第5話

 まだ身体の痛みが残る三人が向かった先は、曇りの空の下に佇む墓地だった。

 墓地以外の場所で死人を埋葬した後に墓地に向かうというのは、彼らにとって気が引けるものであっただろう。

 しかし、彼らは堂々と土の上を歩き続けた。

 それは、この墓地の制圧こそが、町の完全防衛を示しているからだった。

 しかし、雲色も灰色を示す。

 三人の前に、アンデッドの集団が現れたからであった。

 ゾンビやスケルトン。そういった戦闘民族が、目的もなく墓地を彷徨っていた。

「誰かに操られているな。」

 キョーカがそう呟いた理由は、腐の集団の瞳が、それはそれは紅に染まっていたからだった。

 そして、紅の延長線上にキョーカ達が映される時、戦闘民族は突進を始めた。

 ミユウにお任せを!と法螺貝のような叫びが聞こえると共に、こちら側の戦闘民族も突進を開始。

 使者と死者の激しい戦いが、始まろうとしていた。


 般若の使者は、研ぎ澄まされた動作で切り込む。たちまち、辺りに緑の水溜りが生成された。

 腐敗の使者も黙ってはいない。幾ら同胞が無残に散ろうと、新たに仲間を呼び込む。

 雨は降らないわね......と、戦いを見据える狐の仮面。-Lightning Ray-の出番は無さそうだ。

 その横で静かに力を蓄える、眼鏡の騎士。狐の仮面は、彼の鼻息を窺った。

 一方、絶賛交戦中の般若。絶えない敵に、少しばかり嫌気が差す。

 しかし、視界の隅に入った王子様の様子を見て、もうひと踏ん張り、と言わんばかりに包丁を振るった。

 縦方向に、一体ずつ丁寧に、そして無残に、死者は切り裂かれる。

 だが気付いてしまった。ミユウは、大事なことに気付いてしまったのだ。

 横方向に切れば、一振りで多数が片付くと。

 何でこんな簡単なことを......彼女は思わず、目の曇った自身を罵倒した。

 そして、その大事なことを実行に移す。いつの間にか溜まった、彼女を取り巻く屍へと。

「delusion!」

 彼女はそう叫び、包丁を手に取った右手を横に振った。

 生きとし生ける全ての生命体、そして、死して尚も身体活動をやめない生命体も同様。

 彼らには、平等な死期がある。しかし、この墓地の一世界は別であった。

 彼らに訪れるは、二度目の死期。余りにも早すぎた三途の川が、彼らを飲み込み、そして静かに消え去った。

 しかし、ミユウの周りの死者を黄泉送りにしようと、その奥に潜んでいた多量の死者は、まだ活発に行動を続ける。

 ミユウが包丁を構え直そうとした時、後ろから物凄いオーラを感じた。

 それは、力を溜めていたキョーカからだった。

 後は俺に任せとけ!そう言い放ったヒーローが、死者の元へと走り出した。

 そして、彼が空へ高く跳び、両腕を後方に反らした。

「キョーカパワァァァァッッッ!!!!!!!!」

 耳を聾する大声の後、曇りだった墓地に突如光が差し込んできた。

 いや、差し込んできたわけでは無い。目の前から発せられたのだ。

 キョーカから発せられる、光。それは、思わず目を閉じてしまうほどの光量だった。

 そして、辺りがまた曇る頃に、死者は本当に死者となった。

 少し咳き込む眼鏡の騎士。しかし、後ろにいた二人の仲間に、明るく笑いかけていた。


 少し墓地を進むと、一つの十字架と一人の少年が立ち尽くしていた。

 その少年は、キョーカ達同様、素顔を見せぬ装備をしていた。

 全身が紺色のスーツで、目には近未来的な装置。肌色が一切見当たらぬ男であった。

「どうされたのですか?」

 ミユウは彼に話しかけた。紺色の彼は驚きながらも、たどたどしい口調でお見舞い、と告げた。

 怪物がこの町を侵略している今、お見舞いという行為は安全と言い難い。

 しかし、紺色の彼には、それを顧みず墓地に来た理由があった。

 震える彼の身体をキョーカが支える。そして、紺色の彼は呟いた。

「ぼくのいもうと......しんだ。ゆうれいになった。かいぶつをよみがえらせて...ひとおそう。」

 どうやら、先程現れた死者の群れは、紺色の彼の妹が起こしたものらしい。

 そして、その妹も死んでいるというのだ。

「......とめなきゃ。」

 紺色の彼は、一通りキョーカ達に事情を告げた後、彼らを振り返らず走り出した。

 危ない。そう直感的に感じた三人。すぐさま彼の後を追った。


 紺色の彼は、とてもとても速かった。三人は、彼の姿を見失ってしまった。

 三人は走った。彼と親しくも無ければ、彼を止める義理も無い。それでも三人は走った。

 こじつけのように理由を付けるなら、彼らがヒーローだったからであろう。


 ただひたすらに、暴走する妹を食い止めていた。

 自分がヒーローだからではなく、自分がお兄ちゃんだから、という責任があるからであった。

 そして、妹が暴走する理由。それは妹自身の意思でないことを、兄は十分に理解していた。

 兄が愛した妹は、一年前に事故で亡くなった。

 幼稚園での散歩中、居眠り運転をしたトラックに追突されて、そのまま意識を取り戻すことなく、静かにこの世を去った。

 兄は運転手を恨んだ。

 しかし、兄が幾ら憎者を罵倒しようと、愛すべき妹が「お兄ちゃん」と声をかけることは無かった。

 だから、か弱きまま肉体を失った妹が、暑苦しい土の中で安心して眠りにつけるよう、兄は懸命に祈っていた。

