第8話 事情聴取:アルバイト 佐久本 玲奈


 ◆ 事情聴取:アルバイト 佐久本 玲奈 24歳 女性


 佐久本は談話室に入ると、正面に座るベテラン捜査員に向けて一礼した。


 佐久本は女性平均よりやや高いくらいの身長。少し痩せ気味で、警備員の制服は一回り大きかった。

 栗色の髪を後ろで1つ結んでいて、実年齢より幼く見えるが、美人とも不細工とも言えぬ、これと言って特徴のない没個性的な顔をしていた。


 腰を下ろした佐久本へと、捜査員は尋ねる。


「佐久本玲奈さんですね。

 アルバイトと伺っていますが、学生さんですか?」


「いいえ。フリーターです」


 短く簡潔な回答。

 捜査員は質問を続ける。


「このイベント会場ではいつから働いていますか?」


「今朝です」


「今朝?」


 思わず問い返してしまう。

 捜査員のそんな反応にも佐久本は冷静に受け答えをした。


「今日明日と大きなイベントが行われるのはご存知かと思います。

 普段大きなイベントを行わない会場ですから、人員が足りないとかで、2日間のみの短期アルバイトを募集していました。

 時給も良かったので応募しました」


「なるほど。お住まいはどちらですか?」


「特に決めていません。

 フリーターですから、仕事の有るところを転々としています」


「引っ越しばかりでは大変でしょう?」


 捜査に関係あるとは思えない身の上話にも、佐久本は態度を崩さずに答える。


「いいえ。転居が続くと分かっていれば、荷物も少なくなりますし、今は家具付きのデイリーアパートも増えていますから。

 旅行しながら働いているようなものです」


 そんな考えもあるのかと、捜査員は感心したような態度を見せた。

 それから本題の話を始める。


「本日の仕事内容を説明して頂いてもよろしいですか?」


「分かりました。

 出社したのは9時少し前です。

 警備リーダーの沼田さんに挨拶して、警備室で制服を受け取りました。


 最初の仕事は各控え室の準備です。

 長期アルバイトの白井さんと一緒に、控え室を回りました」


「準備というと、具体的には?」


「各控え室を見て、不審物がないか、清掃は行き届いているか確認します。

 問題なければペットボトルのお水とお菓子の籠を机において、鍵をかけます」


「小控え室Bも見ましたか?」


「はい。

 確認して、問題なかったので手順に従って作業しました」


「つまり、ペットボトルの水とお菓子を置いて鍵をかけたわけだ。

 その時、水に変わった点はありませんでしたか?」


「ありませんでした。

 ペットボトルは今朝事務室で受け取った物です。

 たくさんありましたが、どれも同じに見えました」


「そうですか。

 ところで単純な作業に思えますが、この作業を2人で?」


 佐久本はかぶりを振る。


「最初の小控え室Aを2人で作業しました。

 そこで作業手順を確認して、残りは分担して行いました。

 小控え室Bは私1人で作業しています。

 大控え室については広いので、2人で作業しています」


「なるほど。

 控え室準備の作業が終わった後は何を?」


「引き続き白井さんと、東側通用門の警備を担当しました。

 関係者パスを確認して、問題なければ通します。

 その時、控え室を使用する出演者様には部屋の鍵を渡しました」


「高瀬モモカに鍵を渡したのもあなたですか?」


「はい。――と言っても、鍵を受け取ったのはマネージャーの滝様でした。

 スカーレット・ローズ様の使用する大控え室Aの鍵とあわせて2つとも、滝様に渡しました」


 捜査員が頷き、先を促すと佐久本は続ける。


「13:40にお昼休憩をとりました」


「随分中途半端な時刻ですね」


「休憩を何時にとるかは決められていませんでした。

 お昼頃は関係者様方が大勢いらっしゃったので、人の出入りが落ち着いた頃に休憩をとることにしました」


「休憩時間は?」


「45分です。ですから14:25までが休憩時間となります。

