第6話 事情聴取:マネージャー 滝結衣
◆ 事情聴取:マネージャー
談話室に高瀬モモカのマネージャー。滝結衣がやってくる。
彼女は小柄で、丸顔に縁のないメガネをかけた、一見して地味でぱっとしない女性だった。
されどその所作はテキパキとしていて無駄がなく、椅子を引くとぺこりと一礼する。
「高瀬さんの身に何があったのか、明らかにするためでしたら何でも協力します。
どうぞ遠慮なく、必要なことを尋ねてください」
ベテラン捜査員は「そのつもりです」と返すと、早速肝心な部分について尋ねる。
「高瀬モモカの割り当てられた控え室。
小控え室Bの鍵は、あなたが管理していた。間違いありませんね?」
「はい。間違いないです。
10時20分頃だったと思います。会場の通用口で、警備の方から鍵を受け取りました。
スカーレット・ローズのマネージャーも兼任しているので、そちらと合わせて2つとも」
「鍵を受け取って、それからどうしました?」
「小控え室Bの鍵を開けて、そこで高瀬とは一旦別れました。
それから大控え室Aの鍵を開けて、スカーレット・ローズとも別れました。
その時大控え室Aの鍵はリーダーのカリンに渡しました」
「鍵を渡した?
小控え室Bの鍵は?」
「ずっと持っていました。
スカーレット・ローズのリハーサルは午後からだったので、彼女たちとは別れ、小控え室Bに戻りました。
それから高瀬さんのリハーサル準備を手伝って、昼前には会場へ向かいました」
「リハーサルへ向かうときには控え室に鍵はかけましたか?」
「はい。間違いなくかけました」
ベテラン捜査員は頷いて、次の問いかけを投げる。
「リハーサルが終わったのは14時でしたね。
ずっとリハーサルを続けていましたか?」
「いいえ。早めに入りましたし、会場で昼休憩をとりました」
「ということは昼食は会場で?」
「はい。お弁当を頂きました。
会社が用意した物だと思います。
会場に準備されていて、各自が自由に持って行くような形でした」
「高瀬モモカは自分で弁当を選びましたか?」
「いいえ、私が。
昼にはスカーレット・ローズも会場に来ていたので、彼女たちの分も合わせて7つをまとめて受け取って、袖に用意されていたスペースで頂きました」
捜査員が相槌を打つと、滝は付け加える。
「お弁当に睡眠薬は入っていなかったと思いますよ。
お昼は12時30頃でしたが、その後14時まで高瀬さんはリハーサルをしっかりやり遂げましたし、同じお弁当を頂いた私もスカーレット・ローズの5人も、眠くなったりしていません」
「念のための確認です。
高瀬モモカのリハーサルが終わった後はどうしました?」
「高瀬さんに小控え室Bの鍵を渡しました」
「滝さんは一緒に控え室には行かなかったのですね」
「はい。スカーレット・ローズのリハーサルがありましたから」
「その、知識不足で申し訳ないのですが、マネージャーを掛け持ちするということはよくあるのですか?」
「業界も人手不足なので、兼任はよくあります。
ただ私は少し珍しいかも知れません。
スカーレット・ローズも高瀬さんも、それなりに売れています。ある程度売れたユニットには専属でつけるのが普通ですから」
「なにか特別な理由がありますか?」
ベテラン捜査員の問いかけに、後ろで書記を担当していた若手捜査員が顔を上げ、何か言いたそうな素振りを見せた。
ベテランは振り向き、簡潔に説明するよう促す。
「元々スカーレット・ローズは6人ユニットだったんです。
その内から1人。高瀬モモカが脱退し、ソロで活動するようになったんです」
若手がそこまで説明すると、ベテランは滝へと向き直る。
「彼の説明は正しいですか?」
「はい。その通りです。
元々私は6人ユニットのスカーレット・ローズのマネージャーをしていました。
今は5人のスカーレット・ローズと、高瀬さんのマネージャーをしていますが、メンバー的には以前と変わりはありません。
――仕事は倍になりますけど」
「なるほど。そういうことですか。
それで、あなたは会場に残った。
念のため確認ですが、14時に高瀬モモカへ小控え室Bの鍵を渡すまでに、他の人に鍵を貸したりはしていませんか?」
