の山辺は確かに社員から嫌われていたようですが、殺意を抱かれるほどとは思えません。

 と言っても動機から追うしかありません。

 こちらは害者の家族や、CIL役員達に話を聞いてみることにします」


 小林が捜査方針を述べる。

 所轄と組対。2つの組織が同じ事件を扱う以上、捜査方針は共有しておいた方が良い。

 大森も現段階での見通しと今後について述べる。


「こちらは外部犯の線で捜査を続ける。

 内定者については学校側への身元確認を進める。誰かが入れ替わっていれば判明するだろう。

それから食堂の臨時職員だった内川についても調べる。

――内定者の荷物検査結果は?」


「共有しますよ。

 所持品の簡易リストは作ってあります。ただ、怪しい物はなにもありませんでしたよ」


 小林はリストを大森へ渡すように部下へと指示を飛ばした。


 2人が外に出ると、すっかり夜も更けていた。

 鑑識による4階食堂周辺の捜査は夜通し続けられることになるが、小林と大森はひとまず捜査結果を報告すべく帰路についた。


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