第23話 事情聴取:CILサポート社員 小田原 千絵


◆ 事情聴取:CILサポート社員 小田原おだわら 千絵ちえ 20歳 女性


 小田原は入室すると一礼して席に腰掛けた。


 着ているのは黄色と白でデザインされたCILの社服。

 小田原は小柄で痩せ気味。伸ばしかけた髪は後ろで1つ結ばれている。

 顔つきは垂れ目気味で没個性的。美人とは言いがたいが、悪目立ちもしない普遍的な顔つきをしていた。


 小林が自己紹介するように切り出すと、小田原は応じる。


「小田原千絵。20歳です。

 CILに入社して、そこからCILの事務方や福利厚生を行うCILサポートへ出向という形になっています。

 入社2年目で、福利厚生、社内環境の整備、業者対応を主に担当しています」


「CILサポートという別会社とのことですが、CIL社員との扱いの差はありますか?」


「ほとんどありません。

 便宜上分けているだけのようです」


「社員証で通行可能な場所にも差はない?」


「はい。社員が通れる場所でしたら自由に出入りできます。

 その他に私はサポートの事務室に入れます。

 入れない場所は、専門の技術職の方しか入れないエリア等ですね」


「内定者の新幹線やホテルを手配したそうですね」


「はい。手配しました。

 事前に人事の方から内定者の方へ出欠と交通手段、宿泊希望について確認をとっていました。

 その結果を受け取って、内定者さんの希望に添うように往復の交通手段と宿泊場所の手配を行いました」


 小田原が説明すると、大森が小さく手を上げて発言を申し出る。


「使用する交通手段や宿泊場所についての情報は他に誰か知っているか?」


「当然人事の方はご存知です。

 それに決済の関係でサポートの上司と財務部の方が。発注内容は資材調達部の方も目を通しています」


「それ以外では内容を知らないと考えてよろしいか?」


 小田原はかぶりを振った。


「発注内容は全て社内システムで共有されています。

 社員でしたら、私の名前で検索をかけて発注内容を確認することは可能です。

 例えば何月何日にホテルを何部屋とったとか、何号の新幹線のチケットを取っているといった情報です」


 内定者の交通手段、宿泊場所は社内でほとんど障害なく閲覧可能だった。

 それを知った上で大森は問う。


「社員、と言ったが、例えば食堂の職員は?」


「閲覧不可能です。

 食堂の方が使用している発注システムでは食堂に関する内容しか閲覧できません」


「そういった人間に対して、発注内容を見せたか?」


「……見せていません」


 小田原の回答に若干の間があった。

 大森はその間を見逃さず、間髪入れず問う。


「例えば食堂の短期契約者――」


「見せていません」


 今度ははっきりとした声で小田原は言い切った。

 大森は「なら結構」と質問を打ち切り、進行を小林に任せる。


「では本日の業務内容について教えて下さい。

 10時に食堂の納入業者が来たとのことでしたね」


「はい。

 栗原さんと一緒に、10時に業者玄関の前で納入業者さんを迎えました。

 これも説明したと思いますが、納入業者さんはいつもと同じ人です。


 納入品を確認して、注文通りでしたので書類にサインしました。

 一升瓶ビールもありましたが、蓋の状態までは確認していません。

ただ一目で開いていると分かるような状態ではありませんでした。それに台車に載せるとき傾けましたけど中身はこぼれませんでした。


台車に載せて、4階の食堂倉庫まで運びました。

これも説明通りですね」


「搬入が終わったのは10時半少し前でしたね」


「はい。1階の事務室に戻って時計を確認した時、10時半になる前だったのを覚えています。

 10:30を社内便の回収時刻としているのではっきり記憶しています。

 それから社内を回って社内便を回収して、既存社屋への配達を依頼しました」


「既存社屋というのは?」


「今居るこちらが新社屋で、それ以前から使用していたのが既存社屋です。

 歩いても5分かからない距離にありますが、社内便を手で持って運ぶのは禁止されています。情報漏洩防止の観点からですね。

 ですから定期便の運転手さんに渡しました」


