第7話 事情聴取:警備リーダー 沼田 佳孝


 ◆ 事情聴取:警備リーダー 沼田 佳孝 51歳 男性


 沼田は50代とは思えないがっしりした身体をしていたが、表情は柔らかく穏やかだった。

 彼は事情聴取を前に微塵も動揺を見せず、落ち着いた様子で椅子に腰掛ける。


「この度は我々の警備担当エリアでこのような事件を発生させてしまい申し訳ありません。

 捜査へは全面的に協力するよう警備部長からも指示が出されております。

 どうぞ何なりと尋ねてください」


 沼田の言葉にベテラン捜査員は頷き、早速彼の役割について尋ねる。


「警備リーダーとのことですが、警備全体の監督者ですか?」


「いえ、部分的なリーダーです。

 自分の担当は、裏門――要するに関係者出入り口です。東側通用門と、業者用の搬入口ですね。

 それとは別に監視カメラの映像確認も担当しています。

 必要に応じて、別の警備リーダーと相談して人員をやりとりしたりもします」


「なるほど。

 控え室の警備も担当していたという認識でよろしいですか?」


「はい。控え室も東側通用門の警備担当範囲でした」


 控え室の警備担当であったと確認出来ると、捜査員は沼田の行動について尋ねる。


「高瀬モモカがリハーサルを終えて控え室に戻ったのは14時頃です。

 その頃から高瀬モモカの遺体を発見するまで、何があったのか詳しく教えてください」


 沼田は1つ頷くと、記憶をたどるようにして話していく。


「14時頃と言うと、佐久本さんが休憩に入ったのがその少し前だと記憶しています。

 東側通用門からやってくるお客様が少なくなってきたと伺ったので、新人の平岡さんを東側通用門に配置しました。

 ベテランの白井さんには忙しくなるであろう正面ゲート側の応援に向かって貰う予定でした。

 自分は警備室で、警備部長と各リーダーとの連絡をとりまとめていました。

 

 それから佐久本さんが東側通用門の警備に戻り、代わりに白井さんが休憩に入りました。

 時刻は14:30くらいです。

 彼とは簡単に話をして、恐らく休憩明けからは正面ゲートの担当になるだろうと伝えました。

 彼は食堂に行くと言って警備室を後にしました。


 しばらくして白井さんが休憩を終えて警備室に戻ってきました。

 予定通り、彼には正面ゲートのチームへ応援に向かって貰いました」


 そこまで話したところで、捜査員が話を遮り、質問を投げかけた。


「1つよろしいですか?