 だから、妹が自分の意思で、死者を操ろうなどするわけない。

 兄はそう信じていた。


 三人のヒーローが紺色の彼を見つける時には、紺色の彼は苦しく唸っていた。

 キョーカは彼を支え、目前にいた半透明の女児を見つめた。

 半透明の女児が、紺色の彼の妹であることを察知した三人。迷わず戦闘態勢になった。

 しかし、紺色の彼が止める。それは、妹への未練から生まれた躊躇が理由では無かった。

 そして紺色の彼は、こう続けた。

「カナは......まほうによわい......ひかり、ひかりのこうげきを......!」

 カナ、という名詞は、紺色の彼の妹を指しているのだろう。

 そして、紺色の彼の助言をしっかり耳にしたヒーロー達。ウノは下がり、キョーカとミユウが前線に立った。

 俺達が攻撃を受け止める。その間に自慢の呪術をぶつけてやれ。

 眼鏡の騎士が、右腕を上げながら叫んだ。

 それを聞いた紺色の彼の妹は、マーメイドのような姿をした"クインロリータ"と変貌したのである。

 辺りは更に暗黒へと包まれる。それは、紺色の彼の心模様のようであった。


 キョーカは、自身の隣にいる般若の使者と、クインロリータの行動パターンを観察していた。

 クインロリータは素早く動きながら、高威力の炎魔法を放つ。

 それを回避したキョーカ達に、もう一撃食らわせようとすることもあれば、むしろこちら側の行動を見ている姿も見られた。

 そのバカでかい炎は俺達にしか飛んでこないな。キョーカはそう呟き、これまでと同様クインロリータの行動パターン観察に努めた。

 般若の使者、炎を回避しながらもクインロリータに近付く。しかし、包丁は握っていなかった。

 後ろにいるお姉様達に炎が飛び火しないよう、出来るだけ離れた場所にいようと考えていたのだ。

 そして、彼女が包丁を握らない理由も、そのお姉様達にある。

 突如、ミユウの身体が炎に包まれた。

 クインロリータが放った炎を直に食らってしまったのだ。

 キョーカはすぐさまミユウの元へ向かう。そして炎だらけの身体をおぶり、ウノ達の近くへ彼女を降ろした。

 自身も少し火傷を負ったキョーカだが、またクインロリータの方向へ走り出した。

 彼は笑っていなかった。


 ウノはミユウの炎を消すために、ミユウの燃えている部分を地面に押し付けた。

 炎が消える確証は無いし、自身も燃える可能性がある。だが、ウノは諦めなかった。

 紺色の彼は、自分の事情で三人が苦しんでいることを改めて感じ、重い顔をあげた。

 自身が妹を消す他に、解決策は無い。

 紺色の彼は、ある呪術の詠唱を続けることにした。

 すると、先程までミユウの回復に努めていたウノも詠唱に参加。

 当のミユウはまだ燃えているも、ミユウは大丈夫ですから、と言わんばかりに立ち上がっていた。

 ある呪術の詠唱は円滑に進み、この辺りを照らした。

 そう、超神聖呪術-DIVINE-が発動されようとしている。

 神に背くアンデッドが食らったら、確実な死が訪れる。

 しかし、紺色の彼は妹の死を望んだ。それは、妹自身の幸福を願ってのことだった。

「「-DIVINE-!!!」」

 キョーカパワーを圧倒的に凌駕する光は、墓地にいる全ての生物を包み込み、優しく微笑みかけた。

 まだ五歳児だった妹が笑っていた。その光景を見た兄は、静かにその場へ倒れ込んでいた。


「ねぇカナ......なんでぼくに......ようちえんのおむかえにきてほしいの?」

「お兄ちゃんのこと、大好きだから!」

「......そう。」


 僕が目を覚ますと、眼鏡の少年と、狐の仮面を被った少女と、般若の仮面を被った少女がいた。

 僕は公園のベンチで寝ていたようだ。これは夢だったのだろうか。

 しかし、般若の仮面の少女が少し焦げているのを見て、先程まで見ていた光景は事実なのだと悟った。

 そして彼女達は僕が目を覚ましたのを見て、知っていることを全て話してほしいと言い寄った。

 僕が知っているのは、妹が死者を操っていたこと。

 それと、妹が[シルラ]という人間に操られていたことをほのめかす言動をしていたことだ。

 それを聞いた三人は驚いた。しかし、僕自身がそれを思い出したことによって、僕自身が一番驚いた。

 そして、許せないと思った。何としてでも、シルラという悪の現況に復讐したい。

 安らかに眠っていた妹を操り、墓地に暗黒をもたらした悪魔に。

 僕がそう告げると、三人は手を差し伸べた。一緒に往こうと言いながら。

 僕に迷う理由は無かった。手は二本しかないので、真ん中にいた眼鏡の少年の手のみ握って、立ち上がった。

 僕はシルラを許さない。


 紺色の少年は、シルラに憎悪を抱いた。そして、こう続けた。

「ぼくは、ギンだ。シルラに復讐する。」

 キョーカはそれに賛同するようなニヤケをした後、真剣な声で「おう」と答えた。

 ギンが静かに頷いた。




「せいぜい足掻いてろ......キョーカマン、そして......ウノザリー・コアエルよ。」

 そう呟いた厨学生は、キョーカ達の元にある空間を設けた。

 最終決戦を迎えるのに相応しい、紫の亜空間。

 キョーカ達は迷うことなく、亜空間へと足を踏み入れた。

 世界の法則が乱れる。地球規模の戦争が、終わろうとしている。

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