第4話 捜査記録
◆ 捜査記録
通報を受けた所轄の捜査員と鑑識係は、イベント会場の小控え室Bに向かった。
扉が開かれると、床に仰向けに横たわる高瀬モモカの姿が目に入った。
胸元にはAEDのパッドが貼り付けられ、蘇生が試みられたことが分かる。
その場に居たのは3人。
警備員のリーダー、沼田。
マネージャー、滝。
プロデューサー、小倉。
救急隊が高瀬モモカの容態を確認。
意識レベル、呼吸、脈拍は確認出来ず。
死斑は見られたため死後20分以上経過。しかし体温は低くなりきらず、死後硬直も確認出来ない。
救急隊による死亡判定の要件を満たさなかったため、高瀬モモカの死体はそのまま運び出されてしまった。
現場に手を入れられてしまったが、鑑識は残された証拠品を調べて回る。
机の上には空になった睡眠薬の包装。
他にはお菓子の籠とペットボトルの水。小控え室Bの鍵。
お菓子をいくつか食べた痕跡がある。ペットボトルの水は半分ほど残されていた。
睡眠薬の包装と、お菓子の空の袋、ペットボトルは鑑識が回収する。
鍵については指紋の確認が行われる。
鑑識が作業する中、捜査員は警備のリーダーをしている沼田へ声をかけた。
「あなたが第一発見者の沼田さん?」
「そうです。こちらの小倉さんと一緒でした」
「発見時、高瀬さんはどのような状態でしたか?」
「そちらの椅子に座って、机に伏せて居ました」
「床に移動させたのはあなた?」
「はい。小倉さんと一緒に。
AEDを貼り付けるために、床に身体を移しました。
AEDは滝さんが貼り付けてくれました」
「椅子に座っていた時点で、呼吸や脈拍は確かめましたか?」
「はい。
声をかけて反応がなかったので顔を近づけますと、全く息をしていませんでした。
それでもしやと思い、脈を確かめました。右手首で確認して、何も反応がありませんでした」
「ありがとうございます。
後でまた、詳しい話を聞かせてください」
捜査員は沼田の話を聞き終わるとマネージャーへ尋ねる。
「高瀬さんは睡眠薬を常飲していたのですか?」
「その、モモカは近頃多忙になってしまって、夜眠れないとのことで、睡眠薬を処方されていました」
「机の上にある睡眠薬は高瀬さんの物ですか?」
「はい。間違いありません。
普段は私が管理していますので」
「多忙と言いましたが、それは自殺を考える程でしょうか?」
問いかけに、滝は言葉を詰まらせた。
捜査員は更に指摘する。
「この睡眠薬、フルニトラゼパムですね。
非常に強力な薬です」
「確かに、睡眠不足が長引いていました。
ですがそこまで思い詰めている様子はありませんでした」
「分かりました。
プロデューサーさんも同じ意見ですか?」
問われた小倉はあたふたと髪をいじった後、答える。
「そうだな。
滝君の言うとおりだと思う」
「分かりました。
2人とも、後で詳しく話を聞かせてください。
――ところで、部屋の鍵は元からここにありましたか?」
捜査員が指紋調査中の小控え室Bの鍵を示すと、沼田が回答する。
「はい。机の上にありました」
「部屋の鍵はかかっていなかった?」
「かかっていました。
なのでマスターキーを使用して入りました」
沼田はマスターキーを胸ポケットから取り出して示した。
「お預かりしても?」
「構いません」
マスターキーは鑑識が受け取り、そちらも調査対象となった。
「監視カメラはありますか?」
「控え室内にはありませんが、周囲にはいくつか。
警備室で確認出来ます」
「確認させてください」
捜査員は沼田に付き添い警備室へと向かった。
その間、小倉と滝は、別の捜査員と共に2階の使用していない会議室へ連れられていった。
警備室に沼田と捜査員がやって来たとき、室内には佐久本と辻の2人だけだった。
佐久本は捜査員から監視カメラ映像を確認したいと告げられたが、どうやって録画データを巻き戻せば良いのか分からない。
代わりに辻が対応した。
控え室にも、控え室前の廊下にも監視カメラはない。
イベント出演者のプライバシーを守るためだ。
しかし控え室前の廊下に入るためには、東側通用門か、西側の階段前広間を通る必要があり、この2カ所は死角なくカメラに映されていた。
捜査員は2カ所の録画データの確認を要求した。
「被害者の高瀬は14:00にリハーサルを終えて、マネージャーから鍵を受け取って控え室に戻った。
14:00から、死体が発見された15:25前後までに控え室前の廊下に入った人物を確認したい」
佐久本は「その条件なら自分も入るな」とどこか他人事みたいに傍らで映像の高速再生を眺めていた。
監視カメラによると、東側通用門と西側広間を通った人物は以下の通り。
14:06 高瀬モモカが西側広間から控え室前へ
14:12 佐久本玲奈が西側広間から控え室前へ
14:15 佐久本玲奈が東側通用門から外へ
14:26 白井祐介が東側通用門から控え室前へ
14:28 白井祐介が西側広間から2階へ
14:32 白井祐介が西側広間から控え室前へ
