第29話 事情聴取:営業部長 幹 和志


◆ 事情聴取:営業部長 みき 和志かずし 43歳 男性


「どうも、営業部部長の幹です」


 幹は会議室になるなり自己紹介して、そのまま席にどっしりと腰掛けた。


 彼は大柄で、幾分か太りすぎな体つきをしていた。

 顔はぱんぱんに膨れ上がり全体的に油でテカテカとしていて、あまり清潔には見えない。

 彼は小林に求められると、CILでの経歴について話す。


「大学を卒業してCILに入って、20年ほどになります。

 営業部長を任されたのは2年程前です」


「最近ですね」


 小林が感想を述べると、幹は頷いて返す。


「ですね。

 そもそも営業部が出来たのが3年前で、当初は技術部長の米山さんが兼任していました」


「3年前? それまで営業部はなかった?」


 問いかけに対して幹は頷く。


「会社の主な収入源は特許使用料です。

 特許を使っている会社に対して料金を請求するわけです。

 当然、向こうから特許を使っていますとは言ってきませんから、必要なのは営業ではなく、解析と訴訟です」


 説明を受けた小林は「なるほど」と相槌を打つ。

 特許収入を得るために営業部門は必要なかったのだ。


「しかし技術提携もしていましたよね?」小林は問う。


「そうです。

 共同研究の形を取ったり、完成した量産技術を丸ごと売ったりしていました。

 そういうのは山辺社長が顧客を捕まえてきました。あの人は業界で顔が広いですから。


 だけど化学分野の製造も複雑化してきて、昔みたいに社長の鶴の一声で相手先を捕まえるのが難しくなりました。

 それで3年前にようやく営業部が作られたんです」


「それで成果の方は?」


「あまり芳しくないですね」


 幹は申し訳なさそうに、薄くなった頭頂部をかく。


「営業部長はどのように決められました?」


「僕は社内のことをいろいろやっていましたから、社長から便利屋だと思われたようです。

 声がでかいから営業向きだとも言われました」


「その決定に不満はありませんでしたか?」


「光栄なことですよ」


「では元々は何の仕事を?」


「社内設備の保守をしていました。

 CILは秘密保持を徹底してまして、社内のことは可能な限り自前でやる主義です。

 発電機も自前で持っています。社内の配線工事なんかもやりました。

 製造装置の故障も可能な限り自分たちで直しますし改造だってやっていました」


 CILは自前主義を徹底していたようだ。

 とはいえそう言った仕事は営業とは無関係のような気もする。

 小林は更に踏み込んで問いかける。


「営業部長でありながら雑用をやらされていたそうですね」


 幹は困ったように頭をかいて返す。


「平佐さんにはそう見えていたんでしょうね。

 雑用、と言って良いのか分かりませんが、社長宅のテレビやネットワークの設定をやっていたのは事実です。

 これはまあ、社内設備の保守をやっていた名残です。

 今でも便利屋だと思われています」


「会社の人間を自宅のために働かせるのはよくあることなのですか?」


「ええ。山辺社長はそのあたりの境界が曖昧でした。

 僕の前任で保守部門に居たリーダーは、アナログテレビの配線やアンテナ設置なんかをやっていたそうです。

 社長からすれば、社員に会社までの送迎を頼むような感覚なんだと思いますよ」


「それは嫌ではなかった?」


「度々続くと面倒にはなります。

 ですが嫌というほどじゃなかったですよ。

 頼りにされていると感じました」


 幹は社長に対する不満を口にはしなかった。

 雑用については以前からであるし、CILでは常態化していた。それだけで殺意を持つほどの不満を抱えることもなさそうだ。

 小林はそう判断して、アリバイについて確認を進める。


「本日10時以降の行動について教えて頂けますか?」


「10時から技術定例がありました。

 開発遅れを指摘されて、遅れた分、営業は先回りすることと指示を貰いました。

 定例が終わったのは11時過ぎです。

 それからは事務室で、展示会向けの資料を作っていました」


「どこの事務室ですか?」


 小林が社内見取り図に営業部事務室が存在しないので尋ねる。


「2階の技術部事務室です

 最近出来た部署なので、専用の部屋がないんですよ。

 12時までは事務室に居ました」


 技術部の事務室に居たのなら、社員に聞き込めばアリバイは確認出来るだろう。

 小林はその先について話すよう促す。


「12時から食堂へ。

 途中で人事部長と会って、そのまま社長達とご飯を食べることになりました」


「社長との昼食はよくある?」


「ありますよ。

 珍しいことじゃないです」


「それは嫌ではなかった?」


「近くに居た方が安心です。

 目の届かない場所で変な妄想をこじらせられると後から軌道修正させるのは大変ですから。

 米山さんはそれで苦労してました。ただ、あの人は根気よく説明するのが得意ですね。

 社長も技術者なので、理論立てて説明をされれば納得します。

 そのあたり、僕はまだまだです。

 話が逸れましたね……。

 食事中、社長は内定式――というより内定者の話をしていました。

 あの人は新人が大好きですから」


 幹は一呼吸置いてから、食事を終えた後の話を続ける。


「昼食後は事務室に戻りましたが13時くらいに電子開発課のリーダーから呼び出されて1階へ行きました。

 展示会のブース案を作り直す必要があるとかで、その議論に参加したんです。


 全体的な調整が必要で、15時前くらいまでやっていました。

 ただ僕が内定者に展示室を案内する係だったので、15時で抜けてそのまま展示室へ行きました。

 

