最終話

 その亜空間は、一面紫の世界。建物の中というよりかは、宇宙のどこかの惑星に来たような感覚。

 息は可能だった。しかし、吸い込む空気の中にどこか苦しく感じるものがあった。

「禍々しいし、目に悪いな......」

 先頭にいたキョーカがそう呟く。しかし、その後に会話は続かなかった。

 実際亜空間は禍々しく、目に悪いのは明らか。同意の声があってもおかしくない。

 でも、会話は続かなかった。

 そう、目に悪い亜空間の存在よりも重大な事象が起こっていた。

 それを自然と感じ取ったキョーカ。何が起こったか少々把握したものの、それを確かめる為に後ろを向いた。


 これまでずっと一緒だった"相棒"の姿が、彼の眼を欺くように消えていた。


 キョーカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 般若の少女、紺色の少年も同様であった。

 アイツは、俺といなけりゃダメだから、眼鏡の少年がそう呟いていた。


 その絶望を嗤うような声が、漆黒の空に響いた。

 お前の仕業だと思ったよ、シルラ。眼鏡の少年はそう呟いた後、静かな溜息を漏らした。

「キョーカマンとウノザリー・コアエルが揃わなければ、"計画"は完全な実現を果たす。俺は皇室で待とう、ペペロンドラゴンと共に。」

 遠慮を知らぬ男、シルラの声が辺りに響く。しかし、その彼にも誤算がある。

 キョーカとミユウとギン、彼ら三人を離さなかったのは、シルラの大変な失態だ。

 ギリギリと包丁を握りしめる般若と、妹の復讐に燃える男。

 この二人を放置したことは、後に絶大な影響を与えると言わざるを得ないだろう。

 そして、その二人を軽く凌駕する怒りを覚え、右手を強く握りしめる少年がいた。


 住宅街のように、ただ真っ直ぐな道が続く。

 しかし三人は、一言も言葉を交わすことなく歩いていた。

 仲間が一緒にいない。これだけ、いや、こんなにも大きな理由があるのならば、彼らに言葉など要らない。

 言葉なんて無くとも、彼らの意思は完全に疎通する。

 彼女と一緒に笑える時が来るまで、三人の歩みは止まらない。

 道中に怪物がいたが、彼らは一言も発さずに蹴散らした。

 怒り、憎しみ、心配、そういった感情が、彼らの背中を押した。

 何も迷うことはない。


 ウノの姿があった。しかし、彼女は多量である。

 学校にいたミユウのように、ウノらしき生命体が接近する。

 触れてはいけない。彼らはそう直感した。

 本当なら、一秒でも早く彼女に触れたい。抱きしめてあげたい。それほどに、彼女の存在が愛おしい。

 しかし、三人は光を失った眼で、ただひたすら走り続けた。

 この世界に彼女は一人で十分なのだ。


 校庭のように広大な土地が広がっていた。勿論、ウノの姿をした怪物も接近する。

 三人に迷う理由など要らない。一早く触れたい彼女から、一早く逃亡を試みた。

 遠ざかるウノの姿を、振り返らずに走り続けた。


 ある一本道があった。

 何からできているのか、いつからできているのか、それは誰も知らないだろうし、覚える理由も皆無であろう。

 だがしかし、一つハッキリ分かることがある。

 その道は、三人のヒーローに走られる為に存在した。

 強い足音、自身が削られるのを感じていた一本道は、今や、余生をどう過ごそうかと考えているのだろう。

 そして、ヒーローが走り去ったのを見た一本道が、それはそれは静かな眠りにつこうとしている。

 世界の命運を分ける戦い、しかし大多数の物体、生物は、そんなことつゆ知らず。

 まだ布団に入って寝ているのかもしれないし、お店の開店準備をしているのかもしれないし、既に開店しているのかもしれない。

 そんな風に、いつもと変わらない日々を過ごす人々。

 世界はそんな具合で、救われているのかもしれない。


 三人のヒーローは、いつしか皇室へと足を踏み込んでいた。

 皇室といっても、床の装飾が違うだけで、壁や天井が無い簡素な空間。

 そこにいたのは、シルラとペペロンドラゴン。彼らだけだった。

 シルラが三人を歓迎する中、真っ先にキョーカが口を開く。

「御託は要らん。ウノを返せ!」

 御託......か、とシルラは悩む仕草をした後、御託という言葉の訂正を兼ねて、自身の"計画"について口を開いた。


 ブルーギャラクシー計画。

 それは、人類全てを"ブルーギャラクシー"と呼ばれる空間に封印する計画。

 ブルーギャラクシーに転移された人間は窒息で死亡するが、事が済んだらブルーギャラクシーごと葬り去る。

 その際に、シルラ自身を含めた人類という種を絶滅させるという。

 何故そのような計画が実行されようとしているのか、それは、シルラという人間の疑問から生まれていた。

 今日、人間という種が行っている行為は考え難いことである。

 気に入らない同胞を殺害し、好意を持つ同胞に強制的な行為を及んだり、"生物の繁栄"とは程遠い思想を持つ中で、自然破壊を始めとした、地球に優しくない行動を行っている。

