第21話 事情聴取:内定者 宮本芽生


◆ 事情聴取:内定者 宮本みやもと 芽生めばえ 17歳 女性


「呼び戻してしまって申し訳ない。

 少しだけ、質問に答えて頂きたいです」


 会議室にやって来た宮本は、背が低く痩せ気味で、おどおどとしていた。

 怯えている、と言うのもあるだろう。

 帰ろうとしているところを呼び戻されて、事情聴取を受けることになったのだ。

 それに目の前には、とても警察とは思えない、暴力団組員のような容姿をした大男が座っている。怯えるのも無理はなかった。


 小林は優しく声をかけ椅子を勧める。

 宮本は緊張しながらも椅子を引き、腰掛けた。


「い、いえ。

 バスの時間まで余裕があって、まだ建物の中に居たので」


「ですが呼び戻してしまったのには代わりはありません。

 どうぞ、緊張なさらず、素直に質問に答えて下さい」


 小林はそれから自己紹介するように促した。

 宮本はおずおずと口を開く。


「宮本、芽生です。

 17歳で、近くの商業高校に通ってます。

 来年からこちらで働く予定です。

 その、学校の先生からの紹介で、入社試験を受けました」


 緊張しながら言葉を選ぶ宮本に対して、小林は温和に接した。

 彼女の答えやすいようにと質問の言葉を選んで問いかける。


「ではまず今日CILに来たときのことを聞かせて下さい。

 最寄り駅からはどのようにこちらまで来ましたか?」


「バスで、来ました。

 駅で、小田原さんにチケットを頂いて」


「随分早い到着だったようですが、駅に着いたのは何時頃か覚えていますか?」


「13:17着の電車に乗ってきました。

 本当は1本後のに乗る予定でしたけど、余裕をとりすぎて……」


「その時他に内定者の方は?」


「一緒だったのは3人です。

 岩垣さん。天野さん。あと1人。男の人です」


「バスを降りてからは?」


「人事部の、鈴木さんが待っていてくれて、その案内で会社の4階に行きました。

 4階奥の、研修室です」


「集合は14:30だったそうですが、それまでは研修室で待っていました?」


「はい。――あ、いえ、トイ――お手洗いに行きました。

 それ以外では研修室に居ました」


 宮本は小林と大森の視線を気にしながら、たどたどしく話す。

 緊張で一杯のようで、怪しい、というよりは不安になってくる。この子は社会に出て大丈夫なのだろうかと。

 小林はトイレに行った状況について詳しく説明を求めた。


「研修室について直ぐにお手洗いへ行きましたか?

 その時の流れを一応詳しく教えて頂いてよろしいですか?

 4階廊下での全員の行動を把握しておきたいので」


 宮本はコクリと頷いてから、しばらく思案して、気持ちを落ち着けてから口を開く。


「その、バスを降りた時からずっと、お腹の調子が良くなかったんです。

 それで研修室について直ぐ、お手洗いについて鈴木さんに尋ねました。


 場所を教えて貰って、管理ゲート? は出るだけなら通れるというので1人で廊下に出ました。

 ゲート、といってもガラス張りの普通のドアですけど、脇にボタンがあって、押したら鍵が開いて通れました。

 ゲートを通って直ぐ左に曲がったところにトイレがあって、そこに入りました」


 宮本が一息ついたところで、大森が小さく手を上げて問いかける。


「よくあるのだろうか?

 その、お腹を壊すことは」


「は、はい。緊張するとどうも。

 ――実は今も、あまり良くありません。ト――お手洗いに駆け込むほどではないですけど」


 宮本は大森からの質問を受けて殊更緊張を増した様子だった。

 そんな様子に大森が質問を切り上げたので、変わって小林が尋ねる。


「トイレに居る間、他の人がやって来ました?」


「あ、えっと、来ました。

 誰だかは分かりません、向かい側の個室に――ああ、えっと、私は入って正面の個室に入ったんですけど、やって来た人は、それとは反対側の個室に入りました。

 左側? ――ええと、方角で言うと西……」


 説明に戸惑う宮本に対して、小林は手帳を1枚破ってペンと共に差し出す。

 宮本は意図を察してトイレ内の見取り図を描いた。


「私が入ったのは正面のここです。

 それから、次に来た人が向かいのこっち側、多分壁側の個室に入りました。

 あ、でもあまり自信がないです」


 個室は全部で7つ。奥側に4つ並んでいて、宮本は左から2番目の個室に入った。

 手前側は通路があるため個室は3つ。

 廊下側に1つ。その反対に2つ。

 宮本が入ってからやって来た人物は、廊下と反対側の2つの個室のうち、壁側にある個室に入ったと感じたらしい。


「変わった音はしませんでしたか?」


「しなかった、と思います。

 むしろ私の方が、その、お腹の調子も悪かったので。

 ――でも音姫もあって、それ以上の音は聞こえませんでした」


「その人は先に出た?」


「はい。先に出ました」


「他に人の出入りは?」


 宮本は少しだけ考えてから回答する。


「なかったと思います。

 でも、その、私が自分のことで精一杯だったので気がつかなかっただけかも知れません」


「ではトイレから出たときはどうですか?