 議論の方はもう大筋は固まっていて、あとは細かい調整だけだったので問題はなかったです。

 調整は電子開発課の得意とするところですから」


「展示室には1人で向かいましたか?」


「いいえ、営業部のリーダーと2人で」


「それからは展示室の案内と」


「はい。15時に内定者が来て、展示品について説明しました。

 CILの開発した技術が年代別に並んでいまして、全部説明していく時間はないので、内定者が気になった物に対して個別に対応していました」


「技術の説明は技術部の仕事ではないのですね」


「開発するのが技術部の仕事です。

 開発された技術を伝えるのが営業部の仕事ですね」


「なるほど。

 展示室の見学は15:20まででしたね」


「はい。それから内定式に参加しました。

 内定者の入場直前に、役員席にすわりました」


「それ以降、社長とは何か話しました?」


「内定式の後、月末の展示会で食品事業のボードを展示するように言われました。

 もちろんその予定で調整していたので、既に作成に着手していると回答しました」


「開発は遅延していたそうですが、ボードは作れるのですか?」


「技術的な目処はたっています。

 開発ボードを置くくらいなら実物は必要ありませんから、問題なく作れますよ。

 こちらが先に手を打っていたので、社長は上機嫌でした。

 その後は事務室で仕事です。技術部から貰った資料を基に、ボード案を作成しました。

 懇親会までは事務室に居ました」


「食堂にはいつ頃向かいましたか?」


「乾杯の挨拶を任されていたので少し早めに行きました。

 16:50には事務室を出ました。

 既に社外取締役の方がステージ前に居たので、社長が来るまでの間はその人たちと話してました」


「一升瓶ビールが机に置かれるのは見ましたか?」


「運ばれるのを見てました。

 運んでいる人に変わったところはなかったですよ」


「では人事の鈴木さんがお茶を運んできたときは?」


「それは見ていませんでした。

 誰かと話していたと思います」


「一升瓶ビールにはラジレスが混入されていました。

 あなたはラジレスを処方されていたようですが、いつ頃からでしょうか?」


 幹は自分が疑われているのではないかと、困ったような表情で、されど疑いを晴らすべくはっきりとした口調で言った。


「5年くらい前です。

 見ての通りの体型なので。糖尿病と高血圧のための薬として処方を受けていました」


「薬はケースに入れていましたが、個数は正しいですか?」


 幹は首をかしげる。


「忘れてしまって飲まないこともあるので、正直正確な残り個数が分かりません。

 何個か減っていても気がつかないと思います」


 幹は薬のケースを取り出して机の上に置いた。

 ケースはごく普通のプラスチック製容器で、仕切りがあるわけでもなく、日付や個数の記載なども一切ない。

 錠剤がただ詰められているだけの物だ。

 これでは幹の証言通り、正確な残り個数を把握することは出来ない。


「でも誓って言いますけど、僕は薬をビールに混ぜたりしてません」


「薬の解析を進めればその辺りのことも分かると思います。

 質問を変えましょう、山辺社長がビールを注がれている時はどちらに居ましたか?」


「ステージ前です。事前に乾杯用のビールを用意していたので、ステージ前から離れませんでした」


「乾杯の音頭をとったそうですが、毎回その役目を?」


「2年前から僕が任されるようになりました。

 その前は人事部長の松ヶ崎さんが。僕が営業部長になったとき、声が通るから変わってくれと直接頼まれました」


「それは社長も承知していたのでしょうか?」


「さあ。特に何も言ってこなかったし、松ヶ崎さんから聞いていたとは思いますよ」


「では乾杯した後はどちらに居ましたか?」


「ステージ近くに居ました。

 電子開発課の課長と、仕事の話を」

 