 一方、怪物を始めとした"動物"は、そのようなことを一切行わない。

 殺害において、自身の正当防衛や食物という理由が存在し、行為において、生物の繁栄の為に尽くしている。

 しかも、自然の環境に適応して生存するため、自然破壊が行われにくい。

 よって、シルラは"動物"の中で、最も好戦的な怪物がこの世界の頂点へ立つべきだ、と考えたのだ。

 それに邪魔な人間を葬るため、前述のブルーギャラクシーが生成されたのである。


「くだらないですわ!そんな理由で......そんな身勝手で人間を恐怖に陥れて!」

 ミユウが声を荒げる。彼女の本心から叫ばれた声だった。

 くだらなくない、シルラも声を荒げる。魂同士の主張だ。

 だから、とキョーカが二人の会話を妨げる。

「考えが根本的に違う。話し合いなんて出来ない。だから早くウノを返せって言ってるんだ。」

 彼は恐ろしいほど冷静に続ける。しかし、一番焦っていたのは間違いなく彼であっただろう。

 シルラは"結論から言おう"と呟き、キョーカの瞳を見つめながら告げた。

「ウノザリー・コアエルは、ブルーギャラクシーに転送した。」

 その瞬間、皇室の空気が重くなった。

 シルラはもう嗤わなかった。ペペロンドラゴンもまた、無言で三人を見つめていた。

 ギンとミユウは、重力に従うように崩れ落ちる。般若の仮面からは、多量の涙が溢れ出ていた。

 キョーカも崩れ落ちそうになる。しかし、耐える。


 俺が変に悲しんでいる間に、ウノは窒息に耐えて......もう絶えているかもしれない。

 それでも、俺にはアイツを探す運命がある。俺達は、ぜってー離れちゃいけねぇ。


 キョーカは、皇室の奥へ走り出した。そして、ブルーギャラクシーの入り口を探し始めた。

 彼はまだ、希望を捨てていなかった。

 シルラとペペロンドラゴンは追いかけなかった。むしろ、それが望みだと言わんばかりに、肩の力を抜いていた。

 床に崩れ落ちていた二人の人間に、シルラが声を掛けた。

 共に見届けよう、伝説の終わりを。

 そしてシルラは、そのまま空を見上げた。




「何してんだ!」

 中学一年生の初夏の日曜日、俺は公園にいた。そして、ガラの悪そうな中学生に絡まれている少女を見た。

 ガラの悪そうな中学生は、俺を見るなり、邪魔をするならお前も巻き添えだ、という目つきをした。

 俺は震えてしまった。今までもそうだった。

 勇気を振り絞る時、どうしても決意が出来なくて、震えて震えて止まらない。

 本当は、本当は逃げたかったんだ。

 でも、それ以上に震えた少女がいた。

 涙を流しながら、俺は叫んだ。かかってこい、と。

 俺は、正義のヒーローにはなれない。無傷でショッカーなんて倒せないし、ビームなんてものも無い。

 でも、"誰かだけのヒーロー"になら、俺でもなれるんじゃないかなと、思った。思ってしまった。

 結果、俺は散々に殴られた。全身血まみれだったし、お気に入りのジャージがボロボロだった。

 それでも俺は夢中で立ち向かって、一人で立ち上がるのが困難になるまで立ち向かって、ガラの悪そうな中学生が呆れて帰るまで、ずっと立ち向かった。

 俺はそれを、勝利と勘違いした。

 そうして、どうにか立ち上がった俺は、震えた表情でこちらを見る少女に、擦り傷だらけの右手を差し出した。

 それが、ウノとの出逢いだった。クソだせー出逢いだった。

 ウノは俺の身体を見るなり、すぐさま自分の家で治療しようと俺の手を引っ張る。

 俺はそれを離した。これ以上、クソだせー恰好を見せられない。

 もう二度と逢うこともないだろうから、俺は最後のカッコつけをした。

 俺はヒーローだから、放っておけ、と。

 ボロボロのまま家に帰り、自分の部屋のベッドに飛び込んだ。動かぬ手足が、ヒーローに祝杯と休息を求めていた。


 次の日、いつものように遅刻しながら学校の教室に入ろうとする。

 すると、クラスメイトがザワザワしていた。おかしい、既に朝学活が始まっているのに。

 俺のことではない。彼らの騒音の対象は、教卓の後ろに立っていた少女。ウノだった。

 黒板に、"宇野"と大きく書かれていた。どうやら、遠く離れた町から引っ越してきたらしい。

 俺は驚いた。思わず、入ろうとした教室を立ち去る。心臓が高鳴っていた。

 昨日の恥ずかしさと、ラノベのような展開と、そういった事象から俺の心臓は爆発しそうだった。

 もし心臓が5つあったら、その内3つは破裂していただろう。

 しかし、俺の名前を叫ぶ担任の声に、俺の身体は導かれてしまった。

 緊張しながら自分の席に座る。昨日痛めたケツが痛いが、必死に隠した。

 俺は顔を下に向けた。俺の正体を知られてはいけないから。

 昨日の臭い台詞といい、カッコ悪い始末といい、今思い出したら恥ずかしくてな。

 しかし、ウノは即座に声を上げた。あなたは!と、口元に手を当てていた。

 彼女は、確かに俺のことを覚えていた。

「彼は、私のことを助けてくれたんです!」

 彼女の赤い唇は、きっとそう言いかけていた。

「ハハハハハ!!!まさか遅刻の噂が他校まで広まってるとは!!」

 俺はそう叫んだ。あんなカッコ悪いこと、クラスに広まっちゃたまったもんじゃない!