 警備室に戻って、用意されていたお弁当を頂きました。

 それから14:10を過ぎた頃に警備室を出ました」


「休憩時間の終了より少し早いですね」


「はい。

 前日、新しい職場に緊張して睡眠不足気味でしたので、コンビニでコーヒーを飲んで午後の仕事に備えようと思いました。

 会場正面のコンビニでカフェオレを飲んで、持ち場に戻ったのが14:20過ぎです。

 私と入れ替わる形で白井さんが休憩に入りました」


「控え室前の廊下を、休憩に入るときと、コンビニに向かうときの2回通っていますが、何か不審な点はありませんでしたか?」


「なかったと思います。

 リハーサルが行われている時間でしたので、控え室前は静かでした」


 控え室前の廊下に不審な点は無かったという証言に、捜査員は心中で肩を落とした。

 だが佐久本にはまだ、高瀬モモカの死亡との関連がある。そのまま先の話を伺う。


「休憩を終えてからの話を聞かせてください」


「持ち場に戻って、アルバイトの平岡さんと警備を続けました。

 15時過ぎにプロデューサーの小倉様が通るまで、東側通用門を通ったのは白井さんだけだったと記憶しています」


「業者も一切来なかった?」


「搬入業者様は別の通用門を使用します。

 午前中には間違えて東側通用門にやってくる業者様も居ましたが、午後には1人も」


「ではプロデューサーが来てからは?」


「作業手順に従い、関係者パスを確認して問題なかったので入門を許可しました。

 それから10分ほどして、小倉様が戻ってきました。

 控え室の鍵が開かないと言うのですが、鍵は滝様に渡しているので、そちらから受け取るようにと伝えました。

 ですが鍵を持っている高瀬様が室内に居るとおっしゃるので、小倉様と控え室の様子を確認しに向かいました」


「持ち場は離れても良かった?」


「はい。異常があった場合はリーダーの沼田さんに報告する決まりでした。

 平岡さんはアルバイトも初めてで仕事に慣れていない様子でしたので、彼女に報告を任せるよりは、自分が行った方が良いと判断しました。

 通用門を通る人は少なくなっていましたから。こちらは平岡さんに任せて問題なさそうでした」


 説明に納得して捜査員が頷くと、佐久本は先を話す。


「小倉様と小控え室Bに向かいました。

 扉を叩いて声をかけても反応がなく、確かに鍵がかかっていました。

 ここから先どうするかは私には判断出来ないので、警備室へ報告に向かいました」


「その際、小倉さんは?」


「小控え室Bの前に残りました。

 私からは、マネージャーの滝様に連絡を取って頂くようお願いしました」


「ありがとうございます。

 それで警備室に向かった後は?」


「沼田さんに、小倉様と小控え室Bについて報告しました。

 沼田さんは金庫から鍵を取り出して、自分が対応すると警備室を後にしました。

 それから私は警備室で監視カメラ映像の確認を行いました」


「持ち場には戻らなかったのですね」


「はい。警備室には2名以上居なければいけない決まりがありました。

 ですので先ほど皆さんが警備室にいらっしゃるまで、私は辻さんと一緒に警備室に居ました」


 佐久本の仕事内容についての報告はそれで終わった。

 捜査員は有益な証言が得られなかったことに鬱屈した気分になるが、それでも念のため、彼女に確認しておくべき内容について尋ねる。


「念のため伺いますが、高瀬モモカとの面識は?」


「テレビでは知っていますが、直接会ったのは今日が初めてです」


「彼女と何か話しましたか?」


「いいえ、何も。

 今朝高瀬様が通用門にいらっしゃったとき、手続きは全て滝様が行いました」


「何か変わった様子はありました?」


「少し疲れているように見えました。

 主観ですので、本当に疲れていたかは分かりません」


「朝、小控え室Bを確認したとき、気にあることはありませんでしたか? どんな小さな点でも結構です」


「ありませんでした。

 昨日のうちに清掃がなされていて綺麗でした」


「細かいところも確認しました?