「ずっとですか?」


「そうです。社長が倒れるまでは」


 小林は頷くと、社長が倒れた後について問う。


「山辺社長の容態を見て、自分の薬が関係しているとは考えませんでしたか?」


「全くです。

 そもそも社長が併用したらまずい薬を服用していると知らなかったですから」


「脳卒中で倒れて薬を処方されたことは知っていた?」


「それは知っていました。ただ何の薬かは知りません。

 先ほど言ったとおり、僕は社内設備の保守をやっていた人間です。

 薬についての知識は全くと言って良いほどありません」


 幹は山辺社長が処方されていた薬については一切知らないと証言した。

 自分の処方されている薬の名称も知らなかったくらいだから、あまり薬に興味もないのだろう。


 小林は彼から、社長を殺害する動機について聞き出そうと質問を切り替えた。


「営業部が山辺社長から叱責されることはありませんでしたか?」


「しょっちゅうでした。

 稼ぐのは特許ばかりで営業部が収益を上げたことはありません、

 社長が提携先を持ってこない限り、技術提携が出来ていない状態でした。

 

 それでも対外アピールは上手くやれています。

 会社の知名度も上がっていました。

 いくつかの食品会社から、開発中の酵素について資料を頂きたいと連絡があったところです。

 展示会では直接話せるブースも作るし、営業部はこれからというところだったんです」


 営業部は成果を出せていないものの、兆しは見えていた。

 収益獲得まであと一歩のところだった。

 長らく叱責されてきたとはいえ、このタイミングで社長を殺害する意味は薄いだろう。


「では社長が亡くなった後、次の社長が誰になるのかご存知でしょうか?」


「そういうのは決めていないはずです。

 ただ僕でないのは間違いないですね。

 技術の会社だから、米山さんでは?」


「米山さんですか。

 幹さんは、自分が社長になれないことをどう思いますか?」


「どうと言われても、当然だとしか」


 幹は社長の椅子に執着しているわけでも無さそうだ。

 それは経歴から見ても明らかで、米山や松ヶ崎が居なかったとしても、彼が社長に抜擢される可能性は限りなくゼロに近いだろう。


 小林は質問を終えると、大森へと視線を向けた。

 彼はそれを受けて、幹へと問いかける。


「技術について質問なのだが、開発中の酵素とはどんな代物だろうか」


 彼は問いかけに対して即答した。

 営業部として技術内容を説明する仕事に就いているためか、今までの受け答えよりも慣れた話しぶりだった。


「食肉に作用して調理を容易にする酵素です。

 豚カツを作る際、下準備が大変です。それを酵素で代替しようという試みでした。


 肉を柔らかくし、下味をつけ、衣をつけるところまで1工程で完結します。

 あとは揚げるだけなので、フライヤーがあれば自動調理可能です」


「それを量産化されると誰かが困るだろうか?」


 その問いには悩む素振りを見せてから答える。


「これまで豚肉の加工機械を作っていたメーカーや、手間暇かけていた職人とかですかね?

 ただかなりニッチな酵素だと伺ってますよ。

 大問題になったりしないのでは?

 酵素が出来ても従来の仕事が完全になくなるわけじゃないですよ」


「酵素開発が理由で社長が殺される可能性はないと考えてよいか」


「僕はそう思います。

 まだ量産の見通しも立っていないこれからの技術です。

 食品事業を理由で殺されるとは考えにくいですよ」


「ではそれ以外の心当たりは?」


「僕には思い浮かびません。

 社内ではいろいろ言う人だけど、それでもみんなそういう人だと分かってます。

 社外ではむしろいい人です。外の人には優しいですよ。

 出入りの食堂業者とのトラブルもありませんでした」


「社長宅の家電の設定もしていたそうだが、近所づきあいについては何か知っているだろうか」


「地域の人とも関係は良好でした。高級住宅街で、近所トラブルはなかったはずです。

 詳しいことは奥さんに聞いて下さい。


 会社のあるこの辺りでもトラブルはないです。

 地域には貢献していますから。

 地域学生への支援も積極的に行っていました。とにかく若い人を支援するのが好きな人でした。

 社外では嫌われるような人じゃないですよ」


 幹が答え終わると、大森は相づちうって、聴取の進行を小林に任せた。

 小林は最後に何か伝えておきたいことはないか問う。

 幹は自分の薬を社長に飲ませたりしていないし、社長の飲んでいた薬についても知らなかったとだけ答えた。


 彼が退室すると、大森は呟く。


「社員に聞き取りすれば、幹の10時から15時までの行動は分かりそうだな」


「その場合、食堂倉庫には入ってないことになりますが。

 ただラジレスの入手元が幹の処方薬だった可能性は十分に考えられます」


「そこは鑑識に任せるとしよう。

 慈悲心鳥の犯行だったとしても、事前に社内でラジレスを回収していた可能性は考えられる」


「わざわざ殺し屋が幹から薬を盗むとは考えにくいですけどね。

 次は人事部ですが、順番はこちらで決めて構いませんね」


「可能なら鈴木か佐藤を先にしてくれ」


 小林は肩をすくめて見せて、では鈴木からにしましょうと返した。

 それを受けて、小林の部下は足早に会議室を後にした。


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