第19話 殺し屋慈悲心鳥③

 小林は大森を連れて、食堂倉庫の隣にあるリフレッシュルームに入った。

 リフレッシュルームにはマッサージチェアやぶら下がり健康器が置かれている。

 鑑識も入っておらず、2人きりで話すには丁度良い場所だった。


 小林は捜査方針について大森の考えを否定する。


「山辺俊介殺害については殺し屋の可能性は低いと思いますよ。

 その――慈悲心鳥? でしたか?

 そちらは食堂職員や内定者に殺し屋が紛れていたと考えているようですが、可能性は低いです。

 どちらも身元は確認されているはずですから」


「殺害依頼のリストがある以上、こちらとしては組織犯罪の疑いを否定できない。

 可能性は低くとも、捜査しない訳にはいかんのでね」


「無駄足ですよ。

 犯行は内部犯によるものです。

 害者は社内で多くの恨みを買っていた。怨恨による殺人と考えるのが妥当です。


 犯人は害者が服用する薬についても、懇親会で一升瓶ビールを飲むことも知っていました。

 社外の人間では知り得ない情報です。


 それに社員なら自由に食堂倉庫に入り込めた。

 内定者は社員証を持たないため行動制限がありますし、食堂職員は倉庫に出入りしても何ら問題ないからこそ最も疑われやすい。犯行には及ばなかったでしょう。


 怪しいのは社内の人間です。

 特に、技術部長の米山。営業部長の幹。秘書の平佐。


 米山は害者にビールを注いでいます。犯行を最も疑われるからこそ容疑者とは考えづらいですが、薬を盛ったのが食堂倉庫内となれば話は別です。


 幹はラジレスを処方されていた。彼はアイミクスとラジレスを併用すれば脳卒中を起こすと知っていた。薬手帳に明記されているはずですからね。


 平佐は害者の行動を完全に把握していた。害者がアイミクスを服用した際も近くに居たとみて間違いない。


 単独犯ではないかも知れません。

 その場合、人事部の松ヶ崎や、食堂職員の誰かが協力している可能性はあります。


 ですが外部の人間ではないはずです」


 小林が所轄側の見解を述べている間、大森は静かに聞いていた。

 しかし説明が終わると、組対側の見解を述べる。


「そちらは外部犯の犯行である可能性は低いとしているが、だからこそ外部犯の可能性を排除するべきではない。

 害者がアイミクスを処方していたことも、一升瓶ビールを懇親会で口にすることも、外部の人間でも把握するのは不可能ではなかったはずだ。


 それに食堂には最近、短期契約の人間が出入りしていた。

 3週間あればそれらの情報を調べるのに十分だっただろう。


 内定者達が面接を行ったのは6月。

 3,4ヶ月も間が開けば、別人が来たとしても見抜けない。


 慈悲心鳥はプロの殺し屋だ。

 別人になりすまし潜入するなど容易だろう。


 そう考えれば、内部犯よりも外部犯を疑うべきだ。

 殺人事件の捜査は動機を起点にするという常識があるからこそ、動機の全くない人間は捜査の死角になる。


 我々としては外部犯の犯行である可能性は、現時点では否定しきれないと考えている。

 疑うべきは、偶然懇親会に関わったように見える人物だ。


 例えば納入業者。食堂の復帰者、もしくは短期契約者。そして内定者だ。


 納入業者はずっと同じ人物と言うが、メーカーからCILへ納入するまでの間には別人が介入する余地がある。


 食堂職員で長期休暇を取っていた沢水だが、事件前に大腸炎で休んでいたと言うのは不自然だ。慈悲心鳥が沢水に成り済ますために仕組んだかも知れない。

 それは沢水の休暇中、食堂で短期間働いていた内川という人物も同じだ。内川が潜入するために、沢水を病気にさせた可能性は十分考えられる。


 内定者達は一番犯行から遠いように考えられる。だからこそ殺し屋にとっては絶好の潜入対象だ。誰か1人、内定式に参加出来ないようにして、その人物に成りすますだけだ。


 もしかしたら社内に協力者がいるかも知れない。

 食堂職員やサポート社員の協力を得られるなら、犯行は容易だっただろう」


 大森の見解を聞いて、小林はため息をつく。


「可能性は薄いですよ?

 本当にその路線で捜査するつもりですか?」


「どんなに薄い可能性でも捜査するのが仕事でね。

 殺害依頼リストに山辺俊介の名前があった。

 それだけで外部犯を疑うには十分だと考えて居る。


 そちらは内部犯の線で捜査する。

 こちらは外部犯の線で捜査する。

 仕事の分担という奴だ。


 こちらの捜査で内部犯による犯行だという証拠が見つかれば情報を共有して捜査から手を引く。

 そちらも同じようにしてくれれば良い。

 捜査の邪魔をするつもりはない。

 何か問題あるか?」


 問いかけられて、小林は肩をすくめた。


「問題は無いです。

 ただ、何度も言いますが無駄足だと思いますよ」


「かも知れない。

 だが今はまだその判断を出来る状態ではない」


 小林は頑なに外部犯を疑い続ける大森に対して呆れもしたが、彼がそれで良いなら捜査を無理矢理止めることもないかと頷いた。

 彼の満足いくまで捜査すればいい。

 その過程で、内部犯の犯行である可能性が示されたなら、小林側の捜査も楽になる。


「分かりました。

 納得いくまで捜査して下さい。

 ――何人かから今日のうちに事情聴取しようと思いますが、同席しますか?」


 大森は即答する。


「無論だ。

 内定者のうち最も害者の近くに居た人物。

 それから食堂職員の沢水。

 サポート社員の小田原も聴取のリストに入れて貰えるか?」


 小田原以外は事情聴取のリストに入っていなかったが、小林は頷いて返す。

 何か得られるとは思えない。それでも大森が捜査したいというなら好きにすれば良い。

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