 例えばロッカーの中とか」


「はい。ロッカーも確認しています。

 こちらに作業手順書があります。これに従って隅々まで確認した上で、問題なしと判断しています」


 佐久本がカバンから取り出した作業手順書を示す。

 開かれたページには、控え室チェック時の注意点について、細かいところまで記載がされていた。

 その中にははっきりと、ロッカーの中に不審物がないか確認、と記されている。

 控え室内に、他に人の隠れられるような場所はない。


「では控え室の鍵について。

 鍵はどちらにありました?」


「朝、控え室の確認を始める前に、事務室でお菓子や水と一緒に受け取りました。

 それから控え室をチェックして、出演者様にお渡しするまで、鍵箱に入れていました」


「鍵箱は簡単には開きませんか?」


「南京錠をかけていました。小さな物ですけど」


「南京錠の鍵は?」


「白井さんが肌身離さず持っていました」


「鍵箱から目を離したりしませんでしたか?」


「全くとは言いきれませんが、私と白井さん以外の人物が鍵箱に触れるようなことはなかったはずです」


「分かりました。事情聴取は以上ですが、ところで滞在はどちらに?」


「近くのアパートを借りています」


 佐久本は手帳を取り出し、住所の記載されたページを示した。


「捜査の関係で話を聞きに行くかも知れません。

 引っ越しが多いとのことですが、明日まではこちらに居て頂きたい」


「はい。明後日までは滞在する予定です。

 ――と思いましたけど、ライブ、どうなるのでしょうか? もし中止や延期になってしまったら、私の仕事なくなりますね」


「それでも残っていてください」


「分かっています」


 佐久本は席を立つと一礼して談話室を後にした。

 受け答えは正確で、回答は短く簡潔。

 こんな状況に合っても冷静で、彼女の証言の正確性は高いだろう。


 されどその結果、捜査に陰りが見えてきた。


 佐久本は朝、出演者がやってくる前に控え室に何も問題がないと確認している。

 それから鍵は鍵箱で管理。誰も勝手に鍵を持ち出したりはしなかった。


 高瀬モモカがやってくる前に、控え室内に細工をした可能性も、控え室に誰かが隠れていた可能性も消えた。


 唯一控え室に細工を出来たのは佐久本だ。

 だが彼女は今朝からやってきたアルバイト。高瀬モモカとの面識はない。

 当然、高瀬モモカが睡眠薬を常飲していたという情報も知らない。

 それに、控え室で発見されたお菓子からもペットボトルからも、睡眠薬の成分は検出されていない。

 佐久本には、高瀬モモカを自殺に見せかけて殺すことなど不可能なのだ。

 

 捜査はすっかり行き詰まってしまった。

 ライブ前のリハーサル直後。遺書もなし。

 不自然極まりないが、高瀬モモカの自殺以外に考えづらい。


 捜査員はそれから残りの面々からも事情聴取を行った。


 歌手の鵜澤直樹、そのマネージャーの喜多からは、大きな物音は聞こえなかった以上の証言は得られず。


 アルバイトの白井からは、佐久本の証言を裏付ける内容が聞き取れた。

 今朝、高瀬モモカが疲れているように見えた、と言うのも共通認識だった。


 念のため警備システム担当の辻にも事情聴取を行ったが、有益な情報は得られず。


 マネージャーの滝を再度呼び出し、リハーサル前に高瀬モモカが控え室に置かれていたペットボトルに口をつけたかを確認。

 もしつけていなければ、事前にペットボトルに睡眠薬が混入され、高瀬モモカの死後回収された可能性もあった。

 しかし滝ははっきりと、リハーサル前に控え室で高瀬モモカがペットボトルの水を飲んでいたと証言した。


 控え室は密室だった。

 死因となった睡眠薬は、高瀬モモカが滝より受け取って個人管理していたものだった。


 この2点から、高瀬モモカは自殺の可能性が高いと捜査方針を決定せざるを得なかった。


 しかし直ぐに自殺だと決定も出来ない。

 警察が結論を出せずに居ると、イベントの主催であるレコード会社はライブイベントの中止を発表した。

出演者が殺害された可能性がある以上イベントは開催できないという判断だった。


 突然の中止発表で大きな混乱があったものの、観客達は夜までには会場を後にした。


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