「なるほど。

 懇親会には既存社屋の方も参加しますよね?」


「はい。内定式に参加する方もいらっしゃいました。

 既存社屋に事務室のある社員さんは3階のロッカーを使用します。

 その準備も午前中のうちに行いました。全員分のロッカーはないので、靴を入れておく袋を用意したり、荷物の保管場所を掲示したり」


「食堂の納入以降、4階にはいきましたか?」


「昼食の時間までは行っていません。

 4階には社内便回収場所がないので」


「では昼食後の業務について教えてください」


「午後は昼食を早めに済ませて駅まで内定者さんを迎えに行きました。

 駅の出口で看板を立てて、いらっしゃった内定者さんにバスのチケットを渡します」


「最初に内定者が来たのは何時頃でしたか?」


「13:17着の電車でした。

 最初に天野さん。その後岩垣さん、宮本さん、豊福さんでした。

 4人が乗ったバスがロータリーから出て行くのを見送りました。

 それ以降も、電車が来る度に内定者さんへバスチケットを渡しました。

 21名全員がバスに乗ったのを確認して、自分もバスで会社に戻ってきました。

 会社に着いたのは14:10過ぎくらいでした。それからは事務の仕事に戻りました」


 食堂倉庫への侵入が可能だったであろう14:00までの間、小田原は内定者の出迎えに出ていた。それは内定者からも証言を得られるだろう。

 小林は内定式の時間割を見てから問う。


「15:20からの内定式には参加しました?」


「していません。内定式に参加するのは役職のついている方だけです。

 私の仕事は内定者さんをバスに乗せて会社まで案内するところまででした。会社に着いてからは人事部の鈴木さんと佐藤さんが担当しました」


「では、それ以降で食堂倉庫に行くことはありました?」


「倉庫には入りませんでしたけど、食堂には出入りしました。

 15:30頃に宴会業者さんがいらして、搬入を手伝いました。

 それから懇親会のため食堂のレイアウトを変更しました。

 宴会業者さんの確認も行っています。

 契約通りの人数と、料理についても確認しました。そのときはずっと上司が一緒でした。既存社屋からもサポートの社員が来て準備を手伝いました」


「その準備は懇親会までずっと続きましたか?」


「いいえ、通常業務で定時までに終えておかなければいけない仕事があったので、16:30頃にその場を他の方たちに任せて1階事務室へ戻りました」


 小林が念のために仕事内容を問うと、小田原はかいつまんで話した。


「クリーニング業者から届いていた洗濯済みの社服を、分別して更衣室に運びました」


 社服の話が出ると大森が質問を投げる。


「その洗濯済みの社服が届いたのは何時頃だろうか?」


「15:00少し前くらいです。

 毎週、水曜日の15:00には到着しています」


「直ぐに運ばなかった理由は?」


「私は男子更衣室に入れませんので。

 16:30から資材調達部の男性社員さんと一緒に分別を行って、そのまま各更衣室に運び込むのが習慣になっています。

 それまでは箱ごと台車に乗せて、廊下に置いてありました。台車置き場です。

 ――社服の話は重要ですか?」


 大森が熱心に耳を傾けていたので小田原は問いかけた。

 大森は時間割を眺めて思案する。

 社服が届いたのは15:00。

 それ以降16:30までは台車置き場に置かれていた。


 果たしてこの1時間半の間に、社服を抜き取ることで誰かの犯行が可能になるだろうか?

 内定者は15:00から社内見学で展示室に来ていた。

 自由にトイレへと行けたし、そこから台車置き場は扉を1つ開けて直ぐそこだ。


 だがその扉を開くには社員証が必要だ。

 事前に扉のロックを解除しておくことは出来ない。長時間扉が開いたままの状態であれば警備会社へ通報されてしまう。


 それに、15:00に社服を入手して何になるというのか。

 その時間には食堂業者が倉庫を出入りしていて、社服を着ていようと倉庫に入れば誰かに見られてしまう状況だった。

 必要なのは社服ではなく食堂職員の制服だ。


「重要だと考えている。

 そこで質問だが、クリーニングされるのは社員の社服だけか?