 担任は、ああそうなのか、と納得したような表情を見せ、ウノを席に誘導した。

 ウノは依然、昨日俺が行ったことを讃えようとしていたが、担任は信じない。

 俺のあだ名は、ヒーローよりも、遅刻魔の方が定着していた。

 ウノは静かに自席に座る。クラスメイトは、ずっと彼女の瞳を見つめていた。


「ねぇ......」

 一時間目の数学の時間、隣の席のウノが、俺に話しかけてきた。

 どうして本当のことを言わなかったの?震えた声で、彼女はそう続ける。

 ああ、そうだ、彼女は二度と逢わないだろう存在だったのだ。今日初めて逢ったのだ。俺は、そんなこと知らない。

 俺はひたすらに否定した。ウノは顔の傷を指差してきたが、猫の引っ掻き傷だと訴えた。

 だが、今となって分かる。

 俺は自分がカッコ悪くて、自分の行ったことを忘れようとしていたんじゃない。

 正義を執行しても、それを公言しないことがカッコいいと思っていたのだ。

 中学一年生から、俺は厨二病だったんだろう。


 数学の時間が終わり、国語、英語、体育も終わり、給食も食べた。

 そして、みんなが大好きな昼休みに入る。

 もう、ウノに話しかけるクラスメイトはいなかった。

 何を話しても、彼女は俯いて何も口にしなかったからだ。

 口にジッパーを付けられているかのように、彼女の口は縛られていたからだ。

 どこか孤高を讃えるような瞳で、彼女は自分の机を見つめていた。

 スラリとした長髪が、カーテンと共に儚く揺れる。

「俺と友達にならないか?」

 頭より先に口が動く、ということが、本当にあるのだなと思った。

 ウノは、俺の顔を見て少し驚くと共に、また俯いた。

 好きで一人をしているんじゃないと感じた。

 俺がいないと、彼女は本当に独りになる。

 俺は椅子から立ち上がり、ウノを指差して言った。

「いいや、これは命令だ!昨日、悪い奴から助けた貸しがある!友達になれ!」

 もう声は震えなかった。その声は真っ直ぐ、ウノの元へと届くはずだ。届かないわけがない。

 ウノは弱々しく顔を上げ、目を逸らしながらも問う。昨日のことは、覚えていなかったんじゃないのか、と。

 今思い出した!自分で感じるほど、俺は情けない言い訳をした。

 しかし、ウノは笑った。笑ってくれた。俺を"変な人"と称しながら、笑ってくれた。

 そして、彼女は手を差し伸べた。昨日、俺が彼女に行ったように。

 友達になりましょう。彼女の瞳は、俺の瞳を見つめていた。


 彼女と俺が友達になって何か月か経った。例年開かれる、夏祭りと花火大会が近づいてくる頃だった。

 俺は、公園の木の前に立っていた。

 その木には、とても熟して美味しそうな赤い実がある。

 ウノが、一緒に採ろうねと誘ってきたのだ。

 そしてまもなく彼女はやってくる。笑顔で手を振る彼女は、とても嬉しそうだった。

 彼女は俺に挨拶した後、すぐさま木の実の収穫を行った。俺も負けじと、公園の木の実を収穫した。

 何十分か経ち、持参したカゴいっぱいに、赤い木の実が入っていた。美味しそうだ。

 食べるのか聞くと、食べる!と笑顔で答えた彼女の顔は、今でも忘れていない。

 その時だった。

 公園の近くに住む、近所で怖いと噂のお爺さんがやって来て、[俺]を怒鳴りつけた。

「公園の木の実を収穫し、それを食べようなど外道だ!そこに正座しろ!」

 俺は驚いてしまったが、ここは流れに乗る方が吉だと考える。

 しかし、ウノの存在はまだバレていないだろう。ならば考えは別だ。

 俺は、迫真の演技でお爺さんを騙した。

 あそこに、俺達以外で木の実を収穫している子がいる。そう必死に叫んだ。

 お爺さんはすぐさまそこに向かう。その隙に、隣で震えていたウノに呼び掛けた。

 ウノだけでも逃げろ、と。

 ウノはそれを断る。しかし、彼女には逃げてほしかった。

 遠く離れた異郷で健気に生きる彼女に、くどい説教をさせたくなかった。

