第27話 事情聴取:食堂リーダー 栗原 典義
◆ 事情聴取:食堂リーダー
「栗原だ。
CIL新社屋食堂のリーダーをしてる。
ここに赴任して、大体8年になるかな」
栗原は大柄で若干太り気味の男性だった。
彼は警察相手でも物怖じすることなく、はきはきと話すべきことを話す。
「一升瓶ビールについては着任当初から頼んでる。
昔はもっと何本も発注してたけど、社長が脳卒中で倒れてからは1本になったな」
「あれは誰でも自由に飲んで良いものだったのですか?」
「別に構わないはずだ。
社長が飲んで、それから新人、今回なら内定者か。
他にも役員とか人事部とか。それでも余ったら社員達が普通に飲んでいた」
「納入時について先ほど説明頂きましたが、何か不審な点を思い出したりしませんか?」
栗原は少しだけ思案して、結局首を横に振った。
「思い返しても、なにも変わったとことはなかった」
「倉庫にしまってから、冷蔵庫を開けることは?」
「開けたが、一升瓶を気にはしなかった。
なくなりもしたら気がついただろうけど、ずっと同じ場所にあったわけだから」
冷蔵庫に入っていた一升瓶ビールに、誰かが薬を仕込んだとしても、栓を元に戻されていたら気がつかないだろう。
一升瓶ビールに不審な点は認められなかったという栗原の証言を受け止めて、小林は問いかけを切り替える。
「納入してから懇親会までの間、倉庫に誰が入ったか把握していますか?」
「全員を把握してはいない。
ただ11時頃には昼食組が出社してきて着替えていただろうな」
「その様子は見ていた?」
「まさか。
厨房で、昼食の準備をしていた。
もし11時を過ぎても厨房に来ない職員がいたら様子を見に行っただろうが、今日の昼食組は3人とも時間前に来ていたから」
「それから12時までに倉庫との出入りはありましたか?」
「昼食の準備で何人か出入りしたかも知れない。
でも頻度は少なかったはず。
昼食で使う食材は厨房の大型冷蔵庫に入れてたから」
「では昼食の時間帯はどうでしょう?」
「食堂職員は全員厨房か食堂にいたはず。
少なくとも、厨房の出入り口から抜け出した人は居なかったんじゃないか?」
「13時までは出入りなしと。
ではその後は?」
「13:00から昼食を取った。
職員全員集まって、食堂内で。13:30まで誰も席を離れなかった。
それから14:30位まで掃除だが、流石に掃除中の人の動きまでは追えていない。
不要なものを倉庫に戻したり、洗剤や調味料の補充のため倉庫に行ったりしただろう。
ただそんなに多くはないと思う。
14:30まではほとんど厨房か食堂に居たんじゃないか」
栗原の発言は、沢水と海老塚の証言とは矛盾しなかった。
小林が「栗原さん自身は?」と問うと、彼は「ずっと食堂に居た」と答えた。
「厨房を抜け出すのは難しかったでしょうか?」
「厨房の扉は金属製で、開けたらちょっとうるさい。こっそり行くのは難しいだろうな」
「では14:30までは食堂職員はほとんど倉庫には行かなかったと。
以降はどうでしょう」
「それ以降なら、何人も倉庫に行ったはず。
朝番で夕方まで働く職員が休憩をとったり、早く帰るパートの職員が着替えるから。
自分は次の食材発注作業のために15:00からしばらく倉庫に居た。
発注用のPCが倉庫にあるんだ」
「それはいつ頃まで?」
「宴会業者が来るまで。
15:30くらいだったかな」
「以降は食堂に?」
「いや、発注作業の続きもあったし、16:00くらいまでは度々倉庫に出入りしていた。
ただ倉庫には誰かしら居たよ。
さっき夕方で帰るパート職員の話をしただろう?