 警備室から正面ゲートへは普段どのように移動しますか?」


「イベント実施中であれば東側通用門を通って外に出ます。

 ですが今日の場合リハーサル中でしたし、南側警備室に居る正面ゲート担当の警備リーダに配置換えの報告をする必要があったので、会場を通って向かうように指示しました」


「なるほど。それで白井さんは西側広間から会場側へ移動したのですね。

 ありがとうございます。続きをどうぞ」


 促されて、沼田は白井を送り出した以降の話を進める。


「辻さん――先ほど会ったと思います、警備室のシステム担当者です――彼から声がかかりました。

 時刻は15:10過ぎ頃です。

 東側通用門の監視カメラに、プロデューサーの小倉様の姿がありました。

 彼が佐久本さん達と話しているので、何かあったようだとの報告でした。


 少し話した後、佐久本さんは小倉様と一緒に東側通用門から中に入りました。

 それでどうも不測の事態が発生したのだろうな、とは考えました。

 ただ佐久本さんが解決可能な内容でしたら問題ありません。

 しばらく様子を見ることにすると、佐久本さんが西側広間の監視カメラに映りました。

 彼女が警備室にやって来たのは15:20頃です。


 彼女から小倉様が小控え室Bの鍵が開かずに困っていると伺いました。

 予備の鍵は警備室の金庫に保管されたマスターキーだけですから、そちらを取り出しました。

 とはいえ鍵の管理はお客様に任せていますから、勝手に控え室を開けるわけにはいきません。

 小倉様の説明を聞いて、本当に必要であれば鍵を開けるつもりでした」


「再度確認しますが、マスターキーは金庫の中に確かにあったのですよね?」


「はい。間違いなく。

 月に1度、マスターキーを紛失していないかチェックしていますが、2週間ほど前に確認した時には間違いなく鍵はありました。

 金庫には電子ロックが取り付けられていて、ロックを解除すれば履歴が残ります。

 先ほど見たとおり、2週間前の確認時から本日まで1度も金庫は開けられていません」


「分かりました。

 ではマスターキーを取り出した後の話をお願いします」


「鍵を取り出して――そう、佐久本さんに警備室に残って貰いました。

 警備上の決まりで、業務中は警備室に最低でも2名居る必要があります。

 その時は警備室に自分と辻さんしか居ませんでしたので、佐久本さんに残って貰う必要があったからです。


 自分は小控え室Bへ向かいました。

 部屋の前で小倉様がお待ちになっていたので、声をかけて、身元確認をさせて頂きました。


 関係者用のパスと、身分証――運転免許証を確認して、関係者名簿にある小倉様本人であることが確認出来ました。

 彼が高瀬モモカ様と連絡が取れず、部屋も開かないとおっしゃるので、状況確認のため扉をノックして声をかけました。


 全く反応がなかったのでドアノブを捻りましたが、小倉様のおっしゃるとおり鍵がかかっていました。

 ですのでやむを得ない措置として、マスターキーを使って控え室の鍵を開けました」


「扉を開けたとき、何か気がついたことは?」


「扉を開けた先にはついたてがありました。

 部屋の中は見えないので、直ぐには異変には気がつきませんでした。


 扉を開けた状態で再度声をかけ、反応がなかったので室内に入りました。

 それで、高瀬様が机に突っ伏しているのが目に入りました。

 最初、寝ているのかと思いました。

 ですが慌てた様子の小倉様が身体を揺すっても起きないので、もしやと思い何度か声をかけ、呼吸を確かめました。

 それで息をしてないと分かり、脈があるかどうか確認しました。反応は、全くありません。


 小倉様が青白い顔をして電話をかけ始めました。会社にかけている様子でしたので、自分の方から救急と警察に通報を行いました。

 通報を終える頃に、マネージャーの滝様が入室しました。


 彼女が救急車と口にして電話を手にしたので、既に救急には連絡したと伝えました。

 彼女は高瀬様の呼吸と心音を確認してから「AED」と口にしました。


 自分も気が動転していたようです。それまでAEDの存在をすっかり忘れていました。

 AEDを使うためには高瀬様の身体を横にしなければいけません。

 その役割は自分と小倉様が適当だろうと判断しました。

 このようなことを言って良いのか分かりませんが、高瀬様の身体は、滝様の力では支えられないようにお見受けしましたので。


 なので滝様へ、AEDは扉を出て左手、トイレの前にあると伝え、小倉様と2人で高瀬様の身体を床に仰向けに横たえました」


 そこで沼田が言葉を句切ると、捜査員は問いかける。


「マネージャーの滝結衣は、入室してからAEDを取りに行くまで、机の上の物に手を触れましたか」