「していません。
ずっと私のカバンの中にありました。カバンは手放さず持っていました」
「分かりました。
その後は?」
「スカーレット・ローズのリハーサルは15:30までの予定でした。
15時を回って少しした頃に、会場にプロデューサーがやって来ました。
高瀬さんと話しに来たらしく、彼女を探していました。
なので控え室に戻りましたとお伝えしました。
ですが控え室には鍵がかかっていて反応もなかったそうです。多分、トイレかなにかで入れ違いになったのではないかと思いました。
とにかく、鍵は高瀬さんに返したと伝えると、プロデューサーは会場から出て行きました」
「その後も滝さんは会場に残った?」
「はい。リハーサル中でしたから。
ですけど15:20頃だったと思います。プロデューサーから電話がありました。
控え室の鍵がかかっていて、高瀬さんに電話をしても繋がらないと。
それで何かあったのかも、と思いました。
ただリハーサルも終盤でしたので、スカーレット・ローズのリハが一段落してから、会場を後にして高瀬さんの控え室へ向かいました」
話が先に進むにつれて、滝の顔色が青白くなっていく。
そんな彼女へと先を促すように、ベテラン捜査員は相槌を打つ。
滝は続けた。
「控え室の――小控え室Bの扉が開いていました。
中に入ると、プロデューサーと、警備の方が電話をかけていました。
それから――机にうつ伏せになってぐったりとしている高瀬さんが目に入りました。
机の上には……睡眠薬の空があって、それでもしやと思って、救急車を呼ぼうとしました。
ですが警備の方がもう救急は呼んだと言うので、高瀬さんの容態を確かめようとしました。
息をしていなかったので、心音をきこうとしたのですが……心臓が動いていませんでした。
それで、咄嗟にAEDと口にしたんです。
そうしたら警備の方がトイレの前だと教えてくれたので、走って取りに行きました」
滝は顔面蒼白で、高瀬モモカの死を思い出してすっかり憔悴している様子だった。
AEDを持ってきた後の話は聞くまでも無いだろうと、ベテラン捜査員は質問を切り替えた。
「経緯についてはよく分かりました。
今日の高瀬モモカについて、何か変わった様子はありませんでしたか?」
問いかけに、滝は少しだけ考えてから、言葉を選ぶようにして答えた。
「朝、マンションへ迎えに行ったときから眠そうにはしていました。
前日深夜までバラエティの収録がありましたから、疲れが残っていたのだと思います。
ですがリハーサル中に変わった様子はありませんでした。
歌もいつも通りでしたし、表情もすっかり明るくなっていました」
「CM出演を躊躇っていたという話を聞きましたが、事実ですか?」
今度の問いかけには、滝はじっくりと考えて回答を選んだ。
ゆっくりと小さく、頷く。
「はい。CMの内容を聞いて、本当に出た方がいいのかと相談を受けました。
ですが私も高瀬さんも、プロデューサーの持ってくる仕事は信頼していました。
とはいえ彼女が悩んでいるのに全く無視という訳にはいきません。
私からプロデューサーへ、CM出演について高瀬さんが難色を示していると報告を挙げました。
プロデューサーは、自分が直接話すと返してくれました。
それ以降、もう私はCMについて触れていません。この件はプロデューサーに一任しました」
「それは自殺を考える程に思い詰めていましたか?」
滝はその質問には驚くようにして、即座にかぶりを振った。
「そんなまさか。
CMの内容が嫌ならば、嫌と言って構いません。実際高瀬さんはそれについて相談をして、まだその結論も出ていない段階で自殺だなんて、とても考えられません」
「睡眠薬を常飲していましたよね?」
話題を取り替えるように捜査員が言うと、滝は俯き気味に頷いた。
「それは、そうです」
「しかもかなり強力な物です。
長期に渡って服用していたとみていますが、間違いないですか?」
「間違いありません。
スカーレット・ローズ脱退前からずっとですから、もう1年近くになります」
「ストレスですか? それとも――」
「ストレスもありますが、主には過労かと。
スカーレット・ローズに所属していたと言いましたよね?