彼女たちが、懇親会の料理を持って帰ろうと画策しててね。2人ほど、17時近くまでずっと倉庫にいたよ」
「そのパート職員の名前を教えて頂いても」
小林の要望に栗原は応じた。
ただ「彼女たちは殺人をするような人じゃない」とは付け加えた。
「懇親会の料理を持ち出すのは問題ないのですか?」
「毎回多めに用意するから結構余るんだ。
だから持って帰って構わないとCILサポートの方から許可は出てる。どうせ廃棄するのはうちと宴会業者だしな。
始まる前に持ち出すのはルール違反かも知れんが、実際のところ多少デザートをくすねたところで、全く問題はない」
料理の扱いについては適当だったようだ。
確かに廃棄となればお金もかかるし、必要な人が持って帰るならそのほうが望ましいのだろう。
しかしそのおかげで、15:00から17:00まで、食堂倉庫内で薬を仕込むのはほぼ不可能だったのが分かった。
そのパートは既に帰宅済みだが、明日聴取をとれればそれは確実になる。
倉庫内の状況について確かめると、小林は17:00以降について尋ねる。
「一升瓶ビールを出したのは17:00過ぎとのことでしたね」
「ええ。
山辺社長の姿が見えて、大体社員も集まったようだから。
ちょうどカウンター前を海老塚君が通りかかったんで声をかけて、倉庫から一升瓶を持ち出した」
「その時倉庫には誰か居ましたか?」
「さっき言ったパートの2人が。丁度帰るところだった」
「ではその後は倉庫内に1人で?」
「そうは言っても、冷蔵庫を開けて一升瓶を取り出すだけだから一瞬だ。
一升瓶を持って廊下に出たとき、2人ともまだ廊下に居たよ。
管理ゲートを開けてるところだった」
栗原が倉庫内に1人だったのは一瞬だった。
となれば薬は入れられない。
栓を開けて薬を混入させ、再び栓を閉めるのには時間を要する。
この辺りも含めてパートに確認すれば良いだろう。
「厨房に戻ってからは?」
「そのままカウンターで海老塚君に渡した」
「栓を開けたのは彼ですね。
開けるところを見ていましたか?」
「いいや。運ぶように頼んで、直ぐに宴会業者への指示出しに向かったから」
「そうですか。
それ以降も一升瓶ビールは気にかけませんでしたか?」
「そうなる。
山辺社長が倒れて懇親会が中止になるまで、料理の方で手一杯だった」
栗原の仕事内容について確認を終え、小林は大森へと伺うように視線を向けた。
彼はそれを聴取の進行を任されたと受け取って、早速気になっていたことを尋ねる。
「沢水についてだが、彼女の休みは突然だったのか?」
「そりゃそうだ。
朝、出勤前の健康チェックで体温が引っかかったって本人から電話があって」
「その時あなたは何と指示を?」
「出勤停止して、病院に行くように。
沢水君は近所の内科を受診したそうだが、そこが消化器内科で、大腸炎の疑いがあったから総合病院に送られた。
午後一番くらいには大腸炎だって報告があって、直ぐに会社に――関東フードサービスへ伝えた」
「CILには?」
「してない。
大腸炎の原因はラーメンだと分かっていた。CILで提供した食事に問題がない以上、報告義務はない」
「業務に支障は?」
「そりゃあある。
ただ1人居なくなってもその日は回せた。
CILの食堂はまだ余裕があるから。
だけど何日も続くと話は別だ。シフトの薄いところに沢水君が入っていたら、組み直さないといけない。と言ってもパート職員は勤務時間に融通が利かない。
直ぐに会社へ臨時の人材を送るように伝えた」
「その結果内川綾乃がやって来たと。
内川が来たのは沢水が休んでから何日後ですか?」
「翌日から」
「翌日?
そんな都合良く、臨時で短期の働き手が来たのか?
それとも内川は以前から関東フードサービスに在籍していたのか?」
「短期間契約で新規に雇ったと聞いてる。
別に変な話でも無い。
パートの募集は常にかけてる。
たまたま良いタイミングで内川君が来たんじゃないか?