「いいえ。そのようなことはないと記憶しています」


「何かを持ち出したり、入れ替えたりもしていない? 逆に、何か――例えば控え室の鍵を机の上に置いたりはしていませんでしたか?」


「はい。もし事件であれば、現場の状態は保存して然るべきですから、小倉様と滝様が、不用意に控え室内の物に触れないかは気にしていました。

 それに控え室の鍵は、自分が高瀬様を発見したときには既に机の上にありました。

 医療には素人で、高瀬様の容態がどの程度悪いのか分からずAEDは使用しましたが、机の周りにはそれ以外で動かしたものはありません」


 沼田に嘘をついている様子はない。

 滝がAEDを取りに出て行くとき、現場から睡眠薬入りの何かを持ち去った可能性は極めて低いと、捜査員達は判断せざるを得なかった。


「その後の行動は?」


「AEDで蘇生は不可能だと分かった後、自分は現場に残っているべきだと判断しました。

 第3者が控え室に入ってくる可能性もありましたし。

 警備室に電話して事情を伝え、それから警備部長へ電話しました。部長からも控え室を見張っているように指示を受けたので、救急隊の方がやってくるまでは控え室に残りました」


「その間、他の2人は?」


「廊下で電話をかけていました。

 扉を開けて、ついたてもどけていたのでその様子は見えていました」


「ついたてをどけたのは、救急隊を通すためですか?」


「そうです。担架を運び入れるとき邪魔になるのは目に見えていましたから」


「その後、変わった様子は?」


「救急隊が来て、その直ぐ後に警察が来ました。

 それまでの間で変わったことはありません」


「分かりました。ありがとうございます。

 ――ちなみに、控え室の鍵はマスターキーと、室内にあった鍵のみですか?」


「そうです。2つだけです」


「例えば、スペアキーを作られてしまう可能性はありませんか?」


「少ないと思います。

 ご存知とは思いますが、スペアキーの作成を依頼するためにはマスターキーが必要です。

 ですがマスターキーは金庫で管理されていて、外部に持ち出されることはありません」


「金庫の開け方を知っているのは、沼田さんと、システム担当者と、警備部長だけでしたね」


 沼田が頷くと、捜査員は続ける。


「電子ロックの解錠記録は残るとのことですが、例えばシステム担当者でしたら、その履歴を消し去ることも可能ではありませんか?」


「不可能です。

 誰にも消すことが出来ないから記録を残す意味があります。

 電子ロックのシステムは外注ですので、内部のシステム担当者である辻さんには、記録を参照出来ても編集は出来ません」


「念のため、電子ロックの納入元を教えて頂いてもよろしいですか?」


「警備室に納入時の記録が残っていますので、後でそちらを提出します」


「お願いします。

 こちらから確認したいことは以上です。

 ご協力ありがとうございました」


「いえ。こちらの不手際でこのような事件が起こってしまったのですから。

 それで、高瀬様は自殺なのでしょうか? それとも……」


「今の時点では判断出来ません。

 警備会社としても、イベント会場としても、自殺か他殺かは大きな問題ですよね。

 もし捜査に進展があれば、伝えられる内容は早めに連絡するようにします」


「お心遣い感謝します。

 では失礼します」


 沼田は最後まで穏やかな表情を崩さず、一礼すると談話室を後にした。


 彼の証言の信憑性は高そうだ。

 だがそれによって、滝が控え室に戻る高瀬モモカに睡眠薬入りの何かを手渡し、AEDを取りに行く際に回収したという可能性はなくなった。

 加えて言えば、控え室の鍵が室内にあったのも間違いない。


 状況だけを見れば、高瀬モモカは自殺したと考えるべきだ。

 控え室は完全な密室だったのだから。


 しかし、ライブイベントの直前。リハーサルを終えた後に、遺書も残さず自殺するというのには違和感がある。

 それに、高瀬モモカが死んで誰が得するのか。

 滝の証言を信頼するのなら、彼女は誰からも恨まれていないはずだ。


 プロデューサー、マネージャー、警備リーダーと話を聞いても、未だに他殺か自殺かの判断すら出来ない。


 捜査員達は顔を見合わせ、次の証言者を呼ぶことにした。

 アルバイトの佐久本玲奈。

 高瀬モモカが控え室に戻った直後、控え室前を通過している人物だ。

 もしかしたら彼女から何らかの有益な目撃証言が得られるかも知れない――等と言うのは期待しすぎだが、それでも話を聞いておかなくてはならなかった。


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