第5話 事情聴取:プロデューサー 小倉哲朗


 ◆ 事情聴取:プロデューサー 小倉 哲朗 46歳 男性


 小倉は談話室に入ると、着ていたジャケットを脱いだ。

 談話室は冷房がつけられたばかりでまだ暑かった。


 捜査員は2人組で、ベテランが聞き取りを担当し、若手が記録係を担っていた。

 小倉は神経質で仕事に厳しい印象を彼らに与えた。緊張、と言うより、捜査員達を見下しているような態度でジャケットを椅子にかけ、腰を下ろす。


「まず確認させてください。

 小倉さんはこの会場に、高瀬モモカを訪ねて来た。間違いないですか?


 小倉の行動は、イベント会場を訪れると真っ先に高瀬モモカの元へ向かったと示している。

 ベテラン捜査員の問いかけに小倉は頷く。


「イベントに関する仕事もあったが、今回のメインは高瀬と話をすることだった」


「それは何故?」


 小倉は一呼吸置いてから答える。


「新しくCMの仕事が決まったのだが、高瀬はそれを嫌そうにしていた。

 既に先方とは契約を交わしている。説得の必要があった」


「CMが嫌だった? 差し支えなければ内容を教えて頂けますか?」


 まだ未公表の仕事だからと小倉は回答を逡巡したが、既に高瀬モモカが亡くなり、CMが完全に白紙になったことを思い出すと応じた。


「大手コンビニチェーンの仕事だ。

 レジ前にホットスナック売り場が有るだろう。あそこで豚カツを売るとかで、高瀬に指名があった」


「それを高瀬モモカは嫌がった?」


「CMの内容が豚の着ぐるみを着るとかで、それが嫌だったらしい。

 彼女は太った見た目と、何でも美味しそうに食べる姿で人気を得たが、本人はそれを売りにするつもりはなかった」


「でもそのCMを決めてしまった。

 それは自殺を考える程ですか?」


 問いかけに、小倉は敵意の籠もった目で捜査員を睨み付け、強い言葉で否定した。


「高瀬もプロだ。そんなことで自殺など考えられない」


「ですがCMを嫌がっていた。

 それに契約は既に交わしてしまった」


「そうだ。

 だがCMの内容次第では断ることだって出来る。

 だから本当にCMをやるのか、断るのか、そこのところを確認するために、わざわざ直接話をしに来たんだ」


「CMを断ることが出来た?

 それは高瀬モモカもご存知でしたか?」


 小倉はかぶりを振った。


「伝えていない。

 今の段階なら断るのも可能だが、簡単に断れるとは思われたくない」


「その状況であなたが直接会いに来ることで、追い詰められた可能性は考えられませんか?」


「考えられない。

 繰り返すが高瀬はプロだ。

 全国チェーンのコンビニCM出演が何を意味するのか。

 この仕事がいかに重要なのか、十二分に理解していた」


「分かりました。では本日、会場に来てから高瀬モモカの遺体を発見するまでについて聞かせてください」


 小倉がCMについては自殺の原因にはならないと頑ななので、捜査員は一旦、会場での行動について聞き取ることにした。

 小倉は促されると順を追って話していく。


「通用門から入って、真っ先に高瀬の控え室に向かった。

 割り当ての控え室については事前に話を聞いていた。

 だが扉をノックしても反応がなかった」


「それはいつ頃でしたか?」


「15時くらいだ」


 捜査員が続けるよう促すと小倉は先を話す。


「まだスカーレット・ローズのリハーサル中だったから、滝――ああ、マネージャーだ。

 彼女の元に居るだろうと考えて会場に向かった。

 だが滝は、高瀬は控え室に戻ったと答えた。鍵も彼女に預けてあると。

 それで入れ違いになったと思い、直ぐに控え室に戻った」


 小倉は一呼吸置いてから続ける。


「控え室をノックしたがまた反応がない。

 電話をかけたがそっちも出なかった。

 控え室の中で待てば良いだろうと、表に居た警備員に声をかけた。

 スペアキーくらいあるだろうから」


「同行した警備員は佐久本玲奈さんで間違いないですか?」


 捜査員の問いかけに、小倉は首をかしげる。


「名前は知らない。

 全く不用心なことだが、通用門の警備は女2人だった。

 片方は田舎くさい、芋っぽい小娘で、見るからに仕事に慣れていない感じだった。

 そっちじゃない方だ。

 地味だが不細工でもない。どうにも記憶に残らない女だった」


 小倉がアイドルプロデューサーの目線で佐久本について語ると、捜査員は「それは佐久本玲奈で間違いないでしょう」と判断して、話を先に進めさせる。


「何処まで話したか?