彼女は10月から新しい職場が決まっていて、それまでの間だけ働ける場所を探していた。
彼女の希望と、会社側の希望が一致した。
それだけの話だろう。詳しい話は会社の採用担当に聞いてくれ」
栗原はなにも問題はないと言った態度だった。
大森は内川が採用されたのが、偶然とは考えられなかった。
しかしそれを栗原に聞いても埒があかない。内川と面接して、彼女を採用した人間に問いたださなくてはならないだろう。
「内川はどういう人物だった?」
「仕事に真面目な人だ。
短期契約だとどうせ直ぐ辞めるからと手を抜く人間も居るが、彼女はそう言うのとは正反対。短期だからこそ、しっかり働いてくれる人だった。
10月からは病院の受付事務をすると言っていた。
新しい職場でもきっといい仕事をするだろうよ」
「どこの病院か聞いているか?」
「そこまでは聞いてない。関東だとは言ってたかな」
関東の病院では範囲が広すぎてとても絞り込めない。
大森は手帳にメモしたが、あまり重要な情報だとは考えなかった。
「彼女に不審な点は?
山辺社長について聞いて回ったりしなかったか?」
「そんな聞いて回るようなことはしてなかった。
遅刻もないし、本当に仕事熱心。
ああそうだ。引っ越し後の生活費を稼いでおきたいと言っていたよ。だから長時間勤務も快く引き受けてくれた」
それは社内の様子を深く探るためだ。大森は内心で呟く。
「内川を最後に見たのは?」
「先週の金曜。最後の出勤日だ。当然だろう?」
「では質問を変えよう。
内川は懇親会について知っていたか?」
「もちろん。
食堂の献立表にも懇親会の記載はある」
「一升瓶ビールを発注するということも?」
「知っていても不思議はないな。
翌週の注文については一覧が倉庫に貼ってあった」
「その一升瓶ビールを毎回山辺社長が必ず飲むことは知っていたか?」
「そこまでは分からない」
かぶりを振る栗原に、大森は諦め気味に咳払いをした。
「連絡先は頂けるか?」
「個人携帯の番号なら。
俺から渡したことは言いふらさないでくれ」
電話番号の書かれたメモ用紙が机の上に置かれると、大森は「情報提供者については口外しない」と約束してそれを部下に渡した。
大森は内川綾乃の履歴書を机の上に置く。
茶色い髪の、快活そうな印象の女性の顔写真が貼り付けられている。
「今日、内川の姿を見たりしていないか?」
栗原はきょとんとして首をかしげ、それから声を出して笑った。
「内川君ならもう新しい職場ですよ。
先週を最後に、全く見てません」
「もしこの人物が内定者に変装していたら見抜けるか?」
「そりゃ、3週間一緒に働いたから分かる。
もし気になるなら確かめてみたら良い。
食堂の壁に内定者の写真が貼ってあるから、見比べたら良いんじゃないか」
「問題なのは顔写真ではなく、今日内定式にやって来た人物だ。
だが、そうだな。一考してみよう。
念のため確認するが、復帰した沢水玲奈は、間違いなく沢水玲奈だな?」
「それこそ間違いない。
少し痩せたとは思うが、本人だよ。
念のためこれを」
栗原は沢水玲奈の履歴書のコピーを置いた。5年以上前の物なので写真は今より少しばかり若いが、書かれている情報は出勤している彼女が本人かどうか確かめるのに重要な物だ。
「ありがたく頂こう」
大森は履歴書を受け取ると、小林へと「自分からは以上」と伝えた。
後を引き継いだ小林は山辺社長について尋ねる。
「食堂職員と山辺社長の間でトラブルはなかったと聞きましたが、間違いないですか?」
「間違いない。
もし気になるなら、既存社屋の食堂リーダーに尋ねてみてくれ。
彼の方がCIL歴は長いから」
「そうでしたか。ではそちらにも確認させて頂きます」
最後に何か伝えておきたいことはあるかと尋ねると、栗原は「内川君も沢水君も、あなたたちが思うような怪しいところはないよ」と言い残して退室した。
「こっちまで内川や沢水を疑っていると思われましたよ」
「少なくとも沢水は、動機があれば犯行は可能だった。
――生憎なさそうだが」
「内川に犯行は不可能ですよ」
「内川にはな。
だが内定者の誰かに成り代わって潜入していれば――」
「それも、どうでしょうね。
次は動機が最もありそうな、技術部長の米山を呼びます」
「人事を先にして欲しいが――いや構わない。
技術の話も重要だからな。
人事は最後にまとめて聞くとしよう」
「最後で良いのでしたら、技術部長、営業部長、その後人事としましょう」
小林の方針に大森は異を唱えなかった。
早速、小林の部下は米山を呼びに会議室を後にした。
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