 お爺さんが帰ってくる頃、俺の横にウノはいなかった。そして、そこに水滴が落ちている。

 お爺さんはウノの存在に気付いていたが、名前と顔を認知していなかったが故に、俺のみを叱った。

 くどい説教を聞かされながらも、俺は安堵していた。


 次の日学校に行くと、机の上に手紙がある。だが、それを読む前に、俺の耳に流れてきたモノがあった。

「キョーカくん......私、友達失格だね。」

 横を見ると、リュックを背負ったまま、泣きながら廊下に出ていくウノの姿があった。

 初めて、俺が行った行為の愚かさを知った。

 俺はすぐさま追いかける。廊下を走るな、と声が聞こえたが、そんなことどうだっていい。

 廊下を走りながらウノを追いかけていると、教師に捕まってしまった。

 廊下を走るなと言っているだろう、と彼は怒鳴った。

 俺は、既に切れた声で"ウノが独りになっちまう"と叫んだ。掠れていて、情けない声だった。

 教師は事情を察知し俺から手を放してくれたものの、俺は走ることが出来なかった。

 赤子のように、俺はずっと泣いていた。


 それから、ウノは俺を避けるようになった。

 俺がウノに話しかけようとしても、ウノは逃げてしまう。

 元々俺以外の友達がいなかったウノは、そのままクラスで孤立することになった。

 転校初日に見せた瞳とは違う瞳で、自分の机を見つめていた。

 俺はそれを、ただ見つめることしかできなかった。

 自身の不甲斐なさを悔やみ、学校が終わってから何度も何度も泣いた。

 俺の机に置いていたあの手紙を、何度も握りしめた。くしゃくしゃになって、紙飛行機も折れなくなるまで、握り潰した。

 悔しかった。ただ悔しかったんだ。

 そして、俺達はあの日を迎える。

 泪だらけの眼鏡を洗い、母に黙って外へ繰り出した。

 財布をズボンのポケットに突っ込んで、走った。走って、走って、派手に転んで笑われても、また走った。

 星が人々を讃える夜空、その下で、大きな夏祭りが行われていたのだ。


「ウノ!!!!」

 そう叫んだ後、俺は勢いで倒れ込んでしまった。しかし、震える足に喝し、俺は立ち上がった。

 あの日、彼女を助けた俺のように、ボロボロだった。

 俺の目前に立ち尽くしていたウノは、もう逃げなかった。

 俺は、木の実を採った次の日に置いてあった、あの手紙のことを話した。

 あの手紙には、"夏祭り一緒に行こうね"と書かれていた。差出人は勿論、ウノであろう。

 何故、手紙があったのか。

 それはウノが"木の実を採りに行こう"と俺に告げたあの日、担任は"近日、夏祭りがある"と生徒に連絡をしていた。

 しかし、ウノが俺に"木の実を採りに行こう"と告げた時、俺は嬉しくてすぐさま帰ってしまった。

 だから、ウノの言葉を全部聞いていなかったのだ。

 その聞かなかった言葉こそ"夏祭り一緒に行こうね"であろう。

 それを手紙にして俺の机に置いた。しかし、あの事件が起こる。

 事件の翌日、手紙を回収する前に俺が教室にいた。だから、この手紙が俺の机に置いてあった。

 違うか?俺は探偵ごっこのような口調で話す。息は完全に切れていたが。

 ウノは、泣きながら頷いてくれた。しかし、自分はキョーカを裏切ったと、ずっと自身を責め続けていた。

 俺は、この瞬間こそが、俺とウノが救われる最後の瞬間と確信した。

 ウノと邂逅したあの日。友達となったあの日。それらを全て回顧した。

 そして、"ならば木の実の件を庇った貸しとして、命令がある"とウノに告げる。

 ウノは一瞬泣き止むも、俺と同じくあの日を思い出したらしく、今度は笑いながら泣いた。

 俺は叫んだ。


「俺と親友になれ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ウノは迷うことなく"うん"と答え、俺に抱きついてきた。