スカーレット・ローズは、歌とダンスをメインにしたアイドルユニットです。ダンスはかなり難易度が高いです。
太り気味の高瀬さんは、段々とメンバーに合わせるのが難しくなり、居残りレッスンの時間が増えました。
スカーレット・ローズが売れて行くにつれ、高瀬さんはユニット活動において足手まといになってしまった。
彼女自身それを分かっていました。
私も、高瀬さんをこれ以上スカーレット・ローズに在籍させておくことは彼女のためにも良くないと、プロデューサーに相談しました。
結果として、高瀬さんはスカーレット・ローズを脱退して、ソロ活動に移行しました。
プロデューサーは高瀬さんのソロ活動を、アイドル活動を控えめにして、どちらかというとバラエティ寄りにプロデュースしました。
ぽっちゃりした愛嬌のある見た目と、何でも美味しそうに食べる姿はたちまち人気が出ました。
バラエティでの露出も増え、アイドル活動もソロでもスカーレット・ローズに匹敵するほどの忙しさとなりました。
結局、スカーレット・ローズ在籍時より忙しくなり、睡眠薬を手放せない状態が続いてしまいました」
「普段はあなたが管理していると伺いました」
「こちらにあります。
高瀬さんから要望がある度に渡していました」
滝は膝の上に置いていたカバンから、淡い青色をした錠剤の入った包装シートを取り出した。
「高瀬さんの不眠については、短期間だけ睡眠薬で様子を見て、段々と仕事量を減らしていく予定でした」
「仕事は減りそうでしたか?」
問いかけに、滝は小さくかぶりを振った。
「正直、あまり。
彼女はバラエティの才能がありました。
出演が増えれば増えるほど、次の仕事が舞い込んでくるような状況です。
ただ彼女も仕事に慣れていっていました。なので私は勝手に安心してしまいました。
……それが、こんなことになるだなんて。
もっと彼女に親身になるべきでした」
「あなたは、高瀬さんは自殺だとお考えですか?」
「分かりません。
結局、私自身がスカーレット・ローズと高瀬モモカという売れっ子を2つも抱えてしまって、過労で身動きがとれなくなっていました。
それを二組も人気ユニットを抱えていると天狗になっていましたが、実際は負担を彼女たちに押しつけ、十分に管理の行き届かない状況を作っていただけでした。
高瀬さんがCMの件だけで自殺するとはとても考えられません。
ですがいろいろな要素が重なってしまっていたなら――やっぱり分かりません。すいません」
「いえ。結論を無理に出さなくて結構です。
逆に、高瀬モモカが誰かから命を狙われている心当たりはありますか?」
その質問に滝は明確に首を横に振る。
「そう言ったのとは高瀬さんは無縁です。
誰かの恨みを買うことはありませんでしたし、人間関係も良好です。
脱退したスカーレット・ローズのメンバーとも、今でも良好な関係を保っています」
「ありがとうございます。今確認しておきたいことは以上です。
また何か思い出したことがありましたら、教えてください」
事情聴取を切り上げると、滝は談話室から退室した。
捜査員は顔を見合わせ、滝の供述について検討する。
もし、高瀬モモカが他殺だとしたら、最も疑わしいのは滝だ。
彼女は高瀬モモカの常飲する睡眠薬を管理し、控え室の鍵も持っていた。
しかしアリバイもはっきりしている。
滝は会場でリハーサルに付き合っていた。
会場で聞き取り調査中の捜査員からも、滝がリハーサル中はずっと会場に居たという証言が届いている。
それを裏付ける証拠もある。
会場から控え室へは、西側広間、もしくは東側通用門を通らなければならない。そしてどちらにも監視カメラが設置されている。
滝が会場を出て西側広間を通って控え室前に行ったのは15:24。
高瀬モモカが西側広間を通った14:06からこの時刻まで、滝が会場に居たのは間違いないのだ。
何より、高瀬モモカの遺体発見時、控え室には鍵がかかり、その鍵は室内にあった。
もし滝が何らかの方法で会場を抜け出し、高瀬モモカに大量の睡眠薬を飲ませたとしても、控え室に鍵をかけながら、その鍵を室内に置くという芸当は不可能なのだ。
丁度鑑識から追加の情報が届いた。
控え室内に置かれていたペットボトルの水、籠に入ったお菓子のいずれからも、睡眠薬の成分は確認されなかった。
また、空になっていたお菓子の袋に不審な点は見られない。事前にお菓子に睡眠薬を混ぜるような行為は行われていなかったとなる。
こうなると滝がリハーサルを終えた高瀬モモカへ、睡眠薬の入ったペットボトルやお菓子を渡した可能性も薄くなる。
――AEDを取りに一度控え室を出ているので、その際に処分した可能性は0ではないが。
とにかく、プロデューサーとマネージャーの証言だけでは、高瀬モモカが自殺か他殺か判断しきれない。
若手捜査員は次の証言者を呼びに行く。
呼ばれたのは、警備リーダーの沼田。
控え室の密室を解いてしまう、マスターキーを持っていた重要人物だ。
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