 食堂職員の制服は?」


「そちらは関与していません。

 食堂を運営している業者さんに任せています」


「そうか。

 ちなみに毎週水曜に着くと言ったが、出すのは何曜日だろうか」


「金曜日です。夕方で、時刻には幅がありますね」


 小林がもう質問は良いかと大森に尋ねる。

 大森が頷くのを見て、小林は本筋の話を先へ進めた。


「懇親会には参加しましたか?」


「はい。少し遅れて食堂に入りました。

 丁度、社長の挨拶が終わったタイミングでした」


「そのとき一升瓶ビールは見ました?」


「見ていません。食堂の入り口近くに居たので」


「山辺社長が倒れるまでの行動を、覚えている範囲で教えてください」


 小田原は記憶を呼び覚ますようにしながら話す。


「乾杯するために、入り口で宴会業者さんからオレンジジュースを貰いました。

 乾杯してから、内定者さんと話に行こうと思いました。

 料理テーブルに並んで地元の豚肉料理を頂いて、それを持ってステージから1つ離れたテーブルに向かいました。


 ――テーブルが目的ではなくて、そこに宮本さんが居たので。

 私も高卒枠で入社したので、彼女のことが気になっていました。

 岩垣さんとお話ししていて、緊張はしているけど打ち解けているようでした。


 社長が倒れたのは、お寿司と豚肉を交換した後でした。

 小さい悲鳴が聞こえたのを覚えています。

 その後、宮本さんの顔色が悪かったので岩垣さんと一緒にステージから離れた場所へ移動させました」


「その後、警察の捜査に協力してくださいましたね」


「はい。私はビールの納入にも立ち会いましたので。

 納入については先ほど付き添って説明させていただいたとおりです」


 小田原の証言を終えて小林はため息をつく。

 証言通りなら、小田原が犯行可能だったのは、納入業務を終えた10:30から昼食準備で食堂倉庫の人の出入りが激しくなる11:30までの間ということになる。


 倉庫への搬入タイミングで薬を一升瓶に盛ることも出来たかも知れない。

 社内を自由に歩ける上、もし食堂倉庫に立ち入っていたとしても不審に思われない彼女の犯行実現性は十分だ。


 小林はもう一方の線。

 動機という観点から彼女に尋ねる。


「地元の高校を卒業してCILに入社して2年目とのことですが、仕事内容には満足していますか?」


「はい、とても」


 小田原は2つ返事で答え、さらに続ける。


「福利厚生に幅広く関わる仕事を任せていただいています。

 サポートという別会社へ出向という形をとっていますが、他の社員さんとの差もありません。

 社員さんからもとても感謝されていますし、同期との仲も良いです。

 良い職場だと思っています」


「話によると山辺社長は社員から恨まれているようだが、これについてはどう思いますか?」


「技術や特許に携わっている同期からは愚痴のような話を聞くこともあります。

 ですがサポートはそういったのとは無縁です。社長と直接やりとりする機会もあまりないですし。

 それに愚痴を言うような人たちも、殺すほど恨んではいなかったと思います」


「あなた自身、今の配属は自分で決めましたか?」


「はい。自分で決めました。

 と言っても、入社式の後、サポートの社長から是非うちに来て欲しいと声をかけられて、それを真に受けたからですけど。

 後悔はしていませんし、私にはふさわしい場所だと思います」


 小田原は職場に対する不満を口にしない。

 小林が質問を打ち切ると、大森が変わって問いかけた。


「食堂職員の入れ替わりについてだが、今日出社していた沢水さわみず玲奈れいなは、間違いなく沢水玲奈だろうか?」


「間違いありません。

 1年半前から同じ人です」


「では沢水と入れ替わって短期間食堂で働いていた人物は?

 内川うちかわ綾乃あやのと言うそうだが」


 大森は食堂リーダーから受け取った資料を机の上に示す。

 それは内川綾乃の履歴書で、茶色い髪をした女性の顔写真が貼り付けられている。


「おかしなことはありませんでした。

 仕事に真面目な人です」


「連絡先はご存知だろうか」


「そういったのは栗原さんに聞いた方が良いと思います」


 小田原の意見は最もだった。

 CILはあくまで食堂運営会社と契約を結んでいるに過ぎない。

 そこで働く人材については、運営会社へと一任している。


「では質問を変えよう。

 プライベートで付き合いがあったか?」


「1度、買い物に行った程度ですけど。

 年が近くて話しやすい人です。

 ――内川さんを疑っているなら見当違いだと思います。

 説明したとおり、内川さんのIDはもう使えません。

 居たら分かります。今日は見ていません。それどころか今週は見ていません。

 彼女は先週食堂との契約を終えたきり、CILには来ていません」


 きっぱりと言い切る小田原。

 既に退職済みの人間を疑う大森に対して、嫌悪感を募らせているようだった。

 大森は質問を切り替える。


「では内定者について。

 出迎えに出たとのことだが、不審な人間はいなかったか?」


「居ませんでした。

 緊張している人は居ましたけれど、まだ学生ですから当然です」


「全員、内定者本人で間違いないか?」


「間違いないです。

 4階の食堂前に内定者の紹介文と顔写真が貼ってありますよね?

 あれは私と人事の佐藤さんで掲示しました。


 私は出迎えを任されたので、内定者21人の顔と名前をしっかり覚えてから駅へ行きました。

 写真は半年程度前のものにはなりますけど、全員一目で誰なのか分かりました。

 内定者ではない人間を連れてきたりしていません」


「結構。

 こちらからは以上だ」


 大森が質問を打ち切ったので、最後に小林が「何か伝えておきたいことはあるか」と尋ねた。

 小田原は、少なくとも自分は4階で不審な動きをする人を見なかったと回答して、退室した。


「小田原は怪しいですか?」


 小林が問いかけると、大森は小さく頷く。


「何らかの形で、犯人に利用された可能性はある。

 彼女の助けを得られたら、内川も動きやすかっただろう」


「食堂の短期契約者を疑っていますか?

 沢水が大腸炎を発症したのは偶然ですよ」


「沢水がカンピロバクターを盛られたのでなければな」


「そんな回りくどいことをする殺し屋がいますかね?」


「それを調べるのが仕事でね。

 そちらは、小田原は怪しいか?」


「いいえ。入社2年目ですし、社長との直接的な接点もありません。

 恨みを募らせるには不十分でしょう。

 ただ、誰かに利用された可能性は否めません」


「だろうな。

 次は食堂の沢水を――」


「先に秘書の証言を聞いても良いですか?

 これまでそちらの要望をのんできました。

 そろそろこちらから主張しても構わないでしょう」


 大森はむっとした表情を浮かべたが、要望を受け入れて頷いた。

 小林は部下に秘書の平佐翔子を呼ぶよう指示を出す。

 常に社長の近くに居た、社内での社長について最もよく知る人物だ。

 

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