 女性の身体を直に触るのは久々で、とても動揺してしまった。

 だが、胸元で泣きじゃくるウノを抱き返さないと、何だか恥ずかしく感じた。

 恐る恐る、ウノの背中に手を回す。彼女は一層強く泣いた。

「ありがとう、キョーカ」

 ウノはそう復唱し、更に強く俺に抱きついた。

 生涯二度と離れないであろう親友が、俺の傍にいた。

 何だか俺まで泣いてしまって、路上で二人の中学生が啼きながら抱き合うという、とても弄られそうなシチュエーションを披露してしまった。

 彼女にプレゼントする予定だった狐のお面を、そっと彼女の頭に括る。

 彼女は一瞬、何が起こったのか分からないようだったが、俺の表情を見て何が起こったか察知した。

「親友の証だ、やるよ。」

 彼女は、散々感情を爆発させたせいなのか知らないが、俺に無気力な礼を告げた。

 そのまま数十秒空白の時が経って、俺は話下手だなと感じつつ、空を見上げた。

 タイミングの良過ぎる花火が、丁度鳴り響いた。




「なっ......何ィィィィィィ!?!?!?!?!?」

 シルラがそう叫ぶと、彼の目前にキョーカとウノが現れた。

 絶望に沈んだミユウとギンも、彼らの姿を見ると共に立ち上がった。

 キョーカとウノの無事に安堵し、自身らが何も出来なかったことを謝罪した。

 そんなことどうでもいいさ、とヒーローが笑う。横にいる狐も、同じく笑う。

 しかし、何故長時間も窒息して無事だったのか、ミユウはウノに問う。

 それは内緒、とウノが告げる。そして、微かにズレていた狐の仮面を、元の位置に戻した。

「さぁ、行くぜ!皆ァ!」

 キョーカがそう叫ぶ。そして四人のヒーローは、ペペロンドラゴンに飛び掛かった。

 人間の存亡をかけた大勝負。それは、あまりに呆気なく終わった。

 四人のヒーローの前に、敵は居なかったのだ。

 急速に朽ち果てるペペロンドラゴンに手を合わせながら、キョーカはシルラを見つめる。

「シルラ、お前の番だ!!」

 シルラは覚悟を決めたような顔をして、静かに目を閉じた。

 潔いわね。ウノがそう呟くと、"時が悪いからな、次に復活する時は負けない"と彼は返した。

 それなら話は早い。四人はそれぞれの力を蓄え始めた。

 この一日の戦いを振り返るように、彼らは目を閉じて、そしてまた開く。

「じゃあな!シルラ!」

 亜空間を包む小さな爆発が、人間界で響くことは無かった。




 俺達はペペロンドラゴンとシルラを、事実上葬った。

 しかし、それを讃える者は誰一人いなかった。

 俺達が救った住宅街は、何事も無かったかのように復旧していた。そして教会の人々は、一連の事件を"神が助けて下さった"と訴えている。

 そうそう、俺達が住宅街で助けた少女は、両親と共に公園で遊んでいた。

 俺達が救った学校は、校長が逮捕された後は平凡に生徒が育まれている。