 そうだ、警備員だ。

 警備員と控え室に向かって、ノックして反応がないのを確かめた。

 そうしたら上司に報告してくるとかで、彼女は会場の方へ行った」


「小倉さんは、1人控え室前で待っていた?」


「そうだ。

 少ししてから別の警備員がやって来た。

 警備リーダーの沼田と名乗ったな」


「どのくらいの時間待っていました?」


「5分程度じゃないか?

 滝に電話をかけて、それから仕事のメールチェックをしていたからあっという間だった」


「ありがとうございます。

 それで、沼田佳孝と合流してからは?」


「身元の確認を求められた。全く熱心なことだ。

 それで間違いなくレコード会社所属のプロデューサーだと分かったからと、ようやくスペアの鍵で控え室を開けた。

 高瀬は、一見して眠っているように見えた」


「扉を開けて直ぐに高瀬モモカの姿が見えました?」


「いや、ついたてがあった。

 扉を開けて、声をかけて、それから中に入った。

 近づくと机の上に睡眠薬があったから、それで眠っているのかと思って身体を揺すった。

 そしたら反応もなく、息もしていない」


「脈は確かめました?」


「沼田が確認して、首を横に振った。

 それで慌てて会社に電話をかけた」


「救急ではなく?」


「気が動転していたんだ。

 それに会社に連絡している間に、沼田が救急に電話していた」


 小倉は口元を引きつらせた。咄嗟に連絡したのが会社だったのは間違いだったと自認している様子だった。


「それから直ぐに滝が入ってきた。

 ぐったりしている高瀬を見て顔を青くして、救急車と叫んだ。

 沼田がもう呼んだと返すと、心臓の音を確かめていた。

 それからAEDはあるかと」


「AEDは誰が取りに行きました?」


「滝だ。

 沼田が場所を指示して、滝が取りに行った。

 その間、沼田と2人で高瀬の身体を床に移動させた。椅子に座ったままだとAEDが使えないだろうからと。

 だが全て徒労に終わった。

 滝が高瀬の服を脱がせてAEDを貼り付けたが、彼女が息を吹き返すことはなかった」


 沈痛な面持ちで小倉は深くため息を吐いた。

 長いため息が終わるのを待って、ベテラン捜査員は問いかける。


「高瀬モモカが自殺する理由に心当たりはありますか?」


「ないよ。

 さっきも言ったとおり、CM出演を嫌がっていたが、自殺するほど思い詰めてはいなかった」


「睡眠薬を常飲しているのはご存知でしたか?」


「知ってる。滝から報告を受けていた」


「それが強力な薬だということも?」


「知っていた」


 小倉は頷く。

 それでも彼は、高瀬が自殺するなどというのは信じがたいという態度を崩さなかった。

 捜査員は質問を変える。


「控え室に入ったのは、死体発見時のみで間違いありませんか?」


「間違いない。

 鍵はかかっていた」


「ですがあなたが声をかけたら、彼女は鍵を開けたでしょう?」


「私が殺したとお考えか?」


 不快感を隠さない小倉の言葉に、捜査員はかぶりを振った。


「いいえ。全員に確認するのが仕事でして。

 事実をはっきりさせておきたいだけです」


 小倉は捜査員の反応にうんざりしながらも答える。


「控え室には入っていない。

 それどころか今日は一言も、高瀬と話していない」


「分かりました。

 ありがとうございます。一度会議室にお戻りください」


 捜査員が事情聴取を切り上げる。

 小倉はジャケットを腕に掛け、談話室を後にした。


 小倉の証言に不審な点は無い。

 彼は頑なに高瀬モモカが自殺するとは思えないと繰り返したが、睡眠薬を常飲し、CM出演を嫌がっていた点から、自殺に思い至る可能性は0ではないだろう。


 現時点では、小倉が高瀬モモカを殺害したという可能性は低い。

 高瀬モモカの遺体発見時、控え室には鍵がかかっていた。控え室に窓はなく、鍵は室内の机の上。

 マスターキーは警備室の金庫で厳重に管理されていた。


 ベテランと若手捜査員は意見を交わし、ひとまず自殺の可能性を高いとしながらも、決断は下さなかった。

 若手捜査員は会議室へと次の取り調べ対象を呼びに向かう。

 呼ばれたのは高瀬モモカと関係の深い、マネージャーの滝であった。

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