 他に人は居ましたか?」


「居なかった、と思います。

 扉は全部開いていた――と思いますけど、ちゃんと確認したわけじゃ……。

 結構長いことトイレに居たので、会社の人を待たせてしまっているかも知れないと思って、急いで手を洗って出たので」


「なるほど。実際待っていましたか?」


「はい。人事の佐藤さんが。

 ずっと待っていてくれたようです。悪いことをしました。

 体調が悪いなら休めると勧めて下さったんですけど、もう大丈夫かなと思って研修室に戻りました。

 お水を飲んだら大分調子も落ち着きました」


「その後も調子は良かった?」


「はい。緊張が落ち着いたんだと思います」


「社内見学で展示室を見ている時はどうでしょう?

 お手洗いにはいかなかった?」


「いきませんでした。

 大丈夫かなあと」


 宮本がお腹を壊していたのはCIL到着直後だけだったようだ。

 小林は懇親会について尋ねる。


「懇親会ですが、一升瓶ビールが運ばれてくるとことは見ていました?」


「はい。鈴木さんが説明していたので。

 ただあまり興味なかったのでちらっと見ただけでした」


「興味がなかった?」


「未成年なので……」


 そういえばそうだったなと小林は納得して話を進めた。


「その鈴木さんがお茶を運んでくるところは見ていました?」


「はい。入り口のところから持ってきて、テーブルの上に置きました」


「ビールの近く?」


「いえ、反対側だった、と思います」


「では乾杯の準備中について教えて下さい」


「ええと、鈴木さんからお茶を頂きました。

 置かれているコップにお茶を注いでそれを配っていました。そのうち1つを貰いました」


「その時ビールの方は見ていました?」


「いえあんまり。

 技術長? の人が勧めているのは聞きましたけど、未成年なので関係ないなって」


「乾杯してからのことを教えて下さい」


「ええと、乾杯して……鈴木さんに誘われてマグロを貰いに行きました。

 列が出来ていたんですけど、鈴木さんが内定者のための懇親会だからって先頭に入れさせて貰えて、お皿一杯にお寿司を頂きました」


「取りに行ったのはあなた1人?」


「何人か、内定者と一緒でした。

 先頭に並んだのは、私と鈴木さんと岩垣さんです。

 その後、鈴木さんが人事の人と話しに行ったので、岩垣さんと空いているテーブルでお寿司を食べました」


 小林は頷いてそのまま続けるように促す。


「それから小田原さんがやって来て、豚肉のソテーを頂きました。お寿司と交換で。

 その後、悲鳴が聞こえたんです。

 声のした方向を見ると、山辺社長が座り込んでいました」


 宮本は一呼吸置いて気持ちを落ち着けてから話す。


「気が動転してしまって、動けませんでした。

 小田原さんが背中をさすってくれたのを覚えています。

 それから、人事の人とか、産業医の方が慌ただしくしてました。


 私を気遣ってくれたのか、岩垣さんと小田原さんが、ステージから離れた場所まで連れて行ってくれました。

 それからは3人で居ました。

 ただ小田原さんが途中で、警察の人へと説明に行ったので、それからは岩垣さんと2人でした」


 宮本は話を終えると俯いてじっとしていた。

 大森は小林に質問の許可を得ると、緊張しがちな宮本を刺激しないように小さな声で問いかける。


「岩垣とは面識があったのか?」


「あ、ありません。今日会ったばかりです」


「面接では会わなかった?」


「高校生の面接は別の日だったんだと思います。

 私の面接の時周りはみんな高校生で、その中で内定を貰ったのは私だけでした。

 なので、内定者の皆さんとは今日が初対面です」


 大森は相槌を打って、問いかけを変える。


「岩垣とは今日だけで親しくなったのか」


「親しい、と言うほどではないですけど。

 岩垣さんは優しいし、年も近いので話しやすくて」


 大森は小林へと問う。


「岩垣は大学生?」


「高専生ですね。19歳です」


 先ほどの身元確認の結果を報告すると、大森は納得した。

 高校生の宮本にとって、内定者の中では最も年が近いのが高専生の岩垣だったのだろう。

 他にも高専生は何人か居るが、最初に来た4人のうちでは岩垣だけだ。


 大森が自分からは以上だと打ち切ると、小林が最後の確認を行う。


「近くの商業高校に通っているとのことですが実家暮らしですか?」


「そうです」


「では明日も連絡が取れますね?」


「学校がありますけど、授業中以外でしたら」


「その辺りは考慮します。

 何か宮本さんから伝えておきたいことはありますか?」


 問いかけに宮本は首を横に振った。

 それで事情聴取は終了し、宮本は退室した。


 小林は大森へと問う。


「宮本は怪しいですか?」


「面接は他の内定者と完全に別日だ。内定者全員が本当の宮本を知らない。

 ただ地元民だ。本人かどうかは簡単に確かめられる。

 学校と、家族に確認を。明日で良いだろう」


「それが良いでしょうね。

 トイレに行ったという証言は?」


「裏付ける証拠がない。まだ判断出来ないな。

 まずは岩垣の証言を聞こう」


 大森の言葉に小林は了承を返し、部下に岩垣を呼んでくるように伝えた。

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