 俺達が救った校庭は、地盤が少々緩んでいたので復旧が進んでいる。

 俺達が救った墓地は、新たに石碑を設けたようで、ギンの妹が操られることなく眠りにつけている。

 俺達が救った地球は、鼻くそをほじりながらノホホンと回っている。

 俺に残されたのは、信頼できる親友。

 充分お腹いっぱいさ。




 母親の監視を回避し、俺は窓から家を出た。

 宿題をやらずに、遊びに行くなんて許さないんだろうからな。

 俺は、財布をズボンのポケットに突っ込み、自転車に飛び乗った。

 実に軽快。横並びで歩道を歩く女子高生の横を、スラリと避けていく。

 しかし、急ぐべきだ。俺は段々ペダルを回す速度を上げ、ギアも最速にした。

 上り坂に差し掛かった。サドルから降りて、立漕ぎを開始。

 額に汗が滴り落ちるのを感じながら、俺は夜空を見上げる。

 今日は夏祭りだ。


 チャリを指定された置き場に配置し、会場を駆け抜けた。

 そうして、一人の少女に出逢う。

「遅かったじゃない。」

 全速力でチャリを漕いだ俺を労う、ウノの姿があった。

 彼女は、わりーな、と笑った俺に、付いてこいとサインを出す。俺はそのまま付いていった。

 人混みを避け辿り着いたのは、屋台も何もない場所。

 そしてその場所に、二人の男女が立っていた。

「二人でおデートなんて、ミユウがさせませんから!」

「はなび......それは、こいびとたちの、せいしゅん!!!!!!!!!」

 うるさいわよ、とミユウとギンに発言の撤回を求めるウノ。

 でも俺は、そんな台詞どうでもよかった。

 ミユウとギンに出逢えたこと、それが何より嬉しかった。

 嬉しくて、思わず笑ってしまった。いつも笑ってばかりだな、俺。

「二人の結婚式、楽しみにお待ちしておりますからね♪」

「めいやくに......ちかいますか?」

 いや、盟約に誓うのかよ!

 俺がツッコむと、俺を含めた皆が笑った。

 チラリと、横にいるウノの顔を見た。ウノも俺を見た。

 お互いの顔を見て、また笑う。


 花火が鳴り響いた。辺りを蒼に染め上げた。しかし、心はブルーじゃない。

 俺は額に手を上げながら、高く高く上る花火を見上げる。


 俺達は、ずっとずっと、花火に導かれていたのかもしれない。

 最高の親友と共に、たった4人、この場所で。

 運命ってもんがあるなら、信じてやらんこともないな、と思った。

 耳をつんざく花火の音が、ずっとずっと、鳴り響いてほしいと願った。

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キョーカマン~導かれし厨学生~ 阿部狐 @Siro-i

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