14:35 白井祐介が東側通用門から外へ
14:37 歌手の鵜澤直希が西側広間から控え室前へ
14:40 鵜澤のマネージャー喜多が西側広間から控え室前へ
14:54 鵜澤・喜多が西側広間からリハーサル会場へ
15:03 小倉哲朗が東側通用門から控え室前へ
15:04 白井祐介が東側通用門から控え室前へ
15:06 小倉哲朗が西側広間からリハーサル会場へ
15:06 白井祐介が西側広間から2階警備室へ
15:08 小倉哲朗が西側広間から控え室前へ
15:10 白井祐介が西側広間からリハーサル会場側へ
15:13 小倉哲朗が東側通用門で佐久本・平岡と話す
15:15 小倉哲朗・佐久本玲奈が東側通用門から控え室前へ
15:20 佐久本玲奈が西側広間から2階警備室へ
15:22 沼田佳孝が西側広間から控え室前へ
15:24 滝結衣が西側広間から控え室前へ
ここまでが監視カメラから確認出来た情報。
そして15:25頃に、沼田・小倉がマスターキーによって小控え室Bの扉を開けて、高瀬モモカの死体を発見した。
発見から直ぐに滝も合流し、一度滝はAEDを取りに控え室を出ている。
その後、警察・救急へは沼田から連絡がなされた。
監視カメラ映像の確認を終えると、捜査員の携帯電話が鳴った。
彼は少し離れた場所で電話に出る。
「病院から連絡がありました。
高瀬モモカの死亡が確認された。死因は、フルニトラゼパム系睡眠薬による中毒死の可能性が高い。
14:06から15:25までの間控え室に居た人物、加えて控え室前の廊下を通った人物を全員会議室に集めて頂けますか?
事情聴取のための部屋があると――」
「会議室横の談話室をご使用ください」
沼田が申し出て、談話室の鍵を鍵箱から取り出した。
そんなやりとりを傍目で見ていた佐久本だが、ついに気になって沼田へと問う。
「私も該当者で間違いないですよね?」
「そうですね。申し訳ありませんが、事情聴取に協力ください。
もちろん、バイト代は減らしたりしません」
「いえ、そこは気にしていません。
ただ事情聴取初めてなので、少し緊張しています」
「全てありのままを話したら良いと思います。
もし事件だったとしても、佐久本さんには関係がないでしょうから」
佐久本は気遣って優しい言葉をかけてくれる沼田に礼を言った。
捜査員は、警備室を出る前にと沼田に確認する。
「控え室の鍵は全てその鍵箱の中ですか?」
「お客様にお渡しする鍵はこちらに納められていました」
「マスターキーはどちらで保管を?」
「この金庫です」
沼田は警備室奥にある、電子ロックのかかった金庫を示す。
「番号を知っているのは?」
「私と、警備システム担当の辻さんと、警備部長です」
「持ち出しの履歴は分かりますか?」
「電子ロックの解錠履歴が確認出来ます。
辻さん、お願いできますか?」
沼田の依頼を受けて、辻はパソコンを操作して電子ロックの解除履歴を呼び出す。
「今日は沼田さんが小控え室Bの鍵を取り出すために開けただけです。
前回開けられたのは、2週間前ですね」
辻の説明を受けた捜査員は、金庫の中身を見て問う。
「本日金庫を開けたとき、小控え室Bの鍵は金庫の中に確かにありましたか?」
「ええ。ありましたよ」
沼田が応じたが、捜査員はそれだけでは納得しなかった。
「他に鍵を見た人は?」
佐久本はすっと手を上げて、捜査員の視線が向くと答えた。
「確かに沼田さんは金庫の中から鍵を取り出しました。
はっきりと見てます」
続いて辻も発言する。
「警備室内のカメラに金庫の様子は映っていますから、そちらで確認出来ると思います」
監視カメラ映像が巻き戻され、沼田が金庫から鍵を取り出すシーンが再生される。
確かに鍵は金庫の中にあって、それを沼田が取り出している。
「ありがとうございます。
監視カメラの映像は、念のため全て提供ください」
「本日分だけでよろしいですか?
10日分まではデータが残っていますが」
「できうる限り長期間お願いしたい。
ただデータ量が多くなるでしょうから、そこは鑑識と相談してください」
「分かりました」
鑑識が何人か残り、辻と共に監視カメラ映像のバックアップとコピーを開始する。
警備室には警備部長がやって来てその場を預かった。
佐久本と沼田は、事情聴取を受けるために一旦会議室へと向かった。
まず会議室に集められたのは7名。
警備リーダー、沼田。
短期バイト、佐久本。
長期バイト、白井。
高瀬モモカのプロデューサー、小倉。
高瀬モモカのマネージャー、滝。
歌手、鵜澤。
鵜澤のマネージャー、喜多。
それ以外にも、高瀬モモカが控え室に戻ってから死亡が確認されるまでの間、控え室付近に居た人物については順次会議室に集められていった。
事情聴取は会議室隣の談話室で1人ずつ行われた。
最初に談話室に呼ばれたのは、プロデューサーの小倉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます